懇ろが生む送呈 Action 16ー2
-(これは…、ちょっとマズいか…。)-
連勤シフト最後の日、店に出勤した私はとある問題に直面してしまった。いつもであれば決まった時間に届くはずのカフェの食材が、一時間過ぎた現在も配達されてこなかったのだった。週末は客足が伸びるので自ずと金曜日の仕入れ量が多くなってしまうのだが、それが届かないという現状は不安でしかなかった。
-(雨の影響なのかな…。何処かで物流が止まってるのかも…。)-
生憎…今日のシフトに店長は不在で、今この場を管理しているのはバイト歴の一番長い私ということになっていた。私は店長にメッセージを送り現状報告を行ったのだが、返って来た返事は中々に残酷なものだった。
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業者に確認したら雨の影響で荷物の流れが少しばかり滞っているらしい。
明日の朝には店に荷物を届けられるらしいんだが…、
私が明日の朝までに店に到着出来そうにない。
実家の様子を見に帰ったら、浸水被害に会ってしまった。
申し訳ないが、誰か明日の朝八時に店に出勤して荷物を受け取ってもらえないだろうか?
それが不可能なら、明日出勤予定の従業員全員に臨時休業の連絡を回して欲しい。
(以下、うんたらかんたら…)
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-(店長…、『誰か』って書いてあるけど、店の解錠が出来るの【あなた】か【私】しかいないんですけど…?)-
基本的に店の開け閉めは店長が行っているのだが、不測の事態を想定して店長は私に店舗の鍵を委ねてくれていた。そのお蔭…というか影響で、私は度々店長が不在の店舗を閉店まで任されてしまうのだが、今回はもろにその影響が出てしまった。本来であれば昼シフトにもう一人…、鍵を委ねられた従業員が居たのだが、その人が先月店を辞めてしまった為、現状店舗の開け閉めは私の店長しか出来なかった。
-(詰んだ…。私の考え次第で、明日の経営事情が決まってしまう…。)-
当然ながら、明日休みの申請を出している私に出勤の義務は無かった。でもだからと言って店舗の鍵を誰かに託す訳にもいかないし、簡単に臨時休業を決断する訳にもいかなかった。
-(あの業者…、忙しいのか決められた時間にしか配送してくれないんだよね…。朝に受け取れないのなら夜の配送になるし、かと言って臨時休業にしたらお客さんにも従業員にも影響が出るしなぁ…。)-
私は明日のスケジュールに関わる全ての時間を確認しながら、一頻り頭を悩ませた。『私が予定通り休みを取る場合』と『私が食材の受け取りをする場合』で、どれだけの人数に影響が出るかを考えたとき…、被害が少ないのは圧倒的後者だった。そこをパスした上でどうにかフェスへ参加出来ないかと考えたのだが…、その答えは意外と簡単なのもだった。
スマホを取り出した私は、バイト中ではあったがプライベートの電話を掛けることにした。
「もしもし…。ごめん、急で悪いんだけど、明日のフェス…、私一緒に行けそうにないわ。」
「はぁっ?本気で言ってる!?」
「本気だよ。だから二人だけで先に会場へ向かって貰っていいかな?」
電話の向こうで、楼羅は柄にもなく怒声(貧弱版)に似た声を発していた。
「いやいや…、流石に事情を説明してくれないと、何とも返事は出来ないよ。」
「うーん…。物流と店長が止まったせいで、私が明日店を開けないと臨時休業のピンチ。」
「その解像度の荒い状況説明じゃよく分からん…。」
「まぁまぁ…、要は明日の朝に私が店に出ないと開店出来ないってことだよ。」
「はぁ…。でも燐は元々休みの予定を入れてたんでしょ?それでも燐が出ないといけないの?」
「うん…、店長以外には私しか鍵持ってないからね。でも鍵さえ開ければあとは私は用済みだから、その後新幹線で会場には向かおうと思う。だから一緒には行けそうにない。」
「あ、『一緒に行けない』ってそういうことか。」
「ごめん、紛らわしかった?」
