千紫万紅のリプレイス Action 1-4
「…と、出会いの話はこんな感じです。」
「え!?」
「…。え?」
「だって、まだその後の話があるんでしょ?」
「ありますけど…、今ここで高校時代の話を1から10までしてたら話が進みませんよ?」
「まぁー…、それもそうね。」
話を言いくるめてみたものの、寧勇さんはあからさまにがっかりしている。
「つまり、真千がネットを活動拠点にして、今の知名度を得られたのは燐さんのおかげってことね。」
「それは、流石に違うかと思います。真千さんがネットを中心に音楽活動し始めたのは高校を卒業してからのことなので、私はそこに立ち会っていません。」
「そうなの?」
私が協力したのは一般的な高校生である望月壬であり、人気アーティストの真千ではない。私のおかげ…なんて自惚れた考えは持っていない。
「はい。全部後から知りました。だから私は一般リスナーと同列で、得られる情報も同じです。」
「…でも、あなたは普通に得られる情報だけでは満足出来なかった。…でしょ?」
寧勇さんの眼光が私を貫く。
-(私の行動を考えればそのくらいはお見通しってことか…。)-
「…はい。初めは腕試しのつもりだったんです。自分の持っているパソコン技術やネットワークを駆使すれば、『どこまで情報が拾えるかな』って。」
「例えば?」
「一番ベタなのはSNSにアップした写真から場所を特定する…とかですね。これは大してパソコンに詳しくなくても出来てしまいます。だからアップする側が注意を払うのは当然と言えるでしょう。でも注意を払ったものでも必ず穴はあります。そこの穴を突いて情報を探すっていうのが私の腕試しだったんです。」
「つまり真千に出会うこととかが目的じゃなくて、あくまでも自分を試していたってことね。」
「初めはそうでした。全く知らない人の情報を得たところで私が得るものはないし楽しくもない。ならば私の興味のある人物でやってみようっていうことで真千さんのSNSを見ていました。」
「そして、それがどんどんエスカレートしてしまった…と。」
「…『知る』ことが楽しかったんです。それで知れば知る程沼にハマっていって…。結局それが習慣みたいになってしまいました。」
自分で話していても分かる…。私はとんでもなく気持ち悪い。
「得られた情報から『ハッキング』とか『出待ち』とかはやってないの?」
「真千さんの迷惑になる行為をやろうとは思いません。私は真千さんを困らせるつもりはないです。私は真千さんから発信されるものを『知る』だけ満足なので、それを悪用して優位になろうとか、出会いを求めようは思っていません。」
悪用はしない。迷惑はかけない。そう思っていたし、決めていたはずだ。
『これは自己満足だ』、『私は行為は迷惑行為ではない』、それを寧勇さんに伝える。
「じゃあ今日の本題。燐さんは何故私の後をつけるようなことをしたの?」
私の自己満足理論は勢いむなしく崩れ落ちた。
-(プライベート情報の入手・人間関係の把握・挙句に尾行…めでたく役満である。)-
「どこかで見た情報から、私が真千の関係者だって分かっていたから尾行してたんでしょ?」
「…はい、その通りでございます。大変申し訳ございませんでした。」
私はテーブルに頭をつけるように、深々と頭を下げて謝罪の意を示した。
「謝罪はいいの。私、怒ってるように見える?」
頭をあげて寧勇さんの表情を窺うが、その表情が笑顔というのは逆にどうなのだろうか。
「いえ、怒ってるようには見えませんけど…、その笑顔が逆に怖いです。」
「それは困りました。私は燐さんに興味があるだけで、怒るつもりも怖がらせるつもりもないのよ。」
彼女は不思議すぎる。全く怒る気配がないし、むしろ私との会話を楽しんでいるように見える。
「…寧勇さんって何者なんですか?」
「何者か…ですか。」
