オスマンサスの花言葉 Action 15ー8
再出発をしてからほんの数分で、車は私が道案内のときに言っていた大通りへと差し掛かった。
「ここを左でいいんだよね?」
「はい、あとはずっと真っすぐ進んで下さい。目的地が近づいてきたら私が合図するので、そのときに左の車線に寄せてもらえれば大丈夫かと思います。」
そう言って私は車の運転を望月さんに委ねていたのだが、さっき会話が遮断されたせいか…、その後の会話が何も始まらないまま空の時間を過ごすことになってしまった。時間にするとほんの数十秒だったのかもしれないが、その時間がどうしようもなく重いものに感じてしまっていた。
「あのさ…。」
「…!?」
そんなことを思っていた矢先…、突如として望月さんが私に言葉を投げかけてきた。驚いた私は…思わず視線を望月さんへと向けてしまったのだが、時折街灯に照らされて見えるその横顔に、さっきまでの困り顔は残っているように見えなかった。
「こうやって寧勇に協力してくれているのに、俺が余計な振舞いをしたせいでしこりが残るのは嫌だから、やっぱりさっきのことについてはちゃんと話しておこうかと思う。」
「あの…、無理に話す必要は……。」
「さっきも言ったけど、中身自体は本当に大した話じゃないんだ。オチを聞けば俺が話すのを躊躇ったのにも納得出来ると思うし、これ以上考え込ませてしまうことも無いと思う。」
最後に付け加えられたその言葉で、望月さんが何に悩んでいたのかを察することが出来た。きっと望月さんは『遮ってしまった話』と『私の精神状態』を天秤に掛けてくれていたのだろう。話すことを躊躇っていたという事実から、決して『聞くことが正解』という訳ではないのだろうが、私は望月さんから向けられた優しさを素直に受け取ることにした。
「望月さんが嫌でないのなら…、聞かせてもらって良いですか?」
私がそう返事をすると、望月さんは車内に流れていたBGMの音量を下げ、雨音に負けないはっきりとした声で私に言葉を紡いでくれた。
「この前…、寧勇の看病をする為にウチに来てくれたことがあったでしょ。そのときに【真千】の名前の由来について話したことがあったと思うんだけど…、さっき話を止めたのはそれの続きみたいなものだよ。」
-(『それの続き』…?さっきしていた『お酒の話』と関係あるのかな?)-
「『名前の由来』って…、確か砌さんから影響を受けたって話でしたよね?」
「そう。実は砌さんから影響を受けたのはネーミングだけじゃないんだ。俺が事あるごとに金木犀のモチーフを利用してるのは籠崎さんなら知ってるよね?」
「はい…。前にアパレルブランドとコラボしたときのとか…、今度のフェスで売られるグッズとかも金木犀がモデルになってますよね?」
「そう。それ以外にも色々な所で金木犀を使ってたんだけど…、それって砌さんが『自身の誕生花を元に名前を決めた』っていうエピソードに感化されたからなんだよ。砌さん自身もよくグッツとかでマーガレットを使ってたから、俺も真似したくて自分の誕生花を把握しておこうと思ったんだ。それで自分の誕生花を調べてみたら、偶然にもそれが真千の原点とも言える…高校時代に根付いた花だったものだから、これはもう『特別にするしかないな』って思ったんだよ。」
『真千の原点』…、僭越ながら私はその言葉に【自分】が関わっていることを感受してしまった。
「誕生花……。つまり金木犀は望月さんの誕生花ってことなんですか?」
「……。それなんだけどさ…、籠崎さんは俺の誕生日を何月何日だって把握してる?」
「えっと…、十月十四日…ですよね?」
「…ごめん。それリスナー向けに公表したフェイクの誕生日なんだ。活動当初は身バレを防ぐことに必死だったから、本当の誕生日を言うのを躊躇ってしまっていたんだ。」
「あー、そういうことだったんですね。でも、別にそれは誰かを陥れる目的で使ったフェイクじゃないんですし…、罪悪感を感じる必要はないと思いますけど?」
