懇ろが生む送呈 Action 16ー1
十月七日早朝…、日課としているSNS徘徊をしたところで、当然ながら真千さんの誕生日を祝うコメントは一つも見当たらなかった。
-(ネット界隈では本当にバレてないんだ…。私みたいに二つの顔知っている人物がうっかり本当の誕生日を言ってる可能性もあるかと思ったけど、そんなことは無かったってことか…。)-
メディア向けには顔出ししていないものの、ライブやイベントでは顔の一部が露出しまっているので、真千さんの【素の部分】はいつ拡散されてもおかしくはない状況ではあった。だけど自分の知る限り、真千さんの知り合いを名乗って情報漏洩する人もいなければ、承認欲求を拗らせて嘘をつく人もそんなにいないように思えた。
-(思えば寧勇ですら望月さんの誕生日について何も言わなかったもんなぁ…。…ん?と言うか、寧勇ってもしかして望月さんの本当の誕生日…教えて貰ってない…とか?)-
寧勇が《十月七日》という日付を何も気にする様子がなかったことから、私は寧勇もリスナー同様に偽りの誕生日を教えられているのではないかという推測をしてしまった。勿論、寧勇が秘密を徹底して守っているという可能性も十分にあるのだが、今までの策略やうっかり癖を鑑みると…前者の方が可能性としてはやや優勢になるのではないかと思えてきた。
その推測に至った瞬間の私は、自惚れるように顔を赤くしてしまった。
-(待て待て…、流石に今のは自分に都合よく解釈し過ぎだ。自分だけが本当の誕生日を教えて貰えただなんて考え…、自惚れにも程がある…。)-
そう思った私は真相を確かめるべく…、昨日のお礼も含めて寧勇にメッセージを送ることにした。
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昨日は心配してくれてありがとう。
お蔭で雨に濡れることなく、家に帰ることが出来ました。
その上、お礼として髪飾りまで貰ってしまい…、寧勇には足を向けて寝れませんっ。
本当にありがとう。
それと…
日付を鑑みれば、私ではなく望月さんにこそ施しは必要なはずなので
そちらで合流した暁には、是非望月さんのことも労ってあげてください。
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-(これらな違和感なく誕生日について言及できるはず…。『日付を鑑みれば』の部分を《誕生日》と読んだか…、それとも《フェス前日》と読んだかは、返信が来ればきっと分かる…。)-
そう思って返信を待っていたが、私が身支度をして学校へと向かうまでの間に寧勇からの既読が付くことはなかった。思えば寧勇はこの世界の『知識』があるものの『経験』は極めて少ないはずなので、活気の影には人知れずストレスを蓄えている可能性があった。ほぼ単独とも言える長距離移動は、寧勇を深い睡眠へと誘ってしまったのかもしれない。
-(言うてまだ早朝だもんな…。心配するには時期早々か。)-
私はスマホのメッセージの画面を閉じ、潔く学校へと向かうことにした。相変わらず雨は降り続いていて、異世界人ではない私であってもこの環境にはうんざりしかねなかったが、フェスをモチベーションの基盤にすることで、私はどうにかこの雨とバイトに浸かり続ける日々を突き進んでいられた。
「おはよぉー。ネーサの忘れ物は届けられた?」
学校のラウンジの到着すると、私よりも早く来ていた氷華がいつもの場所を確保してくれていた。氷華は少し眠た気な様子で私に手を振ると、そのまま頬杖をついて私の様子を眺めていた。
「おはよう。お蔭様で事なきを得たよ。昨日は玄関で待っててくれてありがとね。」
「いえいえ、あれくらいならお安い御用だよ。そもそもウチの藍原さんが隠してたみたいだから、出来ることは協力しないと。」
「ふふっ、何であんな物隠したんだろうね…。隠せばもう一度寧勇が来てくれるとでも思ったのかな?」
「あー、そういうことかぁー。藍原さん策士だな。」