「この際全部言いますけど、私が寧勇さんをつけてしまった理由は『分からなかったから』です。ネットにある情報を駆使して分かるのは、真千さんの関係者という存在だけで、あとはわかりませんでした。名前も年齢もさっき知りました。今日たまたま真千さんの妹と一緒にいる寧勇さんを見かけて、妹さんと別れた後の寧勇さんを思わず追いかけてしまいました。」
それを聞いた寧勇さんはおしとやかに笑っていた。
「ふふっ…ネットでだめだったから物理で解決しようとしたのね。」
「その通りです。そして見つかりました。以上です。」
「アハハハハッ…。」
私の潔いカミングアウトが面白かったのか、寧勇さんは隠すことなく笑い始めた。
「ちなみに燐さんは私のこと何者だと思う?」
「普通に考えれば真千さんの恋人か…、それに近しい人だと思います。」
「そっかぁ。じゃあ仮にそうだとしたら、私の存在って燐さんからしたら邪魔よね?」
-(え?何がだろう…。)-
「いいえ、別に。」
それを聞いた寧勇さんはきょとんとしてしまった。
-(鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってこういうのかな…)-
「あれ?私の思っていた反応と違う。てっきり【恋敵】として見られてるのかと思ったのに。」
「あーそういうことですか。確かに私は真千さんのことが好きですけど、本気で『結ばれる』とか『結ばれたい』とかは思ってないです。むしろ真千さんが本気で大切にしたい人がいるのであれば、それは応援したいし、結婚式には参列したいぐらいです。」
私は根っからのヲタク気質なので、ネット事情やアニメや漫画、ゲームや同人誌なんかも一通りは通った。その中でも『カップリング』の文化は一番自分の性分に合っていた。自分の『好きなもの』と『好きなもの』が『好き同士』という世界は、私にとって世界平和そのものだった。【推し】と【推し】の組み合わせ…、これを祝わずして何がヲタクだ。
-(【真千】×【寧勇】 イケメン×美女…。控えめに言って最高だと思う。)-
「でもさっきの話を聞く感じだと、高校の時は恋してたんじゃない?」
「高校時代と今は違いますから。高校時代はよくある【先輩】と【後輩】の関係で、今は【アーティスト】と【リスナー】…、住んでる世界が違います。」
「住んでる世界が違うと、恋はできないの?」
「絶対に結ばれない恋なんて、しんどいだけじゃないですか。」
自分の【推し】の言動に一喜一憂し、恋人が出来たらガチ凹みする…そんな【ガチ恋勢】をSNSで見かける度に思う。
-『本気で自分と結ばれるなんて思ってんの?』-
そんな妄想の中で生き続ける【現実が見えてない人たち】を正直『哀れ』だと思ってる。いつか自分と結ばれる日を夢見て、近場の恋人を作らず、同担拒否をする。その行動は明らかに『得るもの』よりも『無くすもの』のほうが多いじゃないか…と。妄想に費やした時間もお金も戻ってこない…、すごくバカバカしい。
つまり『【カップリング勢】と【ガチ恋勢力】は相容れない』というのが私の持論だ。
「なぁーんだぁ!そういうことかぁ!」
水を得た魚のように急にテンションが跳ね上がった寧勇さんに、思わず体がビクっとした。
「え!…何?」
「燐さんが言ってるのは、分かりやすく言えば『漫画のキャラクターとは結婚できない』ってことよね?」
「まぁー、そうですね。」
「つまり、燐さんが漫画のキャラクターになれば結婚できるってことになるのかしら?」
「…はい?」
「同じ世界で触れ合える距離ならば、恋は成立するってことでしょ?」
「んー?」
「よし、決めた。私があなたに『恋』をさせてあげる。」
「すいません、さっきから何を言ってるんでしょうか?」
「その前にちゃんと確認はしとかないとねー。」
「あの…、話についていけないんですけど…。」
「大丈夫、大丈夫。私に任せて。」
「ちゃんとした説明を求めます!!!」