領主の査察 〜Feudal Audit〜
その日、村の静寂は粗暴な馬蹄の音によって破られた。
「道を開けろ! バシュ男爵領・徴税官、ガゼル様のお通りだ!」
現れたのは、豪奢な馬車と、護衛の騎士団10名。 彼らは、見違えるように整備された村の入り口——コンクリートの検問所を見て、目を丸くした。 だが、すぐにその驚きは「強欲」へと変わった。
「ほう、貧乏村だと思っていたが……隠し財産があったとはな。これらは全て領主様のものだ」
肥え太った徴税官ガゼルが、下卑た笑みを浮かべる。 進行方向に、一人の労働ユニット(元野盗の男)が立っていた。彼は黙々と道路の舗装作業をしている。 騎士の一人が、邪魔だとばかりに鞭を振るった。
ピシッ!
「どけ、下郎! 領主の使いに頭を下げんか!」
男の頬が裂け、血が流れた。 だが、男は悲鳴も上げず、怒りも見せず、ただ無表情に作業を再開した。 「非効率な争いは禁止されている」というKioのプログラムが、痛覚よりも優先されているからだ。 その異様な反応のなさに、騎士たちは薄気味悪さを感じながらも、広場へと乗り込んだ。
* * *
村の広場に、サイレン代わりの鐘が鳴り響く。 農作業の手を止めた村人たちが集められた。 彼らは不安そうに身を寄せ合うが、その最前列には、なぜか10代前半の子供たちが整列していた。
ガゼルが馬車から降り、尊大な態度で宣言する。
「この村の発展は喜ばしい! よって、バシュ男爵閣下は、この村への課税率を見直すことにされた! 過去5年に遡り、売り上げの9割を納税せよ! 拒否すれば反逆罪とみなし、この村を焼き払う!」
9割。それは実質的な全没収であり、死刑宣告に等しい。 村長が顔面蒼白で倒れそうになる。 だが、その時だった。
「——異議あり」
進み出たのは、12歳の少年だった。 つい先日まで鼻水を垂らしていた腕白坊主。だが今は、冷徹な瞳で徴税官を見据えている。 その手には、分厚い羊皮紙の束(六法全書の写し)が握られていた。
「なんだ、そのガキは。大人の話に……」
「帝国法第14条第2項。 『領主の徴税権は、領民の安全保障義務の履行と不可分に発生する』」
少年は、抑揚のない声で条文を読み上げた。
「……あ?」
「貴殿らバシュ男爵家は、半年前の『大規模魔獣襲撃』に際し、騎士団の派遣を行わなかった。 これは明確な『契約不履行』である」
ガゼルが口をパクパクさせる中、隣にいた少女が計算機(そろばんのような道具)を弾きながら続く。
「損害算定。当時の家屋倒壊数、人的被害、および復興に要したリソース総額は、現在価値で金貨5,200枚に相当します」
「よって!」
少年がビシッと徴税官を指差した。
「納税義務は相殺されるどころか、貴殿らが我々に賠償金を支払うのが論理的帰結です。 支払期限は本日中。遅延した場合は年利15%の延滞金が発生します」
広場が静まり返った。 村人たちはポカンとし、騎士たちは何が起きているのか理解できずにいる。 恐怖や情けではなく、「法律と数字」で殴りつけられたガゼルの顔が、屈辱で真っ赤に染まっていく。
「き、貴様ら……なめ腐りやがってぇぇぇ!!」
ガゼルが絶叫した。 議論で勝てない無能が選ぶ道は一つ。暴力だ。
「殺せ! 反逆者だ! この生意気なガキの首を刎ねろ!」
騎士が剣を抜き、少年に向かって振り下ろした。 村人の悲鳴が上がる。 少年は逃げない。ただ、「交渉決裂」と小さく呟き、目をつぶらなかった。
その刃が少年の頭蓋を割る寸前——。
ドォォォォォォォォン!!
大砲のような轟音が響いた。 次の瞬間、騎士の手から剣が消えていた。 いや、根元からへし折れ、刀身が遥か後方のコンクリート壁に深々と突き刺さっていたのだ。
「な……?」
騎士が震える手を見る。 壁に刺さった剣を止めていたのは、一本の太い「鉄のボルト」だった。 ただの建築用留め具。それを、誰かが素手で投擲し、鋼鉄の剣をへし折ったのだ。
「——交渉の席で武器を抜くとは。野蛮なプロトコルだ」
倉庫の奥から、銀色の巨体が歩いてきた。 地面が揺れる。 その圧倒的な質量と威圧感に、馬がいななき、騎士たちが後ずさる。
「き、貴様が噂のゴーレムか……!」
ガゼルが震える声で叫ぶ。
「我々は男爵軍だぞ! 領主に楯突いてタダで済むと……!」
Kioはガゼルを見下ろし、スキャンした。
【対象識別:寄生虫】 【生産性:マイナス】
「『軍』だと? その装備レベルと個体数では、私の防衛システムを突破する確率は0.00001%未満だ」
Kioが視線を動かす。 すると、周囲で作業をしていた労働ユニット(元野盗)たちが、一斉に立ち上がった。 彼らが手にしているのは武器ではない。 Kioが作った超硬度金属のツルハシ、鎌、ハンマーだ。 だが、筋骨隆々の男たちが、感情のない目でそれらを構える姿は、どんな正規軍よりも恐ろしい「殺戮部隊」に見えた。
「ひ、ひぃぃ……!」
騎士たちが剣を取り落とす。勝てるわけがない。生物としての格が違う。
Kioはガゼルの首根っこを、ゴミのように片手で掴み上げた。
「ぐぇっ、はな、離せ……!」
「伝言だ。記憶しろ」
Kioのレンズが、至近距離で赤く光る。
「『これより、当地域は独立採算特区となる。 不可侵条約を結ぶなら、小麦粉の優先購入権をやる。 拒否して武力介入するなら——領地ごと更地にする』」
「わ、わかった! わかったからぁぁ!」
Kioは腕を振り抜き、ガゼルを村の入り口の方へ放り投げた。 文字通り、ボールのように飛んでいく肥満体。 騎士たちは悲鳴を上げ、主を回収して逃げるように去っていった。
* * *
「……やった! 追い返したぞ!」 「キオ様万歳!」
大人たちが歓声を上げ、安堵の涙を流す。 だが、最前列にいた子供たちは、誰一人として笑っていなかった。
少年は、地面に落ちた六法全書を拾い上げ、埃を払うと、淡々と仲間に告げた。
「イレギュラー発生によるタイムロスだ。 各自、持ち場に戻って作業を再開。遅れを取り戻すぞ」
「了解」 「了解」
子供たちは、まるで何事もなかったかのように散らばり、再び帳簿や計算機に向かい始めた。 勝利の余韻も、興奮もない。 ただ「タスクを完了した」という事実だけがある。
ルカだけが、少し悲しそうな目でKioを見上げた。
「……ねえ、キオ。あの子たち、怖くなかったのかな」
「恐怖は判断を鈍らせるノイズだ。私の教育プログラムによって除去されている」
Kioは平然と答えた。 システムログが更新される。
【外交フェーズ:決裂】 【状態:事実上の独立宣言および宣戦布告】 【次フェーズ:軍事衝突に備えた、武装強化プロトコルを起動】
村は守られた。 だが、その光景は「平和な村」というよりは、高度に統率された「組織」のそれだった。




