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魔女の男と魔人さんと魔女の森と魔王のお話?多分。

作者: カブトボーグ

 魔女の男、マシロは目を覚ました。

「初めましてなのでござりまする。

あなたの名前は何なのでござりまするか」

男の魔女、白黒の指名手配写真のような昭和眼鏡の男に訊かれて、少女は答える。

「変な人」

 アズキ。

 自分の名前を答えようとして、誤って心の声を口に出してしまった。

「変わった名前なのでござりまするな。よろしくお願いするのでござりまする。変な人さん」

 笑う気分ではなかったアズキだが、思わず笑ってしまう。けれども彼女が自分の胸の痼を忘れることはない。

「あー。スマナイんだゾ。コイツはちょっと変なヤツなんだゾ。オラは魔人。コイツはマシロって言うんだゾ。お嬢さん。お名前は?」

 誰の声か。マシロの声とは全く違う、硝子のような響き。

「魔人さん。お腹の上にいたのでござりまするか」

 アズキはマシロの腹の上を見る。そこには掌サイズの小人。マシロと同じく黒い服。

「私の名前は小宮アズキと言います」

 まだ倒れたままのマシロに言った。

「ここはどこなのでござりまするか。頻繁に倒れることが多いらしくて、状況が把握できていないのでござりまする」

「そんな」

 この赤黒さのうねる不気味な場所について訊きたかったのはアズキの方だった。

「ここは魔女の森だゾ。マシロ、もしかして忘れちゃったの?」

「あ、そうそう、魔女の森。それそれ。ここ、魔女の森なのでござりまするな」

 森と言われてもアズキの眼には森には到底見えない。

「私、帰りたいんですけど」

「帰れないゾ」

 魔人の言葉にアズキはゾッとする。

「魔女の森を消さない限り、元の世界には戻れないゾ」


 トンネルを抜けると一面にお団子畑が広がっていた。団子の木に、団子の家に団子の兵士。アズキにはなにがなんだか分からない。

「これは一体何なのでござりまするか」

 アズキは気付いたことがある。マシロはアズキと同じく魔女の森のことを全く知らない。一方、

「どうやら、オラたちを排除しようとしているらしいゾ」

魔人と名乗った小人の方が詳しい様子。

「魔人さん、魔法を使うのでござりまするよ」

「許可しないゾ。オラがそう判断したゾ」

「えっ」

「じゃあ」

「逃げるんだゾ」

 おかしな人たち。

 アズキは少し、ヘンテコな二人について興味を持ち始めていた。

 アズキたちが逃げ込んだ先は影の城。地に写る影のみあって、それ以外はなにも存在しない。

「あなたたちのことを知りたい」

 アズキは言った。

「先にお前のコトを話すんだゾ。それが礼儀なんだゾ」

「私のコト───?」

 アズキは少しムッとする。「何か」。そう、「何か」。胸の痛いところを刺された気がして───

「私はフツーの女の子。特別でもなんでもない。だから───」

 だから、何なのか。

「まあ、まあ。魔人さん。人間には言いたくないコトとかあるのでござりまするよ。それじゃあ、次は拙僧たちの番でござりまするな。どこから話したものかなのでござりまする」

「マシロ。オラが話すゾ。お前はどこかに行ってるんだゾ」

「───わかったのでござりまする」

 マシロは寂しそうに遠くに離れていく。

 二人きりになった魔人とアズキ。

「マシロは魔女だゾ。そして、記憶がほとんどないゾ」

「ちょっと待って。話が急で」

「マシロは魔法を使うと記憶が奪われるんだゾ。奪われた記憶は───オラの中にあるんだゾ」

「あなたは悪い人?」

「そういう契約なんだゾ。マシロはそのことすら忘れてるゾ。そのうち、自分の名前すら───マシロは、魔法を使って魔女の森を消して回ってるんだゾ。その度に記憶を失ってるゾ」

「そこまでして魔女の森を消す必要はあるの?」

 アズキには記憶を失うということが理解できない。理解できようもない。ただ、とても悲しいことのように感じる。

「無いゾ。無意味だゾ。魔女の森は、人間の悩みが集まってできるんだゾ。でも魔女の森を消したからって人間の悩みは消えないから、また森ができて、マシロは魔法を使って記憶を失うんだゾ」