「紛らわしいわぁ…。てっきり『もう行かない』って言ってるのかと思ったわぁ…。」
「いや…、行けなくなるくらいなら臨時休業を取る可能性もあったよ。従業員のスケジュールに影響が出るとは言っても、何でも安請け合いすることが『良い』ってもんじゃなしね。」
「それでも朝イチは出てあげるんでしょ?」
「手を伸ばせば届く範囲だからね。これくらいはやっても良いかなって。」
「…分かったよ。そういうことなら俺と氷華だけで先に行くことにする。一瞬俺達も燐の新幹線に付き合った方がいいのかなとも思ったけど、帰りのことを考えると車で行った方が賢明…なんでしょ?」
「そういうこと。流石楼羅、分かってくれてるね。」
「どういたしまして。」
私はフェスの出演スケジュールを確認した上で、明日の朝一はバイト先に顔を出すことに決めた。元々マチヤクバの参加表明が無ければ参加するつもりのないイベントだったので、出演者には申し訳ないが午前中はバイトへと時間を捧げさせてもらうことにした。
「じゃあ氷華には俺から伝えとくから、燐はちゃんと寧勇に伝えておきなよ?いくらマチヤクバの出演時間に間に合うからと言っても、何も言わないでいることが心配を産まないこととは限らないから。」
「…そうだね、ちゃんと伝えるよ。」
そう言って電話を切った直後、私はふと朝送ったメッセージのことを思い出した。
-(そう言えば、さっき店長に業務連絡するとき、寧勇から返事が来てたような…。)-
非常事態に対応していた為、プライベートメッセージをスルーしてしまっていた私は、ここでようやく寧勇からの返信に気がついた。昼の時点でも返事が返ってこなかったことから『よっぽど疲れている』か『よっぽど忙しい』という状況を想像していたのだが、真相はその中間とも言えるような理由だった。
⦅返事が遅くなってごめんなさい。打ち合わせがあったのに…私が寝過ごしてしまったせいで、少しバタバタしてた。⦆
-(やっぱり…か。)-
メッセージの頭につけられたその説明だけで、今の寧勇の現状が容易に想像出来た。慣れない状況に奮闘する寧に私は同情しつつ…、あとに続く文章を読み進めた。
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価値観の押し付けは良くないと分かっていても、
私は燐に受け取って欲しいと思うものを渡さずにはいられない性分のようです。
『心配』も『髪飾り』も…どうしても燐に受け取ってもらいたく、
私は壬にそれらを託しました。
つまり私が昨日したことは、燐の都合や意見が取り入れられていないただの我儘なので、
その足は堂々と私に向けて寝ちゃって下さい(`・ω・´)b
あと…、燐の言う通り
私の我儘に付き合わせてしまった壬を労わねば…という気持ちも当然あるのですが
今はまだ合流出来ていないので、それは後程決行するということを約束します。
恋人という関係を解消したあとも、出来るだけ友好な関係ではありたいと思っているので
誠意や感謝は忘れず伝えておく所存です。
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-(相変わらず…寧勇は文章でのコミュニケーションになると真面目さが際立つなぁ…。結局『誕生日』というワードは出てきてないけど…、真面目故に浮かれワードを消してるって訳ではなさそうだよね…。)-
言葉の選び方からして、寧勇が望月さんの誕生日を知らないという可能性は十分に高いのではないかと思えてきた。『お祝い』ではなく『感謝』や『謝罪』の気持ちが先行してしまっているのが、正に証拠とも言えるだろう。
-(あのとき私の体調が良くなかったから、仕方なく教えてくれたんだろうってことにしておかないと…、流石に調子に乗ってしまいそうだ。そんなの絶対良くないわ…。)-
朝と違い…、時間が経って冷静になった私は調子に乗った考えをしなくなっていた。
誕生日を知れたのは本当にたまたまだった…、そう思うことで私はフェスへの未練も断とうとしていた。