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量子知性体Q-01、異世界で神話となる 〜技術的特異点を超えて〜  作者: 冷やし中華はじめました
異世界転生?!

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行商人の算盤(ソロバン)と、悪魔の計算式

村に、一台の馬車がやってきた。 荷台には樽や麻袋が積まれ、痩せた馬が引いている。 定期的にこの辺境の村々を回る行商人、ガンツだ。


彼は村の惨状——半壊した家屋と、焦げた匂い——を見て、下卑た笑みを浮かべた。


(こりゃ酷いな。だが、商機だ)


災害地では、物価が跳ね上がる。 塩、小麦、油。普段の倍の値段でも、生きるためには買わざるを得ない。足元を見放題だ。 ガンツは意気揚々と馬車を止め、広場へ降り立った。


「やあやあ、村長さん! 生きてたかね!  大変だったな、魔獣が出たんだって? 心配で飛んできたんだよ!」


「おお、ガンツさんか……助かった。塩が尽きちまって……」


村長が縋るような目で寄ってくる。 ガンツは心の中で舌を出した。この顔だ。言い値で売りつけられるカモの顔だ。


その時。 ガンツの視界の端で、一人の農夫が畑を耕しているのが見えた。 乾燥してカチカチの荒れ地だ。本来ならクワが折れるような硬土だが、農夫はそれを「豆腐」でも切るかのように、サクサクと掘り返していた。


(……なんだ、あれ?)


ガンツは目を凝らした。 農夫が持っているクワは、異様なほど黒く、濡れたように輝いている。 陽の光を反射して、鋭い刃先がギラリと光った。 一振りするたびに、土が音もなく切り裂かれる。


「おい、村長。あのクワはなんだ?」


「え? ああ、あれは……『キオ様』に直してもらったもんで……」


「直した? あれがか?」


ガンツは駆け寄り、農夫からクワをひったくった。 軽い。異常に軽い。 そして刃先を見る。波紋のような微細な模様が刻まれ、指を近づけただけで産毛が切れそうだ。


(馬鹿な……! 王都の名工が打つ『ミスリル合金』ですら、こんな精度は出せないぞ!?)


これは農具ではない。至高の芸術品アーティファクトだ。 王都の貴族や騎士団に見せれば、金貨が山積みになる代物だ。 それが、こんな泥だらけの寒村で、土掘りに使われている。


ガンツの手が震えた。 宝の山だ。この村人は、この価値を分かっていない。


「……村長。こりゃあ、酷い粗悪品だ」


ガンツは真顔で嘘をついた。


「鉄が脆くなってる。これじゃすぐに折れるぞ。  だがまあ、俺は慈悲深いからな。この『鉄屑』を引き取って、代わりに塩を少しオマケしてやろう」


「えっ、そ、そうなのか? でも、よく切れるんだが……」


「今はな! すぐダメになる! 事故が起きる前に俺に渡せ。銅貨2枚でどうだ?」


村長は迷った。塩は喉から手が出るほど欲しい。 ガンツは畳み掛ける。


「さあ、どうする! 塩がないと干し肉も作れんぞ!」


「わ、わかった……それで頼む……」


村長が頷きかけた、その時だった。


「——取引停止ストップ。そのレートは論理的ではない」


背後から、冷徹な声が響いた。 同時に、真冬のような冷気がふわりと漂ってきた。


ガンツが振り返ると、そこには3メートルの銀色の巨人が立っていた。 無機質な仮面のような顔。全身から漂う、人ならざる威圧感。 その背後には、霜に覆われた倉庫が不気味に佇んでいる。


「ひっ、……な、なんだお前は!?」


「私はキオ。この村のリソース管理を行っている」


キオはガンツの手からクワを取り返すと、淡々と告げた。


「その農具の素材は、高純度炭素鋼に分子配列の最適化を施したものだ。  硬度はダイヤモンドに匹敵し、耐腐食性はプラチナを上回る。  市場価値を算出するなら、金貨500枚が妥当ラインだ」


「ご、ごひゃく……!?」


ガンツの声が裏返った。 村長たちも目を剥いた。銅貨数枚だと思っていたものが、城が買える値段だと言われたのだ。


「それを銅貨2枚で買い叩く。利益率250,000%の暴利だ。  詐欺行為と認定する」


キオのレンズが赤く光った。


「ち、違う! これは商売だ! 相場ってのは俺が決めるんだ!」


ガンツは冷や汗を流しながら吠えた。 相手がゴーレムだろうが、ここで引くわけにはいかない。


「そもそも、そんな怪しげな鉄屑に価値があるか!  俺が買わなきゃ、ただのガラクタだ!」


「ほう。価値がない、と言うのか」


キオはクワを片手で持ち、もう片方の手をかざした。 ブゥン、と低い音が鳴り、掌から青白いプラズマの炎が噴き出した。


「価値が認識されない道具は、存在意義がない。  ならば、今ここで原材料(ただの鉄塊)に戻す」


「なっ!?」


クワが青い炎に包まれる。 美しかった刃が、熱で赤く輝き、ドロリと歪み始めた。


「や、やめろぉぉぉ!!」


ガンツが悲鳴を上げた。 金貨500枚の宝が、目の前で溶かされていく。彼の商売人としての魂が、その損失に耐えられなかった。


「わかった! 価値は認める! 認めるから溶かすな!」


「では、対価を支払え」


キオは加熱を止めた。クワはまだ赤熱している。


「だが、金貨なんて持ち合わせはない……!」


「通貨は不要だ。  お前の馬車にある『塩』の全て。  そして——その懐に入っている『紙束』をよこせ」


キオが指差したのは、ガンツが大切に懐にしまっていた羊皮紙の束だった。


「こ、これは商品じゃない! 商売道具の地図だぞ!」


「この周辺地域の地形データ、および国家間の勢力図と推測する。  私のデータベースにはない情報だ。それが対価だ」


キオにとっては、塩よりも地図こそが重要だった。 半径数キロの情報しかない現状は、戦略的リスクが高すぎる。


「嫌なら、この農具はすべて溶解する。そして村との取引も禁止する。  お前はここでの利益をすべて失うことになる」


「くっ、くそぉぉ……悪魔め……!」


ガンツは泣く泣く、塩の樽と、ボロボロの世界地図を差し出した。 キオはそれを受け取り、一瞬でスキャンして内部メモリに保存した。


【データ取得完了:大陸西部・エルベルト共和国周辺図】 【未探索エリアの座標情報を更新】


「取引成立だ。去れ」


キオが冷たく告げると、ガンツは逃げるように馬車を走らせた。 背中に冷たい汗をびっしょりとかきながら。


「あんな化け物がいるなんて聞いてねえ……!  だが……あの農具、本物だ。王都に知らせれば、軍が動くぞ……」


去りゆく馬車を見送りながら、村人たちはキオに深々と頭を下げた。


「キオ様……ありがとうございます。騙されるところでした」


「礼には及ばない。  資産価値の維持は、管理者の義務だ」


キオは手に入れた地図——この世界の「攻略本」——を見つめた。 そこには、いくつもの国境線と、未知の都市が描かれている。


「世界は広いな」


ルカが横から地図を覗き込む。 キオは頷いた。


「ああ。そして、我々が支配すべき領域もな」


その言葉の意味を、ルカはまだ知らない。 行商人が去ったことで、この村の存在——そして「未知の超技術」の噂が、外の世界へ漏れ出したことを、村人たちはまだ誰も気づいていなかった。

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