オスマンサスの花言葉 Action 15ー7
車の待機しているバス停まで戻って来た私は、さっきと同じように屋根の下に入ってから傘を畳み、車内が濡れてしまわないよう…可能な限り傘から雨水を払拭した。粗方水気が飛んだことを確認してから傘のフラップを締めて、そのまま助手席に乗り込もうと車のドアを開けたのだが…、そのとき見えた望月さんの表情は何故だか笑いを堪えているような様子だった。
「すみませんっ、おまたせしました。」
「あ、うん…、おかえり。」
「…?何か可笑しいことでもありました?」
「いやぁ、籠崎さんが一心不乱に傘を震わせているのが見えて、ちょっと面白くて…。『これでもかっ』っていうくらい手首のスナップを効かせてたから、凄いなと思って。」
「そんなところ見ないで下さいよ…。車の中を汚したら申し訳ないなと思って、私なりに必死だったんですから…。」
「ごめんね、一応安全確認のつもりだったんだよ。決して面白がるつもりで見ていた訳では無いから、そこは許してくれないかな?」
「まぁ、そういうことであれば…。あ、これが寧勇の忘れ物です。ショップバッグに入れてもらったので、雨で中身が濡れていることはないかと思います。」
そう言って私はポーチとバレッタの入ったその袋を望月さんに手渡した。中を覗き込み『確かに大丈夫そうだ』と望月さんは呟いたのだが、その直後に何故だかその忘れ物と私を交互に見比べるような眼の動きをさせていた。
「えっと…、何かおかしな点でもありました?」
「いや、何でもなよ。」
そう言ってショップバッグの口を閉じ、何事もなかったかのようにその袋をギア付近にあったポケットに収納してしまったが、その顔は明らかに何かを考えている様子だった。
-(あれ…、何か中身について食い違いでもあったのかな?)-
望月さんが『何でもない』と言っている以上、私からはこの件について深く追求することは出来なかった。もしかしたら望月さんと寧勇の間で何かしらの解釈違いはあったのかもしれないが…、それにしても私と見比べるという意味がよく分からなかった。
「じゃあ、あとは籠崎さんを家まで送るだけだね。このまま進んで大通りに抜けて左折…ってことでよかったよね?」
「はい、それで大丈夫です。」
今にも車が発進してしまいそうな空気を感じたので、私は慌ててシートベルトを締め始めた。沓抜家に到着するまでの間はシートを軽く倒して酔いを和らげようとしていたが、今回は少しでも長く望月さんと話をしておこうかと思い、姿勢はそのままにして…出来るだけ遠くを見つめるように心がけた。
「座席はそのままでいいの?」
「はい、今回はこのままで大丈夫です。一度車を降りたお蔭かそこまで気分は悪くありませんし、ほとんど直進だけなので視界のブレも気にならないと思います。」
「そう?まぁ無理はしないようにね。」
そう言って私の身を気遣うと、望月さんは点滅させていたハザードを消してゆっくりと車を発進させた。
「さっき伺った友達の家で、昨日は飲み会をしてたんでしょ?もしかして気分が悪くなったのって、寝不足やお酒も影響してたんじゃない?」
私の体調…、もしくは沓抜家のことが気になっているのか、望月さんは車を運転しながら私にそう問いかけて来た。まだ大通りには出ていなかったので、どうしても視点がヘッドライトの光に釣られてしまいそうだった私は、真っ暗な空をわざとらしく見つめながらその質問について考え始めた。
「どうでしょう…。元々寝る時間は遅い方なので『寝不足』って感じはしないんですけど…、ギリギリまでお酒を飲んでいたのは確かに影響しているかもしれませんね。」
「へぇー、籠崎さんってお酒強いんだ…。」
「昨日までは意識してなかったんですけど、どうやらそうみたいです。友達が寝てしまったあとも、私はお湯割りとかに手をつけてましたし…、寧勇程ではないかもしれませんけど、私もそれなりにイケる口らしいです。」
まだ自分の限界がわからなかったものの、『只者ではない』という先入観から、私は寧勇にお酒であっても勝てる気がしなかった。
「お湯割りを選ぶとは、中々渋いね。」
「『お湯割り』って響きだけだと、確かに渋く聞こえますね。でも私が飲んだのは果実酒のお湯割りなんで、どちらかと言えば爽やか系になるんじゃないかと思います。」
「『爽やか』ってことは柑橘系?」
「柚子のお酒ですね。昨日高校の前を通りかかったときに、久しぶりに金木犀の香りを嗅いで…、そうしたら無性に柑橘系のお酒を飲みたくなってしまったんです。丁度寧勇が柚子のお酒を持ってきてくれていたので、それを寝酒として飲ませてもらったんです。」
「もしかして…、それって二本組になったお酒じゃなかった?」
「そうです。梅酒と一緒に梱包されてたみたいですけど…。あ!あれって望月さんが寧勇に持たせてくれたんですか?」
「そう。みんな同じ二十歳だって聞いてたから、出来るだけ飲みやすいお酒を持たせた方が良いかと思ってあれを選んでおいたんだ。気に入ってもらえた?」
「はい。昨日飲んだ中で上位の入るお酒でした。」
「そう言って貰えて良かった。……。それにしても『金木犀』が理由で柚子酒を選ぶとはね…、中々の奇遇っぷりだ。」
「と、言いますと?」
「…あ、ごめん。今の無し。」
「え?」
順調に続いていた会話が、ここに来て急に切断されてしまった。あまりにも突然だった為、私は空を見つめていた視線を思わず望月さんに打ち当ててしまった。
「いや、言えない理由があるとか…そういう訳じゃないんだ。ただちょっと、自分からこの話を切り出すのは些かタイミングが悪いというか…、出来れば別の日に話したいなと思って…。」
-(タイミング?別の日?どういうことだろう…。)-
私は遠くの景色を見つめ直し、今日という日付について色々と思い浮かべてみた。
-(今日って木曜日だよね…。フェスまではあと二日…。金木犀に纏わるジンクスを言えないタイミング?うーん…、全く意味が分からない。)-
口元に手を添え…深く考え込んでしまった私は、そのままの状態でしばらく固まってしまっていた。自分では今の状態がどう見えているかなど全く考えていなかったのだが、横目で私の状態を見た望月さんは、その状況に困惑をし始めていた。
「え?あ、ごめん。もしかして気分が悪くしたかな?」
-(ん…?)-
急に謝罪を入れられてしまった私は、慌てて望月さんの方を向いて首を横に振った。
「いいえ?少しぼーっとはしてましたけど、気分は悪くないですよ。」
「本当に?さっきから辛そうな顔をして口元を抑えてるから、こう…色んな意味で気分を悪くさせたんじゃないかと思って…。」
-(色んな意味…。『車酔い』って意味と『不愉快にさせた』って意味か…。)-
「あー…、そういうことでしたか。本当に気分は何ともないですよ。正直に言うと、さっきの話が気になってしまってずっと考えてるっていうのはありますけど…、まぁ別の機会を待つしかないのかなーっとは思ってます。」
「……。やっぱり気になる?」
「ええ、まぁ…。あんな急に言葉を取り消されると、流石に『気にならない』とは言えませんね。」
既にしかめっ面を目撃されている私は、ここで謙遜することが正解とは思えず…、気になっているという事実を素直に望月さんへ伝えることにした。それを聞いた望月さんは、軽く唇を嚙むようしながら何か考えているようだったが、運転をするその眼差しが揺れることはなかった。