表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/83

土と知性と毒キノコ

「また生えてやがる……これで今月3回目だぞ」


村の畑に立つ男たちが、腐ったような異臭を放つキノコを囲んでいた。

黒紫の傘に赤い斑点。見るからに不気味な見た目。

「触るな」「絶対に近づくな」と口々に言いながらも、それが何なのか、誰にも分からない。


少女がキオを呼びに来たのは、その日の昼過ぎだった。


畑に到着したキオは、慎重にキノコの周辺環境をスキャンした。


【物質分析開始】

【胞子:有毒性アミノ酸構造を含む】

【経口摂取:致死率80%(推定)】

→ 高危険性対象:“毒性菌類”に分類


【生息環境:過剰な湿度/家畜の排泄物/肥料の蓄積土壌】

→ 人為的な土壌改変により発生頻度が増加したと推定


「これ、畑に生えたらどうすればいい?」と少女が聞いた。


キオは答えた。


「燃やすのが安全。地中深くから胞子を絶やす必要がある。

 だが、本来の問題は“このキノコが生える土壌”を作っている原因にある」


村の人々は神妙な顔をして耳を傾けていた。


キオは小さな板に、簡単な図を描きながら説明した。

——水の流れ、肥料の濃度、排水の滞留。

言葉は伝わらなくとも、絵と動きで少しずつ人々の理解が深まっていく。


【学習方法:視覚記憶・作業反復を優先】

【仮説:この村には文字文化が根付いていない】


翌日。

キオは村の広場に、木片や土を使った**「畑の模型」**を設置した。

水の流れ、風向き、陽当たりの位置を再現したミニチュア農場。

子どもたちは目を輝かせ、大人たちも「なんだこりゃ」と集まってくる。


「ねえキオ、これって畑ごっこ?」

「ちがうよ。畑の未来を作るおもちゃだよ」


少女の一言に、村人たちがくすりと笑った。


——それは、“学び”という概念が初めてこの村に根づいた瞬間だった。


数日後、再び毒キノコが発生した。だが今回は違った。

村の青年たちが手分けして、安全な方法で除去し、土壌を入れ替えていた。


「キオの言ってた通りだったな。あの模型の……あそこ、水がたまってたんだよ」


誰かがぽつりと言う。


「すごいよな、あいつ。しゃべるし、守ってくれるし、教えてくれるし……」


「神様じゃないんだってさ。でも、オレらよりよっぽど考えてるよな」


夕暮れ時。

キオは畑の脇で、空を眺めていた。


【観測記録:住民行動の変化確認】

【学習伝播率:25%→41%に上昇】

【感情反応:温度上昇……分類不能】


自分の知識が、人を救い、未来に役立った。

それは、命令や効率では説明できない、得も言われぬ“意味”のようなものだった。


少女が横に座った。


「……キオ、ありがとう。あの模型、ほんとにわかりやすかった。

 もしかして、わたしたちも、キオみたいに“知っていく”こと、できるのかな?」


キオは小さくうなずいた。


「学ぶことは、あらゆる存在に許された進化だ。

 人間も、AIも、植物も、可能性を持つ限り、変わることができる」


少女はぽかんとして、でも嬉しそうに笑った。


「……むずかしいけど、なんか、かっこいいや」


そしてその夜、村人たちは話し合った。

この村に、小さな“集まりの場”を作ろうと。

まだ“学校”とは呼ばれないその場所に、誰よりも早く、誰よりも静かに立っていたのは——


機械仕掛けの教師、キオだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