嵌められた
「くそぅ、嵌められた」
思わず洩れた呻き声は独り言。
不審点が不審点を呼ぶから、能う限り調べたよ。
とは言っても、【『不審』データベース】以外は、一般人でもアクセス可能な場所からしか情報は引っ張ってないけど。
紙装甲な会社の色んなファイルを見たりコピーしたりしたけど、アレは不正アクセスしなくても、スーパーで一般パートが商品の発注の為に使うパスワードで、潜ろうと思えば何処までも潜れたんだから、不正アクセスと言われたくない。
あとは、有料記事もあるけど誰でも閲覧可能な過去の新聞記事とか、地方の広報紙のバックナンバーとかで調べたくらい。
不足分は、女王様の居城な「日配部門」に限らず、他部門も内情を突付いてみた。
どの部門も、「これが本当に『普通のスーパー』だったら嫌だ」と思わされる気持ち悪さだったよ。
このスーパー、って言うか、この地域には性格異常者しか居ないの? そういうのだけ集めたの? ただの類友?
そんな疑問は、後で嫌ぁな形で解消されたんだけど。
女王様の居る「日配部門」と競えるほどに、従業員の入れ替わりの頻回だった部門が他に二つあった。
一つは「コールドデリカ部門」。作業内容は食品製造だけど、加熱する設備が作業場に無い部門。製造するのは、寿司やサラダ、サンドイッチ類など。サンドイッチ類に使うパンは自社工場製。
もう一つは「ホットデリカ部門」。作業内容は食品製造で、加熱設備を使って製造した商品を並べる。揚げ物、焼き物、蒸し物、それらを使った弁当などが主商品。
このスーパー、「ベーカリー部門」て無いんだよね。
パンは「グロサリー部門」だし、店舗製造のサンドイッチ類は「コールドデリカ部門」。
因みに「グロサリー部門」が扱うパンを送って来るのは自社工場。他社のパンは申し訳程度しか置いてません。パンコーナーの棚は、ほぼ自社工場製品で埋まってる。
売り場で作業してると、よくお客様から「パン屋はどこですか?」て訊かれるんだけど、気持ちは分かる。
グロサリーとコールドデリカは売り場が離れてるから、サンドイッチ類と工場から来たパンを比較検討して買うのが手間。しかも工場から来るパンの中にもサンドイッチがあるし。
で、頻回に従業員が入れ替わる二つのデリカ部門だけど、部門内の人の話と外の他部門から眺めての感想を聞くと、辞めるのは「問題行動をした人」ではなく、「問題行動をした人に苦言を呈したり反抗した人」か「問題行動をした人のことを上に相談した人」ばかり。
そうして、二つのデリカ部門には「今までに問題行動をした人」しか現存しない状況に。
人数だけは居るのに、常に人手不足だから常に求人募集中。
何故人手不足かと言えば、現存する人達が起こす「問題」には、「いつまでも仕事を覚えない」とか「遅刻欠勤当たり前」とか「嘘を並べて仕事逃ればかり」とか「ミスが日常」とか、まぁそんな人ばかりじゃ仕事が回るわけ無いよね、なラインナップだから。
でも、そういう「問題行動をした人」が、退職勧告をされたことは無い。
そればかりか、そういう人達に苦言を呈する、そういう人達のことを上に相談する、といった正常に見える行動を取った人達が、店長や部門長ら「会社側の人間」から退職勧告をされていた。
気持ち悪いよねぇ。
これがこの地域の住民の特性だと言われても、流石に違和感あるわ。
村社会とか、そんなレベルじゃない。明らかにオカシイ。
辞めて行った「正常に見える行動をした人達」のその後が、七割方【『不審』データベース】に名前を収めているのも、どう考えたってオカシイでしょう。
オカシイ範囲の広さが不審と不安を更に煽るけど、調べちゃったよ。好奇心は猫をも殺す。
【『不審』データベース】の未解決事件系統の疑惑アリ関係者と、スーパーを展開する会社の関係者が見事ヒット。
どれもヤバさ天元突破な事件ばかり。
手に余り過ぎて再度、【『不審』データベース】の持ち主に連絡。
「お、辿り着いたか」
殺意が湧いた瞬間。
どうやら、最初から誘導されていた。
私が「書ける経歴」作りに、この地方都市を選ぶことも。
この地方都市で「書ける経歴」作りに選ぶなら、このスーパーの求人に応募することも。
私が、「お仕事」じゃなくても不審を感じたら「後々の交渉材料」にでもする為に、自ら調べ始めることも。
背景の黒さを感知したら、彼に連絡を取って【『不審』データベース】のデータを使うことも。
最初から、彼は、この表向きは「鈴木隆」と名乗っている、国家権力をブン回せる立場にいる人は、私にこの地方都市の潜入捜査をさせるつもりだったんだ。
潜入するのは素人の民間人で、無意識で無自覚であることが望ましかったから。
そこからは、指示されるままに動いただけ。
アレ持って来い、コレ持って来い、ソレ撮影しておけ。
そんな感じ。行動自体は難易度が低かった。
だって、スーパーで普通に売ってる商品を購入して保管しておくだけだったから。
持って来い指示があったのは、自社工場のパン、自社工場の飲料、自社工場の加工品、店舗製造のデリカ類。
撮影指示は、ペンに仕込んだ超小型カメラで従業員の日常の言動を。店長や社員含む。これは、同チェーンの他店舗も全部回った。
「他の店舗の日配品の陳列を勉強しに行った」という体で、ペンをポケットに挿してウロウロしてただけだから怪しまれてもいない。
ペンは、外部に一切出回ってない最新作だから玄人の前で使っても「まだ大丈夫」と言われて寧ろ不安が増したけど、指示通りに堂々とウロついた。
あとは、帰還命令というか、離脱命令が出たから、「親戚の葬式に出て来る」と駅から店に電話で連絡を入れ、鞄一つで電車に乗った。
後始末は、玄人がやるからノータッチだ。