千紫万紅のリプレイス Action 1-3(Four years ago.)
「籠崎、ちょっと頼みがある。」
放課後のPC室、コンピュータ部(通称コン部)の活動中…、指導席に座っている顧問の廣瀬先生から呼び出しをされた。
席を立つのが面倒だと感じた私はキーボードを叩く。
【私から廣瀬のPCへ】:⦅何の用でしょうか?⦆
「籠崎ぃー。チャットじゃなくてちゃんとこっちに来なさい。あと、そんな機能は生徒に教えてないから使うなー。」
【私から廣瀬のPCへ】:⦅今部活動が忙しくて手が離せません⦆
「お前の画面、こっちで見えてるからな。何をしているかバラされたくなかったらこっちに来なさい。」
【私から先生のPCへ】:⦅深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ⦆
【廣瀬から私のPCへ】:⦅やかましい!⦆
他の先生にコレをしていたら問題になっていたかもしれないけど、この廣瀬先生だけは私の遊び心に乗ってくれるので、面白半分でよくこんなことをしていた。
基本的に他人と目を合わせて話すことが苦手なので、チャットがコミュニケーションツールの標準装備として実用される日を、私は本気で待っている。
渋々席を立った私はちゃんと廣瀬先生の所まで行き、伏し目がちになりながらも自分の言葉を使って質問した。
「何の御用でしょうか?」
「生徒会がパソコンやネットに詳しい人貸して欲しいっていt…。」
「嫌です。」
「『嫌』が早いなぁ!先生まだ言い終わってないから。」
-(私の勘が『面倒事』だと言ってる。)-
「普通は部長か先生が行くところでしょ?何一年の女子生徒に行かせようとしてるんですか。」
「そんなのお前が一番パソコンに詳しいからに決まってるだろ…。先生勝てないよ。」
「いや…、あなた【先生】ですよね?」
「ネット依存のパソコン中毒者には勝てないって…」
「私、教師からディスられてます?そんなの絶対行きませんよ。大体その生徒会の頼みってやつ、先生が出来ないって言うんなら、それはもう無理ってことで良くないですか?」
「…協力してくれたら、この間欲しがってたあのソフトをここのPCにダウンロードしてやろう。」
-(この顧問、さては最初からこうするつもりだったな…。)-
「…。」
「どうする?」
「はぁー、分かりました。行きますよ。」
「はい助かるー。」
「で、どうすればいいんですか?」
「生徒会室に会長がいるはずだから『廣瀬先生に言われてきました』って言ってみ。」
「了解しました。では行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
私は陰キャ文化部の【コミュ症代表】みたいな生徒だ。友達もあまりいなくて、学校での楽しみは家の物より良いスペックのPCを触れることだけだと言って過言ではない。
そんな私が『生徒会』に関わることなんてないと思っていたのだが…、持て余したPCテクで先生を煽ったせいでこんなことになってしまった。
生徒会室の前に着き、ドアを3回ノックして返答を待つ。
「はい、どうぞ。」
男子生徒の声が返ってきた。
-(男子生徒の先輩か…、嫌だなぁ。)-
私の気持ちのが反映されたかのような目の前の重たいドアを開ける。
「失礼します。廣瀬先生にいわれてコン部から派遣されました籠崎と言います。」
「あれ…、部長じゃないんだ?」
室内にいたのは生徒会長の【望月壬】一人だけだった。コミュ症の自分としてはせめてもう一人くらい女子生徒にいて欲しかったが、その願いは叶わなかった。
「部長がご指名でしたら急ぎ喜んで呼びに戻りますけど。」
「いや、先生には『パソコンに詳しい人』ってお願いしてたから、問題ないよ。」
「…そうですか。(残念)」
「じゃあ早速だけど聞いていいかな?」
「はい、何でしょうか?」
会長は部屋の角にあるパソコンへと向かいながら、私を手招きする。
「今、学校のホームページを更新してて、新たに動画や音声を載せたいんだけどやり方分かる?」
覗き込んだパソコン画面には、学校のホームページの管理者ページが表示されている。作業画面を見ている感じだと既に動画や音声データはパソコンに取り込んだ後だと窺える。
-(それならば…。)-
「はい、やり方は分かります。支障がないのであれば私が作業完了させますので、管理者ページにログインだけしてもらえれば大丈夫です。」
いちいち手順を教えるよりも、私が作業した方が早そうだったのでそのように提案した。その方が会長的にも手間が省けるだろうし、私としても仕事を終わらせて早くこの場を去ることが出来る。
「いや、今後のことも考えて俺が手順を覚えておきたい。悪いけど、やりながら手順を教えて貰ってもいいかな?更新の度に呼ばれていては籠崎さんも迷惑だろう?」
「(まじかぁー…)分かりました。では後ろから指示させてもらいます。」
会長の言っていることは間違っていない。会長自身がやり方を覚えてくれれば今後呼ばれることもないだろうし、会長の好きなタイミングで更新することが出来る。間違ってはいないのだが…、その判断が私にとってはきつい。私は昔から人に教えることが苦手で、出来れば避けて通りたかった。
苦手意識をもちながらも、私は会長に動画や音声の載せ方を順番に教えていった。教えてる途中、会長が隣に椅子を用意しようとしていたので、それは全力で止めさせてもらった。目を見て話せない自分にとって横並びは痛すぎる。
後ろから言葉で指示するだけで会長は手順を理解してくれたので、作業は順調に進んだ。…が、その途中、パソコンの設定がおかしいことに気づいたので、一旦会長に作業の手を止めてもらった。
「すいません。ここの設定が面倒なことになってるんで、一度席を変わって貰っていいですか?」
「いいけど…、それは俺は覚えなくて大丈夫?」
譲ってもらった席に座り、会長に説明をしながら設定をいじっていく。
「大丈夫です。使いやすいように設定を固定させておくので、次からは簡単にできます。」
さっきまでと違い、自分にとって心地よいと思えるタイピング音が部屋に響く。
「籠崎さんって1年だよね。誰に教わったらそんなにパソコン詳しくなれるの?」
「教わってません、全部独学です。今は調べれば何でも分かりますから。あとは熱量次第ですね。」
「凄…。廣瀬先生嫉妬してるんじゃない?」
「たまに『教えろ』って言われますけど…私『教わる』のも『教える』のも苦手ななんでうまいこと逃げげてます。」
-(…!しまったぁ…、いらないこと言ってしまった。)-
「じゃーあ、今回はうまいこと逃げられなかったんだ?」
-(まずい…。)-
「その…すみません。言葉の綾です。別にいやいや来たわけではないので…。」
「大丈夫、気にしてないから。籠崎さん『教えるの苦手』って言ったけど凄く分かりやすいし助かる。」
「そう言ってもらえると…私も助かりますし…良かったです。」
口を滑らせてしまった恐怖に続き、聞きなれない誉め言葉のコンボで、作業中は会長の顔色を窺うことすら出来なかった。設定も既に終わっていたので席を立ちたかったが、目が合うのが怖くて、動きがぎこちなくなってしまった。
その時、会長が私の顔を覗き込んで言った。
「大丈夫。今回で完璧に俺がこのやり方覚えるから、心配しなくていいよ。」
きっと私のおどおどした様子をみた会長が、私を安心させるために言ったのだろう。『恐怖』からの『恥ずかしさ』からの『安堵』…。そして慣れない至近距離で目が合ってしまったことが決め手となり、私の心臓はとんでもない速さで脈を打つことになってしまった。