「話を逸らした理由はそれだけじゃないんだ。俺が初めてあのお酒を飲んだとき…、つまりは二十歳の誕生日のことなんだけど…、そのとき俺も籠崎さんと同じように"金木犀の香り"を嗅いでいたんだ。その理由が、友達から誕生花に肖ったお茶をプレゼントされたってことに繋がるんだけど…、その話をしようとすると、さっきの説明をしないといけないでしょ?そうなると俺の本当の誕生日が知られる訳で…、ちょっとこのタイミングだと気を遣わせかねなかったから、話すのは止めようかと思ったんだ。」
それを聞いた瞬間、私の脳内には『まさか』の三文字が浮かび上がっていた。
「えーっと、金木犀を調べれば分かる事なので、もうここで聞いておきたいんですけど…、望月さんの本当の誕生日っていつなんですか?」
「…十月七日。ダミーにしている誕生日の一週間前だよ。」
分かっていたものの…、私は腕に着けていたスマートウォッチをそっと見つめて"今日の日付"を改めて確認した。
-(十月六日…。十月七日は紛うことなく明日の日付だ…。)-
望月さんの誕生日が明日だと知ってしまった私は、硬く目を閉じて今日の行動を後悔し始めていた。
-(う゛ぅっ、誕生日前日に…、私は推しに何てことをさせてしまっているんだぁー…。こんなことなら、私一人で勝手に忘れ物回収しておけば良かったぁ…。)-
「うーん…、やっぱりタイミングが悪かったな。籠崎さん…、今俺に車を運転させていることを絶対に後悔してるでしょ?」
「…!?」
暗い車内…、運転中の望月さんが私の表情に気づく訳ないと思っていたのだが、私が放つ負のオーラが強すぎたのか、望月さんは私の異変に気が付いてしまっていた。
「あ…、そのっ…。」
図星を突かれて焦った私は、弁明やら謝罪やらを同時に行おうとして言葉が渋滞し、上手くそれらを口から輩出することが出来なくなってしまっていた。そんな私を横目で見た望月さんは、私を落ち着かせようとしてくれたのか、わざとらしく鼻で笑う姿を見せ…神妙な空気を打ち払おうとしてくれた。
「ふっ…、籠崎さんのことだからそっちの考えに行き着くだろうなって思ったんだ。強欲な人であれば『推しの誕生日が知られてラッキー』みたいな捉え方が出来るんだろうけど、籠崎さんは自分の幸せよりも…人の不幸を放っておけない人だから、どうしても『俺が誕生日を前に不憫な目に合ってるじゃないか』って考えてしまうんでしょ?」
一見すれば『ネガティブな思考』と捉えられてしまいそうな私のこの思いを、望月さんは『人の不幸を放っておけない人』という…とても前向きな言葉で表してくれた。強欲になれない私は、いつまで経ってもネガティブな思考を捨てられないと思っていたのだが、よりにもよって自分の好きな人にそれを長所の如く捉えられてしまった。
-『今待ってくれているその人と正面から…、いや…、色んな角度から向き合ってみようと思う。』-
自分では思いつくことの出来なかったその捉え方を知った私は、さっき氷華の前で誓った自分自身の言葉を、ここぞとばかりに脳内でハウリングさせた。
-(望月さんは私自身とは違う角度で私のことを見てくれている…。だから…、私もちゃんと向き合わないと。)-
私は静かに目を瞑り、精神統一をするかのように真っすぐに姿勢を正した。深く深呼吸をし、全身の力を抜くと同時に目を開き、そのとき見えた雨粒混じりの景色を遠くに見つめながら、私は望月さんに思いを語り始めた。
「望月さんは…、私がそう考えてしまうことを考慮して、咄嗟に話を遮ってくれたんですね。」
「うん…。今こうやって誰かの厚意に甘えていることを、後悔してもらいたくなかったんだ…。」
「でも、私が思いの他『話の続き』を気にしてしまったせいで、結局望月さんに続きを言わせてしまったんですね…。」
「いや。元はと言えば全て俺のせいだよ。偽ってしまったことも、中途半端に口走ってしまったのも、全部俺がやったことだから…、『その辺の落とし前はちゃんとつけないと』と思ったんだ」
「落とし前…ですか。だったら私も落とし前をつけさせてもらっていいでしょうか?」
「えっ…、一体何の…?」
軽く困惑している望月さんを他所に、私は冷静な口調で今まで向き合っていなかった部分に触れ始めた。
「四年前…、私が望月さんの依頼から唯一逃げた件についてです。」