千紫万紅のリプレイス Action 1-5
「ごめんなさい。自分の閃きに興奮しちゃって、燐さんを置いてきぼりにしちゃった。」
「はあー…。何か色々話がぶっ飛んでましたけど、今は寧勇さんが何者かって話をしてたはずなんですが…。」
「そうだったわね。それも確かに話さなきゃなんだけど、どうしたものかしら…。」
寧勇さんは『自分の閃き』を先行したいのか、すんなりと正体を明かそうとしない。
「よくわかりませんけど、寧勇さんは私に何か提案したい、もしくは交渉したいということでしょうか?」
「そんなところよ。」
「だったらまずは私にとってメリットのあることから話してもらえませんか?本来こんなこと言える立場ではないですけど、話す順番としてはその方がスムーズにいくかと思います。デメリットから聞いても前向きに捉えられないです。」
「確かにそうね。でも燐さんにとってデメリットになることはほとんどないと思うわ。」
「…だといいんですけど。」
私と寧勇さんのテンションは時間と共に反比例している気がする。
「燐さんには【望月壬】と自然な形で再会してもらい、高校生の時と変わらない『同じ世界の人間関係』になってもらいたいの。」
「それは…、寧勇さんが間に入って仲を取り持つってことですか?」
「んー、少し違うかな。私は直接二人の中を取り持つことはできない。できるのは『きっかけ』を作ることになるけど、それはうまくいくと思う。理由は後ほど。」
私を交渉に持ち込むつもりならば、寧勇さんのその言い回しはよろしくないと思う。
「正直巷によくある『芸能人に合わせてあげるから俺と友達になった方がいいよ』って感じの胡散臭さがあります。」
「…。ホントね。自分で言ってて気づかなかったわ。まぁそれは置いといて。」
「置くんだ…。」
-(マイペースが過ぎる…。)-
「それで私が燐さんに望むことは、彼と会って自分の気持ちを確かめてほしいの。」
「気持ちですか?」
「真千のことを好きって気持ちがファンとしてなのか、恋愛としてなのか。さっきは別の世界だからって言ってたけど、同じ世界にいれば恋愛はできるんでしょ?」
寧勇さんは私の発言から揚げ足をとり、ご満悦そうに微笑んでいる。
対する私の表情…、自分で確認出来ないものの、さぞかし面白いことになっていただろう。
「ちょっと待ってください!急にそんなこと言われても、どうしていいか分かりませんよ。」
「まぁーそんなに慌てないで。まずは会うだけでいいの。考える、動くのはそれから。私としてはさっさとくっつけちゃいたいけど、本人の気持ちを無視してまでくっつけようとは思わないから。」
滑稽なことを言っているのは寧勇さんのはずなのに、本人はこの落着きっぷりだ。これでは動揺を繰り返す私の方が滑稽に見えてしまう。寧勇さんの思考が全く読めず、対処が間に合わない。
「あーうん…えぇー?なんでぇ…寧勇さんがそんな提案をするのか分かりません。さっきあなたをつけまわしていた女ですよ?」
「自分のことをそんな不審者みたいに言わないの。この提案は【燐さん】と【真千】と【私】の為よ。燐さんは自分のことを粗末に言うけど、私からして見ればとても魅力的な女性よ。あなたなら真千に相応しいと本気で思っているわ。」
「寧勇さんはもうちょっと見る目を鍛えた方がいいと思います。」
「辛辣ね。でも私の見る目は二の次でいいの。結局はあなたの気持ち次第なんだから。」
『私の気持ち次第』で、私と真千さんが結ばれる。それを寧勇さんは望んでいるようだが、その理由がさっぱり分からない。いくら私をその気にさせたくても、寧勇さんの理由をしれない限り、『はい、やります』とはならないだろう。
「私と…、百歩譲って真千さんは良しとしても、寧勇さんにメリットがあるとは思えません。」
「そうね。私のメリットを理解する為には、先に私が何者かを知らないといけない。でもこれは他人にペラペラと喋っていいことではない。つまり…」
言いながら寧勇さんが、人差し指で自らの口を隠すようなアクションをする。
『秘密』『内緒』『黙る』…。そんなことを連想させるその動きで何となく察する。
「信頼…。つまり、寧勇さんからのリクエストを受けたら教えてくれるってことですね。」
「そういうこと。」
「とりあえず会いさえすればいいんですね?」
「そうね。」
「…。」
私としては『理由がわからないとOKは出せないと』思っていたが、寧勇さん的には『OKを貰わないと理由は言えない』ということになる。これではお互い平行線のままだ。
「難しい?」
「まぁいきなりの展開についていけてないし、理解もできないですけど…。」
「別に今返事しなくても構わないから。じっくり考えてから返事を聞かせて。」
「分かりました。いや、正確にはわかってないんですけど。でも寧勇さんの提案を聞いてわかったことは、私の予想は外れてたってことですね。」
「予想?」
「寧勇さんが真千さんの恋人だって思ってたことです。私と真千さんをくっつけようとするってことは、そうじゃなかったってことでしょ?」
「いいえ、当たってるわ。」
「は?」
脊髄反射で素の『は?』が出てしまった。
「私は真千と恋人同士よ。」
「いやいやいやいや…。ちょっ?色々ツッコミどころが多すぎて何が何やら…。正体は明かすし、恋人だし、やばい女(私)と彼氏をくっつけようとするし!」
「恋人は正体じゃないでしょ。恋人っていうのはあくまでも『関係性』よ。正体や何者かは言ってないわ。」
「私が求めていた正体はそっちですよ。関係性の方!」
「でも私と真千の関係性を知った以上、何故こんな提案をするのか正体が知りたいでしょ?」
「正直、現時点では【ちょっと頭おかしい人】が最有力候補です。」
もう丁寧に言葉を選んで返すのも面倒になってきた…。無礼を働いた手前、雑に扱うことも出来なかったが、もう無理だ。
「それはとても不名誉だわ。このままだと燐さんから相手にされなくなってしまうわね。先に正体明かしちゃいましょう。」
「いいんですかぁー。他人にペラペラ喋っちゃって…。」
「あまりよくはないけど、交渉の為には仕方ないわ。」
「寧勇さん、あまり交渉には向いてないですね。」
会話に疲れた私は、深く考えずに思ったことをそのまま口にしていた。失礼かもしれないが、寧勇さんと会話に常識は通用しないし必要ないと思った。
「そうかもね。こう見えても脳筋で事は力まかせに済ませるタイプ。なんせ一年前まで王族を守る為に毎日訓練してたんだもの。」
常識どころか普通ですら要らなかった…。
「…。今、なんて?」
「驚いた?私、一年前まで軍隊長をしてたの。」
「流石に嘘ですよね?」
「大真面目よ。」
「そんな細腕の二十歳の女性が?」
「飛ばされた時の影響というか…、筋力や戦術はこちらでは必要ないものとみなされて供物として捧げちゃったみたい。飛ばすのもタダじゃないってことね。」
「…。飛ばすとは?」
「世界を移動するとき『飛ばす』って言わない?」
「…。もう…タイム。無理。勘弁してください。」
私は堪らずテーブルに突っ伏してしまった。