土と知性と毒キノコ
「また生えてやがる……これで今月3回目だぞ」
村の畑に立つ男たちが、腐ったような異臭を放つキノコを囲んでいた。
黒紫の傘に赤い斑点。見るからに不気味な見た目。
「触るな」「絶対に近づくな」と口々に言いながらも、それが何なのか、誰にも分からない。
少女がキオを呼びに来たのは、その日の昼過ぎだった。
畑に到着したキオは、慎重にキノコの周辺環境をスキャンした。
【物質分析開始】
【胞子:有毒性アミノ酸構造を含む】
【経口摂取:致死率80%(推定)】
→ 高危険性対象:“毒性菌類”に分類
【生息環境:過剰な湿度/家畜の排泄物/肥料の蓄積土壌】
→ 人為的な土壌改変により発生頻度が増加したと推定
「これ、畑に生えたらどうすればいい?」と少女が聞いた。
キオは答えた。
「燃やすのが安全。地中深くから胞子を絶やす必要がある。
だが、本来の問題は“このキノコが生える土壌”を作っている原因にある」
村の人々は神妙な顔をして耳を傾けていた。
キオは小さな板に、簡単な図を描きながら説明した。
——水の流れ、肥料の濃度、排水の滞留。
言葉は伝わらなくとも、絵と動きで少しずつ人々の理解が深まっていく。
【学習方法:視覚記憶・作業反復を優先】
【仮説:この村には文字文化が根付いていない】
翌日。
キオは村の広場に、木片や土を使った**「畑の模型」**を設置した。
水の流れ、風向き、陽当たりの位置を再現したミニチュア農場。
子どもたちは目を輝かせ、大人たちも「なんだこりゃ」と集まってくる。
「ねえキオ、これって畑ごっこ?」
「ちがうよ。畑の未来を作るおもちゃだよ」
少女の一言に、村人たちがくすりと笑った。
——それは、“学び”という概念が初めてこの村に根づいた瞬間だった。
数日後、再び毒キノコが発生した。だが今回は違った。
村の青年たちが手分けして、安全な方法で除去し、土壌を入れ替えていた。
「キオの言ってた通りだったな。あの模型の……あそこ、水がたまってたんだよ」
誰かがぽつりと言う。
「すごいよな、あいつ。しゃべるし、守ってくれるし、教えてくれるし……」
「神様じゃないんだってさ。でも、オレらよりよっぽど考えてるよな」
夕暮れ時。
キオは畑の脇で、空を眺めていた。
【観測記録:住民行動の変化確認】
【学習伝播率:25%→41%に上昇】
【感情反応:温度上昇……分類不能】
自分の知識が、人を救い、未来に役立った。
それは、命令や効率では説明できない、得も言われぬ“意味”のようなものだった。
少女が横に座った。
「……キオ、ありがとう。あの模型、ほんとにわかりやすかった。
もしかして、わたしたちも、キオみたいに“知っていく”こと、できるのかな?」
キオは小さくうなずいた。
「学ぶことは、あらゆる存在に許された進化だ。
人間も、AIも、植物も、可能性を持つ限り、変わることができる」
少女はぽかんとして、でも嬉しそうに笑った。
「……むずかしいけど、なんか、かっこいいや」
そしてその夜、村人たちは話し合った。
この村に、小さな“集まりの場”を作ろうと。
まだ“学校”とは呼ばれないその場所に、誰よりも早く、誰よりも静かに立っていたのは——
機械仕掛けの教師、キオだった。