千紫万紅のリプレイス Action 1-9
「…よし。『私の正体』と『クモツメの説明』が終わったところで、本題に戻りましょうか。」
「あー、例のマッチング商法ですね。」
「店内でその発言は少し危なくないかしら?」
「既に手遅れだと思って油断してました。すいません。」
異世界や知らない概念の話をしていたせいで、自分の発言感覚がマヒしてしまう。うっかり店内で真千さんの名前を出さないように、細心の注意を払わなければならない。
「私が彼と恋人同士でありながら、燐さんと彼を合わせたい理由、何となく察しましたか?」
「コトハ様のクモ、もしくはその副作用せい…ですね。」
どこかで芽生えたその感情は、コトハ様のクモツメを使用した副作用ではないだろうか…。
副作用から抜け出した寧勇さんは『自分が真千さんに恋をしていない』ことに気づいたのだろう。
「ええ、その通り。私はこの世界に飛ばされたとき、たまたま近くにいた彼によって助けられました。だけどコトハ様のクモツメを通さなければ、私はこの世界の方とコミュニケーションをとることが出来なかった。自分自身では何の知識も持ち得ていなかった私は、完全にコトハ様のクモツメに依存した形で彼と言葉を交わしていたの。」
-(例えるならアレかなー…。初見の名古屋駅で乗り換えに困惑してスマホに頼る…みたいな。)-
「私はクモツメに覆われたような状態で彼と多くの時間を過ごし、そして恋人同士なった。でも時間が経ち、少しずつだけどクモツメを通さずともこの世界のことを自分の頭で理解し始めた時に気づいたの…『コトハ様のクモツメによって魅せられていただけだ』って。恐らくコトハ様の経験から、クモツメは彼と恋人になることを推奨していたんだと思う。」
-(乗り換えをマスターした後に、スマホの提示する情報を見て『なんでこんなルート推すの?』ってときあるよね。)-
「私はこの世界を自分の考えで生きていきたいと思ってる。その為には少しずつでもコトハ様のクモツメに頼ることを止めなければならない。自分の為、そして彼の為にも、私はクモツメの皮から抜け出さないといけない。」
-(スマホなしでも大丈夫!ってイキってたら梅田駅で迷うことになるよ?大丈夫かな。)-
「彼にはとても感謝してる。人としては勿論好きですし、尊敬も信頼もしている。だから私は、どうにかして彼が傷つかないように今の恋人としての関係を終わらせたい。けれど、どれだけ考えても相手を傷つけない別れ言葉が思いつかず…、罪悪感を抱きながらもこの関係を続けてしまったの。」
確かに…、『嫌いじゃないけど別れて欲しい』という状況は色々と難しいものがあると思う。言う側にとっては都合が良すぎるし、言われる側は簡単に納得出来ないし相手に対して不信感が生まれるかもしれない。
「それで思いついたのが『彼に私以外の人を好きになってもらおう。』という計画。一見ふざけてるように思うかもしれないけど、これは私の本気の考えよ。クモツメを被った偽りの私ではなく、素直な気持ちで愛してくれる人と結ばれて欲しいと思ったの。」
-(…その考えは流石に恩着せがましい。)-
事情を把握するためにほぼ黙って聞いていたが、これはダメだと思って、私は珍しく『マジレス』をした。
「寧勇さん。そうは言っても、結局は寧勇さんの都合ですよ。『彼に傷ついて欲しくない』と言えば聞こえは良いですけど、その言葉の前には必ず『私のせいで』があるはずなんです。冷たい言い方になって申し訳ないですけど、『彼』じゃなくて『自分』がその傷を…悪を…背負いたくないだけじゃないですか?」
寧勇さんは私の『マジレス』に少し驚いた様子を見せ、そして黙ってしまった。私は間違ったことは言ってないと思うが、寧勇さんの事情を把握している分、もう少し言葉を考えるべきだったかもしれない。
フォローを入れるべく寧勇さんに声をかけようとしたとき、前方からため息に似た深呼吸が聞こえてきた。
「…参ったわ。…言い返す言葉が出てこない。」
寧勇さんはそう言って笑って見せるが、今まで見た笑顔の中で一番無理のある表情だった。
「すみません、流石に言い過ぎました。寧勇さんには選択肢がなかったって…、話を聞いた私が一番分かっているはずなのに…、ごめんなさい。」
「いいえ、燐さんの言う通りよ。きっと私は『彼が傷つく』というよりは『彼の傷として残る私』が嫌だったのかもしれないわ。自分が【加害者】になりたくないからって、彼に好きな人を作らせて、そうして別れ話になれば私は【加害者】でなく【被害者】になる。…なんて自分本位な考えなのかしら。」
すっと笑顔を通していた寧勇さんから完全に表情が消えていた。
「ごめんなさい。燐さんに言われて目が覚めました。自分が被害者側になろうだなんて甘い考えは捨てます。ちゃんと考えて、そしてズルい手段やクモツメにも頼らず、彼に正直な気持ちを伝えます。」
随分としおらしくなってしまった寧勇さんを見て少し罪悪感を感じながらも、自分の言葉をちゃんと聞き入れてくれたことは嬉しかった。
だから私も、正体を明かしてくれた寧勇さんには誠心誠意答えなければならない。
「そうですか…。で、私をどうやって彼に合わせてくれるんですか?」
「え?あの…、私の決意は聞いてくれてた?」
「はい、聞いてましたよ。でもそれはそれ、これはこれです。私はm…彼に会うことを条件に寧勇さんから正体を明かしてもらったんで、こっちはこっちでけじめはつけないと。それに寧勇さん『恋の気持ちを確かめて欲しい』、『これは本当だから』って言ってたじゃないですか。」
「…。」
私なりのけじめをつける為、寧勇さんにさっきの言葉を打ち返してみた。それを聞いた寧勇さんは言葉を失ってしまい、私は少し焦った。
「え!嘘だったんですか?」
「違う違う!嘘じゃないわ。その…、少し驚いてしまって。燐さんって随分といなせな性格をしているのね。」
「私から言わせれば寧勇さんも十分いなせな人ですよ。その口調のせいで雲隠れしてますけど、言ってることは割と男前ですよ。」
「ふふっ…そうかもしれないわ。何と言っても元軍人だから、私も誠意見せなきゃね。」