千紫万紅のリプレイス Action 1-6
「大丈夫?暑さにやられちゃった?顔色も良くなさそうですし、テラスはやめて店内の席にかえましょうか?」
「いや、確かに暑いけどそうじゃないというか…。それに店内でこんな話をしてたらまずいでしょ。」
「さっきまではあたなの沽券にかかわることだったからテラス席にしてたけど、もうその話は解決したようなものだから大丈夫じゃない?」
「それよりもっとやばそうな話を始めようとしてませんでしたっけ?」
『王族』『軍の隊長』『異世界』…。こんな言葉が並ぶと私の『尾行』が霞んで見える。
「自分で言うのも何だけど、この話を誰かに聞かれたところで漫画やゲームの話だと思われるのがオチよ。店内で真千の名前を出すのは良くないから、注意するのはそれくらいでいいと思うわ。」
「ではそうさせてください。色々処理できず、少し前から頭がオーバーヒート状態なんで…。」
私が手持ちのハンカチで額の汗を拭っている間に、寧勇さんが店員に声をかけて席の移動をお願いしてくれた。その際、追加でベリー系のカキ氷を注文しておいたので、店内に移動したらそれを食べて頭を冷やすことにしよう。
その後すぐに店員さんが新しい席に案内してくれた。テラスから店内に移動し、私は現代文明のすばらしさに過去一番の感謝をした。
-(ありがとう全ての家電メーカー、ありがとう現代日本)-
頼んでいたカキ氷もすぐに届き、色んな要因でオーバーヒートしていた私の頭からは徐々に熱が消えていった。
「燐さんの為だと思ってテラスにしていたけど、無理させちゃったみたいでごめんなさい。」
「いいえ、元はと言えば完全に私のせいですし、お気遣いは素直に感謝してます。」
「そう?なら良かった。」
テラスにいた時はノースリーブから細い腕が見えていたが、店内に入った寧勇さんは冷房対策なのか首にはスカーフ、肩にカーディガンを羽織った上にホットコーヒーまで注文していた。
思い返してみればテラスにいたときもほとんど汗をかかず、ずっと涼しい表情をしていた。
そんな人が本当に戦場にいたというのだろうか。
「それで、寧勇さんのさっきの話…、私はどう受け取ればいいんでしょうか?」
「燐さんは正直、私のこと【頭がおかしい人】だってまだ思ってる?」
「…そうですね。【頭がおかしい】とまでは言いませんが【妄想癖がやばい】って感じですかね。」
「字面だけみるとそっちの方が痛々しい気がするのだけれど…。」
「寧勇さんだって自分で『漫画やゲームの話と思われるのがオチ』って言ってたじゃないですか。」
「一応この世界の仕組みや一般常識、歴史なんかもそれなりには理解しているから、自分の言ってることが『普通じゃない』ってことも十分承知よ。それでも、彼が私に囚われなくて済むようになる為には燐さんの協力が必要だから、信頼を得る為に私の身の上を話すことに決めたの。」
確かに…、寧勇さんは時々ぶっとんだ発言をするものの、『気遣い』『マナー』『見た目』などは普通、もしくはそれ以上のスペックを備えている。だからこそ私は困惑している。真千さんの為だといって私と真千さんをくっつけようとする行為は、おそらくこの世界じゃなくても異常なことではないだろうか。
それと寧勇さんが言った『囚われる』という言葉、これには『呪い』に近いニュアンスを感じる。恋人同士の表現にしては、何か違和感がある。
つまり寧勇さんは普通ではない恋人関係を結んでいて、それ故に普通に別れることが出来ない…、そういうことだろうか?
「分かりました、寧勇さんの話を聞かせてください。でも先に一つ言っておきたいことがあります。」
「なに?」
「私が寧勇さんの話を聞くのは『私が彼とお近づきになりたいから』ではありません。寧勇さんが何故こんな私を利用してまで恋人に新しい恋人を作らせようとするのか…、何故普通に『別れる』という選択がないのか…、それが知りたいからです。もし私がその事情を理解できれば、私が新たな恋人にならずとも解決できるという選択肢を見つけ出せるかもしれないでしょ?」
きっと(自称:異世界人の)寧勇さんには、今の事情を相談できる相手がいなかったんだと思う。だから自分の思いつく手段をとるしかなかった。その結果、交渉になってない交渉や、簡単に言うつもりのなかった自分の過去を話すことになってしまった…。
寧勇さんに今必要なのは『恋人の恋人候補』ではなく、相談できる『話し相手』だ。
「燐さんは優しい人ね。自分の欲よりも私の事情を気にするなんて。」
「これは私の欲ですよ。忘れたんですか?私、あなたのことが気になっていたから尾行して、結果ここに至ってるんですよ。」
「ふふふっ…そうだったわ。でも燐さんに『恋の気持ちを確かめて欲しい』っていうのは本当だから、それも忘れないでね。」
「それは…善処します。」