失われた理想
ティアティラとの出会いは、アドルフにとって運命を変える瞬間だった。
第一次世界大戦が勃発する中、彼女が語る神秘的な使命と、人類の未来を導くための存在であるという告白は、混沌とした時代に希望の光を見せるものだった。しかし、その光が暗い影を伴っていることに気づくのは、まだ先のことになる。
アドルフはティアティラを匿いながら、その正体と使命を探ろうとした。彼女は断片的な記憶しか持たないものの、「聖槍」「ロンギヌスの槍」という名前を幾度となく口にした。
「ロンギヌスの槍……それは何なんだ?」
「キリストの磔刑で使われたと言われる聖なる槍。でも、それはただの伝説じゃないの」
ティアティラの瞳が暗く輝く。
「その槍は力の象徴。持つ者に超常の力を与えるとも、破滅をもたらすとも言われている。私は、その槍を見つけなければならない。それが、私の使命」
アドルフはその言葉に引き込まれるように、槍の伝説について調べ始めた。ロンギヌスの槍は中世以来、神秘的な力を持つとされ、幾多の王や征服者が手に入れようとしてきたという。そして現在、それはウィーンのホーフブルク宮殿に保管されていると知った。
「その槍が手に入れば、ドイツを救う力になるかもしれない……!」
アドルフの胸に野心が芽生え始める。かつて失われた芸術家の夢は、いまや国を救うという使命感に置き換えられようとしていた。
――アドルフがティアティラに出会ったことで、その人生は運命的に狂い始める。だがその一方で、彼の心には初めての温かな光が灯った。彼女は謎めいていたが、時折見せる無邪気さと温かさが、彼の孤独を埋める存在になっていった――
アドルフはティアティラを森の中の古びた小屋に匿っていた。
彼女の不思議な球体は草で覆い隠し、何かあったときのために町から食料や生活用品を調達している。
ティアティラは小屋の中で、球体から持ち込んだ機械部品をいじったり、アドルフが持ち帰った古い本を読んだりして日々を過ごしていたが、時々その機械で何をしているのかとアドルフが尋ねると、彼女はいたずらっぽく笑ってこう言う。
「秘密。これを完成させたら、もっとすごいことができるようになるんだよ」
「……君が何を考えているのか、少しもわからない」
「そりゃそうだよ。だって私、君から見たら未来みたいなものだから」
ティアティラは微笑みながら、彼の手に握られた粗末なパンを指さす。
「それ、少し分けてくれない?君が思っているより私、お腹が空いてるんだから」
「……さっき食べたばかりじゃないか」
「それとこれとは別!」
ティアティラの無邪気な様子に、アドルフは思わず肩をすくめる。彼女の存在が日常の一部となり、彼はかつて感じたことのない穏やかな感情を覚えていた。