Day 0.薫の現状~僕は誰かを愛せない~
「最低!」
ばちぃぃぃぃいん!
割と盛大な音が日中の路上に響き渡り。
強烈な平手打ちと共に女は去っていった。
「おーいて!」
僕は少し腫れた頬を抑えながら、女とは反対の方向にのろのろと歩き始める。
僕の名は日下部薫。都内の大学に通う大学3年生だ。
「女心を弄ぶなんて許せない、か。」
先程の女に言われた台詞を反芻してみる。
女心、ねえ……正直興味も関心もない。
普段真面目に勉強しているせいで誠実に見られがちなのと、自分では分からないがいわゆるイケメンに分類されるらしい見た目のお陰で、言い寄ってくる女に困ったことはない。だが、真剣に愛する女性に出会えたこともない。
故に、僕にとって女性とは、ただの性欲の捌け口でしかなかった。
そんなこんなで女に罵られるのには最早慣れている。とはいえ殴られる痛みには慣れないものだ。
とりあえず家路に着こうとしたその時。
「お、カオルじゃん! こんなとこで何してんの?」
うわ、よりによってこのタイミングで遥かよ!!
「その頬の腫れ具合……だるそうな歩き方……さてはまた女だな!」
半ば呆れたように遥が言う。
「お前には関係ない。」
図星だったが、盛大にスルーした。
「全く、顔はいいのに女の扱い最悪よねアンタ。引っかかっちゃった人に心底同情するわ。」
心の底から哀れみの意を表明する遥に、肩を竦めてみせる。
彼女に言わせると、僕は色んな意味で【残念なイケメン】らしい。その【色んな】がどんな意味を持ってるのかなんて大体見当はつく。どうせろくでもない意味なのは間違いないだろう。まあその辺の細かいことなど、どうでもいい。
「はああ、東京来てまでアンタのお守りとか…つくづくダルいわあ。」
「別にほっといてくれていいんだが。」
「おじさんとおばさんから頼まれてんの!」
「……父さんも母さんも……余計な真似を……。」
小学校からの幼なじみで腐れ縁の遥は実家が近く、家族ぐるみの付き合いだ。どうやら上京するにあたってうちの両親から僕のお目付け役を頼まれたらしい。心配してくれるのはありがたいが、僕からしたらお目付け役など迷惑この上ない。
そして遥は何故か僕の中で女として認識されないのだ。まあ向こうも僕の事を異性と認識していないのでその辺はお互い様なのだが、故にこそ気楽な関係でもあった。
しかしよりによってこんな時に鉢合わせるとは、なんとも間が悪い。まだまだ続きそうな遥の説教を適当に聞き流しつつ、ここから脱出する方法を考える。
「悪いが、聡と約束あるからもう行く。」
そう言うとさっさと戦線離脱した。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!!」
まだ何か言いたげな遥を後目に僕は走り出した。