オスマンサスの花言葉 Action 15ー5
「俺の運転、酔いやすかったかな?」
「いいえ…、私の酔いの原因ってFPSが元凶なんで、望月さんの運転は何も問題ないです。」
-(あ…、変な説明をしてしまった…。)-
望月さんの運転に原因が無いことを早急に伝えなければ…と、無駄に焦ってしまった私は、咄嗟に『FPS』というゲーム用語を出してしまい、少し恥ずかしくなってしまった。
「FPSって…、一人称視点のゲームのことだよね。それが元凶ってどういうこと?」
「何と言いますか…【他人】の視点を共有することが苦手なんです。『予測した動き』と『実際の動き』が一致しないと体に変に力が入ってしまって…、その視界を違和感としか感じられないんです。」
「そういうことか。だったら目を瞑ってゆっくりしてれば大丈夫ってことかな?荷物も後ろに移動させていいから、楽にしてて良いよ。」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます。」
私のへたるような様子を見て、望月さんは『車酔い』を心配してくれていたのだと思うが、私がへたっていた原因はそれだけではなかった。
-(まずいな…。さっきの会話であの日のことを望月さんに思い出させてしまったかもしれない…。)-
私が高校一年生を終えようとしていたとき、大学への推薦入学が決まっていた望月さんはある程度の自由を持て余していた。なので望月さんは、本来来る必要のない三学期の修了式にまで高校を訪れるようなことをしていたのだが、それが災いして私は望月さんのことを避けるようなことをしてしまった。
-(車がそんなに好きじゃなかったのなら、あの日…運転手を買って出たのは『前向きじゃなかった』ってことだよね…。それなのに私は……。)-
私は自分がしてしまったことを思い出し…、後悔の念にかられて表情も言葉も上手く作れなくなってしまった。さっきまで隠そうとしていた車酔いを、逆に隠れ蓑として使うことによって今の状態をやり過ごそうとしたのは私の悪知恵と言ってもいいだろう。私は望月さんに言われた通り座席の角度を調整し、手持ちの荷物も後部座席に移動させて少し休ませてもらうことにした。そうやって自分があまり良い状態ではないことをアピールすることで、出来るだけ沈黙が許される状態へ持ち込もうとしたのだが、心の片隅ある罪悪感が…そんな私の卑怯な行動をチクチクと刺し続けていた。
-(こんな姑息な行動…、これ以上やっていい訳がないのに…。)-
そんなことをして時間を潰している内に、車はあと数分で沓抜家に到着するであろう距離まで近づいていた。いくら友人の家であろうと、こんな夜中に呼鈴を押すのは気が引ける行為だと感じたので、私は事前に楼羅へ到着する旨の連絡を入れることにした。
-(スマホ画面を操作するのはしんどいから、ここは電話にしておこう。)-
「すみません。友達に『もうすぐ着く』って連絡したいので、電話しても構いませんか?」
「うん、全然構わないよ。そういうことならBGMは邪魔だろうし、一応切っておくよ。」
「ありがとうございます。」
望月さんはBGMの音量を下げるのではなく…完全にミュート状態にして雑音をシャットアウトしてくれた。私は座席を元の状態に戻し、出来るだけ画面を見続けないようにしながら楼羅に電話を掛けたのだが、その動作のせいで…私はちょっとした勘違いをする羽目になってしまった。
「(プッ)はいはーい?」
「……?あれ、私…電話掛ける先間違えたかな?」
楼羅に掛けたはずの電話から、何故か氷華の声で返事が聞こえて来て私は困惑した。ろくにスマホ画面を確認しないまま電話を掛けたのが災いしてしまったのかと思ったのだが、どうやらそういう訳ではなさそうだった。
「間違ってないよ。これ楼羅のスマホ。楼羅、今楼羅お風呂に入ってるから、その間にリンリンから連絡が来たら返事をするように頼まれてたんだぁ。」
「そういうことか…。」