 バカだ、とマシロは思った。

「魔女の森は一人の人間の悩みだけでできるものではないんだゾ。集団心理とかいうやつなんだゾ。そして、その一端にアズキがいるんだゾ」

「これは夢?悪夢?」

「アズキは何かを悩んでるんだゾ。だから、この森に入ってきちゃったんだゾ。お前の悩みがこの森の攻略に関係するかもしれないんだゾ」

 アズキは考えるのを止めた。

「ところで、マシロはどこ?」

 二人が見渡す限り、マシロの姿はどこにもなかった。


 アズキという少女には「何も」なかった。

 誰かより優れていることなんてなくって、どちらかというと劣り気味で。なりたいものなんてなくって、きっと、何者でもない誰かとして過ごしていく。

 それが普通なんだと思っていた。

 進路も周りがみんな進学するから自分も進学しようと思っていた。大学は、自分のレベルに合ったところ。学部も広めに狙っておく。それでいいのだ、とそう思っていた。

 でも、気持ちが、進まない。

 もしかして、自分は迷っている?本当にこれでいいのか、と。

 下校中、ずっと悩んでいた。

 そうしたら、いつの間にか昭和な風貌の男が倒れていて、周りは全く見覚えのない───どころか、どう見ても現実だとは思えない景色が広がってて───

「いたゾ」

 アズキは我に返る。

 マシロらしき人物が祭壇に捧げられていた。全身は白い布で覆われていて、上半身は異常に膨れ上がっている。それはさながらてるてる坊主のよう。なんなら、きちんと表情まで描かれている。

「待ってましたよ」

 ハチミツ入りのビンが言った。

「私はこの森のラスボス。私を倒せばこの森は消え、あなたがたは元の世界へ帰れるでしょう。そして、私の弱点はこの蓋の突起。これを押されると即死します」

「それって言っちゃっていいの?ウソくさい?」

「でも、本当にアイツがラスボスみたいだゾ。マシロ!早く抜け出すんだゾ」

 マシロは激しく暴れるが、てるてる坊主は外れそうもない。

「まずはマシロを自由にしないといけないゾ。アズキ、頼んだゾ」

 マシロは巨大な祭壇の上にいる。階段は1つ。階段の途中にハチミツ入りのビンがいる。

(答えを出さなくちゃ)

 アズキは思った。

(この夢が終わる前に自分の夢を思い出さなくちゃ)

 ぐるぐる駆け巡る脳内。駆ける足。

(ともかく、ハチミツ入りのビンを超えて、マシロを助けて、そしたら自分は、きっと、特別な「何か」になれる───)

 ハチミツ入りのビンへとたどり着く直前。

 祭壇の底が割れて、巨大なアギトが出てきて、ハチミツ入りのビンはそのアギトに食われてしまった。祭壇を割った衝撃でマシロはてるてる坊主から解放される。

「ドクロ龍」

 アギトを見たマシロが言った。ドクロ龍は祭壇から這い出て、森の背景を喰い千切り、虚空へ消えていく。

「森が食われる前にドクロ龍を倒さないと、悩み自体が存在しなかったことになるんだゾ」

「それって何が悪いの」

 アズキは純粋に思った。楽になれるじゃない───

「でもきっと、悩んだこと、悩んだその時間はいつかその人にとって大事な宝物になると思うのでござりまする。なかったことになんかしちゃいけない」

 マシロになら、アズキの悩みに答えが出せるかもしれない。そんな気がして。

「私は何になったらいいって言うの?どうしてこんなに悩まなくちゃいけない?いっそ誰かが進路を決めてくれたら楽なのに」

「最後はアズキが決めるのでござりまする。誰かの言葉に従うか、自分で未来を決めるのかさえも。アズキにはアズキの思うがままに生きてほしいと、拙僧はそう思うのでござりまする」

 魔人がアズキの肩からマシロの肩に跳び移る。

「瞬間移動、消却、修復。それぞれ1回ずつでお願いするのでござりまする」

「・・・了解だゾ。マシロ。オラのことだけは忘れないで欲しいんだゾ」

「大丈夫。きっと」

 魔女の男と魔人は少女の前から姿を消した。


 少女がいたのは地下鉄乗り場。

 どうやら電車待ちの時間に一瞬だけ、意識を失っていたようだ。

 少女の目の前には倒れた男。

 白黒の指名手配写真のような昭和眼鏡の男。

 男は目を覚まして少女に尋ねる。

「初めましてなのでござりまする。あなたの名前は何なのでござりまするか」

 少女は言った。

「私、夢を思い出した。その夢を追いかけたくてたまらなかったの、本当は」

 男はきょとんとしている。

「私の夢は魔王になること」

 少女にはもう、魔女の男の腹の上の小人の姿は見えなくなっていた。


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