何か香りの残っている衣服のような物であれば、藍原さんが強奪する理由も何となく分かりそうなものだったが、あんな重みのあるポーチを藍原さんが隠してしまう動機が…、私にはそれくらいしか思いつかなかった。『重たい』=『重要な物』と藍原さんが理解していたのであれば、その犯行は計画性だということが指摘される為、藍原さんには重い刑を科す必要が出てくるだろう…。
-(残念だよ藍原さん…、君がこんな犯罪を犯してしまうだなんて…。)-
「…ん、そういえば楼羅は?もう教室行っちゃった?」
「ううん。実は今日ここまで車で来たんだけど、私だけ先に車から降りて、楼羅はそのまま車をメンテナンス工場に持っててるんだよね。それでちょっと遅れてるんだ。」
席に座りながらその説明を聞いた私は、動揺から思わず声を張り上げてしまった。
「えっ、もしかして明日の移動の為に!?」
「それもあるかもだけど…、元々オイル交換とかタイヤのローテーションをしないといけない時期だったらしいから、遅かれ早かれって感じだったみたいだよ。別に楼羅のポケットマネーで点検を頼んでる訳じゃないから、変な心配はしなくても大丈夫だよ。」
動揺する私をなだめるように…、氷華は車のメンテナンスに関する説明を丁寧に教えてくれた。
「あ゛ー、正直ちょっと焦ったぁ…。まさかフェスの為に電車代以上のお金を使わせてしまうんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ…。あ、当日掛かったガソリン代は当然払わせてもらうからね。」
「別に気にしなくていいのに…。」
「そうそう、燐はいちいち気にし過ぎー。」
「…!」
楼羅の話をしていたその直後、振り向くと私の後ろにはいつの間にか本人が降臨していた。先に学校へ来ていた氷華と違い、楼羅の装いには雨に降られた痕跡が所々に残っていて、メンテナンス工場から一人歩いてきた様子が窺えた。
「楼羅お疲れー。どう…、授業が終わる頃には車のメンテ終わってそう?」
「終わりそうではあるけど…、一応順番待ちにはなってたから、バイトへはいつも通りの方法で行った方が無難かもしれないな…。」
「そっか…。じゃあそうする。」
氷華は自身のバッグからハンドタオルを取り出すと、当たり前のようにそれを楼羅へと差し出していた。会話をしながらも…、楼羅はそれを当たり前のように受け取り、自身の濡れた手足を拭きながらその会話を続けていた。
-(こういうのが『阿吽の呼吸』ってやつなのかな…。いいなー…。)-
「燐、おはよう。昨日は大丈夫だった?」
「うん、問題なし。忘れ物も自分の身もバッチリ送り届けてもらったよ。」
「そりゃ良かった。藍原さんがアレを隠し持ってたときは相当焦ったけど、燐が気転を利かせてくれたお蔭で、こちらとしても助かったよ。」
「ほんとそれ。」
私は実際現場を見ていないので、藍原さんがどうやってあのポーチを隠し持っていたのかは分からないままだった。だけど楼羅の口ぶり的に、たまたまポーチの上に覆い被さっていたという感じではなさそうだったので、私は見つけてくれた楼羅と…私の到着を待ってくれていた氷華に、ちゃんと労いの言葉を掛けてあげなければという考えに至っていた。
「二人には言ってなかったけど、あのポーチの中って寧勇がフェスで使う予定にしてたイヤモニが入ってたらしいから、あのタイミングで見つけてくれてなかったら、寧勇はフェス本番で折角作った特注のイヤモニ無しで歌う羽目に陥ってただろうね。」
「「マジかっ!?」」
「マジだよー。それを知ったから、私もなりふり構わず持てる人脈を使ったって感じだったし…、これは皆のファインプレーが成せた技だったんじゃないかな?」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせ…少しだけ口角を上げるようにして笑い合っていた。そして息の合うように私の方へ向き直ると、二人揃って同じ言葉を私に語り掛けた。
「「明日の本番、楽しみだね。」」
きっと二人には、私の明日へ賭けるの思いが伝わっていたのだろう。私は気持ちが筒抜けになっているのが少し恥ずかしくなり、顔を伏せるようにしてその笑う表情を隠した。