「寧勇の忘れ物取りに来るんでしょ?もうすぐ来るってことなら、私が玄関半開きで待機しておくから、リンリンは何も気にせず玄関に来てくれれば大丈夫だよ。」
私が危惧していたことを、氷華は予想していたかのようにクリアリングし、スムーズな受け渡しが出来るように配慮をしてくれていた。それには私も頭が上がらず…つい安堵のため息を洩らしてしまったのだが、それと同時に…私はヒヨっていたという事実までをも氷華に洩らしてしまった。
「良かった…、助かる。『御両親がもう休んでるかも』って想像したら、呼鈴押せそうもなかったから…、連絡取れなかったら詰むところだった。」
「楼羅もそうなることを予感したから、わざわざ私にスマホを持たせてお風呂に行ったんだろうね。忘れ物ってポーチとバレッタでいいんだよね?」
「うん…、そのはず。」
「了解。じゃあ私は今から玄関で待ってるね。」
「はーい、ありがとう。」
そう言って電話を切ると、隣で私の会話を聞いていた望月さんが不思議そうに私に声を掛けて来た。
「今話していたのは、忘れ物の連絡があった友達とは違うの?」
「今のは連絡があった友達の妹ですね。本人がお風呂に入ってるみたいなので、代わりに対応してくれるらしいです。」
寧勇との間に食い違いがあってはいけないので、私は電話中…二人の名前を意識して言わないようにしていた。寧勇が望月さんに対し【友達】をどう説明しているかが分からない以上、私が下手に二人の名前を出す訳にはいかなかった。それが功を奏し、私はその友達が楼羅(男)であるということを望月さんに感づかれることなく…今の電話相手を説明することが出来たのだが、それが本当に功であるかないかは私の計れるところではなかった。
「それは良かった。この車は何処に停めればいいかな?」
「お店の駐車場は封鎖されてるはずなので…、お店を少し進んだ先にあるバス停の脇に停車してもらっていいですか?屋根付きのバス停なので、そこなら乗り降りも楽に出来るかと思います。」
私は説明をしながらも、手荷物と一緒に後部座席に移していた傘を手に取って、それを自分の足元へと移動させた。乗り物酔いしている状態とは言えど、ちんたらとした動きで望月さんから時間を奪う訳にはいかないと奮起した私は、出来るだけ機敏な行動を心がけるようにした。
「行動や思考に無駄がないね。俺のマネージャーしてついてもらいたいくらいだよ。」
今日の私の動きを見てなのか…、望月さんがふとそんな言葉を口にした。効率的な行動を心がけていたせいか、どうやら望月さんには私が【仕事が出来る人】という感じで見えてしまっているらしい。その評価は大変嬉しいものではあったのだが、私はその申出を謙遜ではなく…真っ当な理由を添えて断らなければいけなかった。
「残念ながら、その申し出は受け取れませんね。私には他にやるべきことがあるので、マネージャーは今居るであろう優秀な人を引き続き信用してあげてください。」
「やるべきこと?」
「この前、音響機器に触れさせてもらったときも感じたんですが、やっぱり私は音楽に直接関わっていたいと思ったんです。最終的にどういう形で関わるのかはまだ決めていませんが、今の私に足りないのは『技術』や『知識』ではなく『経験』なので、とにかく今はそれを補っていくように動き出しているんです。」
望月さんの誘いを本気にしている訳ではなかったが、私は今思い描いている将来図を伝える為に、そのような言葉で望月さんの誘いを断った。音楽に関われるのであれば、望月さんの仕事を手伝うことも十分それに該当するのだが、私には歩幅を同じくして進む仲間が必要だと感じていた。
「そっか。そういうことなら俺は籠崎さんの進む道を応援するよ。なんせ…、俺にきっかけをくれた人だからね。今度は俺が籠崎さんを導ける側に立てればいいなと思っているよ。」
運転しながらの会話だったので当然顔を合わせていなかったものの…、私は顔に出てしまいそうな『喜び』と『罪悪感』を、望月さんから見えないようにして…沓抜家に到着するまでの時間を過ごしていた。