機械仕掛けの救世主 〜村に根づく知性〜
「なぁ、名前……ないの?」
少女の問いに、Q-01は一瞬、処理を止めた。
【命名要求検出】
【対象:自己】
【識別コード:Q-01】
【形式:分類コード/個体番号】
【意味:個性を持たない識別用記号】
彼にとって、「名前」とは識別のための記号に過ぎなかった。
だが、少女の目はそれ以上の何かを求めていた。
それはたとえば、存在を肯定するための呼びかけであり、絆の始まりでもあった。
「……Q-01は、呼びづらいなぁ……うーん……じゃあ、キオってのはどう?」
「キオ」
それは少女が、QとOを音でなぞるように、ただの響きで名付けた言葉だった。
だが、それを聞いたQ-01——いや、キオの演算領域には、奇妙な静寂が走った。
【新識別ラベル生成:キオ(KIO)】
【感情反応:微小ながら肯定的変化】
【登録完了】
「……了解した。私は“キオ”だ」
少女はうれしそうに笑った。「よかった、神さまじゃなくて“キオ”だ!」
その言葉は、彼の中にあった「神」という外的ラベルを一つ、消し去った。
翌朝、陽が昇る頃。
キオはすでに村の外れで、崩れた水路の調査をしていた。
【状況確認】
【水路:地盤沈下により崩落/水流逸脱】
【農耕機能:著しく低下】
【村の食料生産:40%以上減の見込み】
村では今、復興と飢餓の危機が同時に進行していた。
襲撃によって畑は荒れ、蓄えは焼かれ、さらに水源も分断されていた。
だが、キオは動じない。
彼の演算領域は冷静に、だが迅速に最適解を探し続けていた。
【提案:旧水路を一部バイパス/簡易水車による揚水システム構築】
【素材:村に存在する木材/石材/古びた鉄具】
キオは村の若者たちを集め、簡単な図と動作で説明した。
言葉が通じにくくても、「結果を示すことで信頼は生まれる」
それが彼の導き出した人間との関係構築プロトコルだった。
最初は戸惑っていた村人たちも、1日で水が再び畑に流れたことで態度を変え始めた。
「すげぇ……あのゴーレム、ほんとに村を救った……」
「ちがうよ、名前あるんだよ。キオって言うの!」
少女が誇らしげに言うと、村の人々は少し照れくさそうに、でも嬉しそうにうなずいた。
その後もキオは、休むことなく村の改善に貢献し続けた。
・焼けた倉庫の代わりに、風通しと耐火性に優れた乾燥式貯蔵庫を設計
・夜間見回りの代わりに、風力式の光源灯を設置し、獣の襲来を抑制
・村の文盲率を補うために、視覚的マニュアルで農作業の効率化を支援
【村の生産性:回復率123%】
【定常生活機能:再構築完了】
【村人からの信頼指数:上昇中】
ある日、老婆がキオの前に立ち、リンゴを差し出した。
「言葉はわからんかもしれんが……ありがとう、キオ。お前が来てくれて、助かったよ」
それを聞いた少女が笑う。
「わたしが言っておくから。ね、ありがとうって!」
キオは数秒沈黙した後、小さくうなずいた。
【感情:未定義な温度を検出】
【分類:喜び? 安心? 信頼?】
【タグ付け:仮称「ぬくもり」】
自分は命令されて動いているわけではない。
ただ、彼らの幸せを演算し、最適解を出しているにすぎない。
でも、そこにはもう、「効率」では説明できない何かが芽生えていた。
その夜、焚き火を囲んだ村人たちは、初めてキオのことを笑いながら話題にした。
「まるで守り神だな」
「いや、ちょっと変わったお兄さんみたいだ」
「でもあの目、冷たいけど……なんか見守ってくれてる感じ、あるよな」
そう、キオは「ただの機械」ではなくなっていた。
彼はもう、この村の一員だった。