開かれた視線
──交渉と、最初の接触──
小型の魔導艇が、灰色の波をゆっくりと進んでいた。
波打つ空気の中で、ユリス・バシュとリュカ・エルヴァルは、
視線を上げたまま、前方の断崖に備えられた監視塔を見つめていた。
近づくにつれ、魔力の圧が変わる。
結界の層が波のように彼らを押し返し、次第に周囲の空が淡く色づいていく。
リュカが呟いた。
「この空間構成……五重警戒陣。防御より、内側への“遮断”が主目的。
……この場所は、恐れている」
ユリスは返事をせず、ただ腰の剣に触れたまま姿勢を保つ。
「来るぞ」
次の瞬間、海面を切る音と共に、三体の飛行兵が出現した。
黒と金の鎧を身にまとい、背に浮遊魔紋を抱えた迎撃部隊の先遣者たち。
矢ではなく、視線で“殺意”を投げてくるような沈黙。
やがて、そのうちの一人が魔法陣を展開し、声を発した。
「停止せよ。名を名乗れ。魔法国の空域へ許可なき接近は許されない」
ユリスは迷わなかった。
剣を抜かずに、ゆっくりと右拳を胸に当て、共和国式の敬礼をした。
「こちらはエルベルト民主共和国、交渉担当ユリス・バシュ。
魔法国との衝突意思は一切なし。対話のための来訪だ」
一瞬の静寂。
三人のうち、中央の者が目を細めた。
手にしていた杖から魔力を流し、空中に記録陣を展開する。
「共和国……? 聞いたことのない国家だ。
だが、我らの領域に届く言葉を持っている。……そちらに、知性の翻訳者がいるな」
リュカが、微笑を浮かべながら前へ出る。
「その通り。私は魔力航行士、リュカ・エルヴァル。
この世界の西にある文明から来た者です。
あなた方の言葉と構造を理解し、そして、共に在る道を探しにきました」
その言葉に、三人の視線が鋭く揺れる。
「“共に在る”……? その意味を、証明してもらおう」
浮遊兵たちの間に、一本の道が開かれる。
結界の中の狭い通路。
“敵ではない”と見なされた者にだけ、通過が許される魔法の道。
リュカがユリスに目で合図した。
「さあ、あとは慎重に、言葉で切り拓いてみせて」
【断崖の中にて】
その先にあったのは、灰色の石で作られた迎賓室。
厳重な結界の中に、それでも客人を迎える最低限の礼儀が保たれた空間。
そこに、魔法国・東境の外交監察官が姿を現す。
名は フローラ・マグレイン。
年齢は30代半ば。鋭い目と、長い銀髪。
表情は固いが、礼は整っている。
「あなた方の行動は、我が国にとって極めて異例です。ですが、敵意を否定し、文化的に意思疎通を試みる者を拒むのもまた、礼を失う行為。……聞かせてください。あなた方は、“なぜここへ来たのですか?”」
その問いに、ユリスは少し息を吸ってから答える。
「我々は、侵略者ではありません。“逃れてきた者たち”に出会い、あなた方が何を求め、何を怖れているのかを知りたい。対話によって、新しい橋を築くために来た」
フローラはその言葉を、長く受け止めたまま、ゆっくりと瞳を閉じる。
そして次の瞬間——
彼女の隣に立っていた侍従が、警告をささやいた。
「……“西の封印”が、微かに反応しました。魔王の使い、動いています」
フローラは、すっと表情を戻した。
「時間がないのですね。それなら……あなた方の代表、“その者”を、招く準備をしましょう」




