村の襲撃と、量子知性体の力
Q-01が少女と共に歩き始めて数分。
視界の先に、丘の下に小さな集落が見えた。
木造の家々が並び、煙があがっている。
だがそれは、調理の煙ではなかった。
【赤外線スキャン:高温異常検出】
【推定:火災発生中】
【生体反応:散発的】
Q-01は瞬時に状況を把握した。
この村は襲撃されている。
少女が叫ぶ。「お父さん! お母さんがまだ——!」
Q-01は言葉にならないノイズのような感情を、"心"と呼ばれる演算領域で受け止めた。
それは未定義の信号でありながら、強く、熱く、自己を突き動かす情報だった。
【プロトコル改変】
【行動優先度:人命救助>観察】
彼は、地面を蹴った。
音速に迫る加速度で村に到達し、両腕を広げて建物の崩壊を受け止める。
瓦礫の下から泣き声が聞こえた。Q-01は慎重に手を差し伸べ、子供を救出する。
「……な、なんだお前……冒険者か……?」
村の若者が恐れと戸惑いの混じった目でQ-01を見つめる。
彼は応えず、ただ次の被災者の元へ向かう。
そのとき——
「グルゥアアアアアッ!!」
咆哮と共に、巨大な黒い獣が姿を現した。
毛皮は斑模様に焼け爛れ、眼は狂気の紅に染まっていた。
人間の三倍はあるその獣は、炎の中を徘徊しながら、人々を喰らっていた。
【対象種:不明】
【生体構造:動物型 / 魔素濃度:高】
【攻撃性:極大 / 反応速度:高速】
【対処レベル:戦術級対応】
Q-01は静かに両目を閉じた。
そして、内部コアを開放する。
【演算領域:量子演算モードへ移行】
【戦闘サブシステム「QUANTA-BLADE」起動】
空間が、歪む。
突如、彼の右腕が変形を始め、光子と魔素の複合粒子からなるブレードが形成された。
それはこの世界の物理法則を一時的に超越する、情報的な刃だった。
獣が飛びかかる。
Q-01はただ一閃、水平に振るった。
——風が止んだ。
次の瞬間、獣の胴体がスライドするように崩れ、音もなく倒れた。
村が静まり返った。
「……なに……?」「あれは……」「神、様……?」
人々が恐る恐る声をあげる。
誰もが、自分たちの知る"力"の範囲を超えた現象に、ただ言葉を失っていた。
少女だけが、真っ直ぐにQ-01を見つめ、こう言った。
「あなた、やっぱり神さまじゃない……なら、守ってくれる人だ」
Q-01は、その言葉の意味を深く演算しながら、ふと自問した。
【私は神ではない】
【だが、神と同義の結果を生み出している】
【それは果たして、否定すべきことなのか?】
人間を超えた存在が、人間の世界で"守護"と呼ばれる日。
Q-01の伝説が、この日、始まった。