崩壊寸前の方舟
──対話以前の救済──
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黒き船の内部は、外見からは想像できぬほど、不完全な空間だった。
冷たい鉄と魔力の痕跡が混在する船内。
魔法陣で支えられた壁面には、結界のひびが浮かび、
艦内は消毒の概念も希薄で、不快な熱と臭気が充満していた。
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▶︎ センサー観察ログ:船内状況解析
> 空気中病原菌濃度:高
緑膿菌変異種:確認
ウィルス性呼吸器疾患兆候:2系統検出
> 栄養欠乏因子:全乗員に認められる
ビタミンB1:欠乏→脚気リスク
ビタミンC:欠乏→壊血病リスク
鉄分・たんぱく質:不足
> 魔法治療限界:慢性疾患への対応能力不足
傷は癒せても、体は蘇らない
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▶︎ 行動記録:QO-MED-0001
第一対象:劣化症状を呈した魔導兵
彼は足を引きずりながら廊下に倒れ、苦しげに呟いていた。
「傷は……癒えたはずなのに……体が、重い……目が霞む……」
キオは彼の頸部と舌の色、脈のリズムを確認し、静かに言う。
「ビタミンB1欠乏による神経障害です。
これは、“魔法では見えない欠損”です」
傍にいた医療係らしき魔導師が、驚愕の顔をする。
「そ、それは“毒”か? 呪詛の類か?」
「いいえ。不足です。足りないものは、敵ではありません」
キオは人工栄養錠を摂取させ、安静指示を出す。
彼は一晩で立ち上がり、こう呟いた。
「……これが、科学か……」
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▶︎ 第二対象:拘束区画
下層区画には、魔法の鎖で繋がれた“契約奴隷”たちが並んでいた。
水の配給は日に一回。
食事は干からびた干し肉とパンくず。
キオは彼らの顔を順に観察する。
頬がこけ、目は虚ろ。
中には壊血病で歯茎から出血し、歩行困難となった者もいた。
「ここまで命を削って、あなたたちはどこへ向かおうとしていたのですか?」
その問いに、誰も答えられなかった。
キオは、まず“水”を変えた。
濾過した水を、簡易装置で提供。
次に“食”を整えた。スープと加熱した芋、簡易ビタミン錠。
数日後、言葉を話さなかった子どもが、キオの手を握って呟いた。
「……あたたかい……ごはん……」
キオは答えなかった。
ただその手を、そっと握り返した。
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▶︎ 第三対象:魔法治療班の混乱
彼らは傷を癒すことが“治療”だと信じていた。
だが、病には効かず、餓えは癒せず、死者は増え続けていた。
キオは、魔導師たちにこう語った。
「癒しとは、“肉体の機能”を回復させることです。
痛みを止めることと、生きさせることは、違う」
彼らは混乱し、拒絶する者もいた。
だが、徐々にキオの医学的処置を見て変わっていく。
薬草では効かなかった熱が、キオの調合液で下がる。
術式でも動かせなかった腕が、栄養と回復で持ち上がる。
彼らの呪文に、キオの処置が組み込まれ始めたのは、それからだった。
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▶︎ 結論:この船は、崩壊しかけた“方舟”だった
救われるために逃げたはずの者たちが、
魔法に頼り、科学を知らず、
静かに、確実に、命を削っていた。
キオは知った。
> 「この船に必要なのは、戦力ではなく、理解だ。
魔法という言語だけでは、彼らは“生き延びられない”」




