オスマンサスの花言葉 Action 15ー4
昨日の楼羅による送迎は安直に近くのコンビニを合流場所にしたが、今日はそういう訳にはいかなかった。ホールライブで客席を埋めれるだけの知名度を持つ望月(真千)さんを、適当な場所に待たせてしまうのは気が落ち着かないし、ましてやこの悪天候…、何処か雨の当たらない場所を指定しなければ、私が乗車する際に車内を濡らしてしまう恐れがあった。結果…私は近くにあったスーパーマーケットの地下駐車場を合流場所に指定し、バイトが終わると同時に速やかにそちらへと移動することとなった。
-(えっと…、確か黒のクーペって書いてあったはず…。)-
事前に教えて貰っていた情報から、私は望月さんの乗っているであろう車を探して見て回った。遅い時間ということもあり利用客の少なく、私は直ぐに車を見つけることが出来たのだが、車体を見て…クーペという車種に与えられた定義をまじまじと実感していた。
-(後部座席はあるけど…、クーペなんだから当然2ドアだよね。)-
私が車に近づいて行くと運転席の窓が下がり、そこから望月さん何の抵抗もなく顔を覗かせた。日本車ということで私もどうにか名前は知っている車だったが、望月さんの顔面とそのいかつい(?)車体のせいで、高級外車ばりのオーラを放っているように見えてしまった。
「うっ…、すみません。フェス前で忙しいはずなのに、わざわざこんな所まで足を運ばせてしまって…。」
オーラに当てられた私は、無意識に謙遜の言葉を述べてしまっていた。
「いや、籠崎さんが気にすることではないよ。元々は単独で寧勇の忘れ物を回収に行くつもりだったって聞いたよ。寧勇も言ってたけど、流石にこの大雨の中で何度も移動させるのは危ないから、こうやって俺が居合わせられたことは不幸中の幸いだったと思う。」
「ありがとうございます。本当に助かりました。」
「いえいえ。まぁそこに立ってないで、とりあえず車に乗りなよ。それともこのお店で何か買って帰る?」
「いいえ、買い物は間に合ってるので大丈夫です。…では、お邪魔します。」
私は助手席側に回りドアを開けると、一度ふくらはぎの間に荷物を挟むようにして座り…、シートベルトを締めてからその荷物を抱きかかえるようにして姿勢を整えた。その間に望月さんは車のエンジンをかけて空調を調整し、その操作していた手をそのままナビの画面へと向かわせていた。
「寧勇から『忘れ物した場所』は聞いてますか?」
「聞いてる。【くつぬき】っていう洋食店だって教えて貰ったから、ここで待ってる間にナビで検索しておいた。ここからだと、丁度高校へ向かう感じの道のりだよね?」
「そうですね。少しだけ道は外れますけど、方角的にはそれで合ってると思います。」
「籠崎さんの家は…、そこからどう行けばいい?」
「くつぬきを過ぎて大通りに出たら、そこを左折してひたすら真っすぐです。そのうち左手にリサイクルショップの看板が見えてくるはずなので、そのお店に車を停車してもらえれば助かります。…って言っても分かりづらいと思うので、またそのとき説明しますね。」
「家はそのお店の直ぐ近くってこと?」
「はい、その裏手を少し歩くだけで着きます。」
「分かった。じゃあとりあえずくつぬきに向けて出発するよ。」
「お願いします。」
私が返事をすると、望月さんはギアを切り替えて軽やかに車を発進させた。車の見た目からして、いかついエンジン音が鳴り響くのかと思っていたのだが、そんなことは一切なかった。ゲームやアニメなどでそういったカスタマイズ車ばかりを見ていた私は、拍子抜けとまでは言わないものの…少し違和感を感じてしまっていた。
「それにしても、随分遅い時間までバイトしてるんだね。いつもこの時間なの?」
人通りの少なくなった暗い道に差し掛かかったとき、その不安漂う光景のせいか…望月さんが訝しむようにそんなことを問いかけて来た。
「いいえ。週末に休みを貰う分、平日のシフトに時間を足してもらっただけです。なのでこの時間まで働くことはそんなにないですね。」
「そっか…。そういうことなら少しは安心出来るな。いつもこの時間に帰ってることを考えたら、ちょっと怖ろしかったから…。」
心配されているということに少し浮かれてしまいそうだったが、私は簡素な態度を強く保った。
-(これはデフォルトの会話に過ぎないっ。意識するな自分!)-
「…心配してくれてありがとうございます。一応私なりに防犯対策はしてるつもりなので安心して下さい。」
「そうは言うけど…、今日だって本当は一人で出歩くつもりだったんでしょ?」
痛いところを突かれた私は、早速簡素な態度が崩壊しつつあった。
「それは、まぁ…、特殊パターンと言いますか…。どうしても寧勇に最高の状態でフェスには出て欲しかったので…。」
「何はともあれ、一人で突っ走ってなくて良かった。寧勇のパフォーマンスを案じてくれるのは嬉しいけど、籠崎さんに何かあったらって考えたら寧勇も俺も気が気じゃないし…。……。道具は替えが効くかもしれないけど、人の命は替えが効かないんだから、あまり無茶はしないように。」
「……そうですね。自分自身のことなんて別に無頓着でも良いかと思ってたんですけど、あんな風に心配されると罪悪感が沸くと言いますか…、私も誰かにとって人生の一部になってしまったのかな…って、少し考えさせられました。」
「……そっか。」
自分に何か影響力がある訳でもなければ、誰かの糧になっている訳でも無い。そんな自分が何をしようと何も変わらないと思っていたけど、今はその考えも出来なくなっていた。その思いを伝えると、望月さんは単純な返事だけを返してくれたが、その声色は心なしか笑っているようにも思えた。
車を走らせている間、私達は度々簡単な会話をしていたものの、特に盛り上がる話はなかった。話に熱中することなく、お互い外の風景を見つめていたのだが、車に乗っているときの正面の景色が苦手な私は、無意識に手首の下を握りしめるようにして【酔いそうになっている自分】をどうにか誤魔化そうとしていた。
-(いつもはこのくらいの距離では酔わないんだけどなぁ…。やっぱり緊張してる…ってことなのかな…。)-
手間を取らせまいと私は素直に助手席に乗車したのだが、ここで酔ったことがバレると、その気遣いも台無しになってしまう。そう思った私は必死に平気な振りを装っていたのだが、ふと横目で私の様子を見た望月さんによって…その装いはあっさりと剝がされてしまった。
「もしかして籠崎さんって乗り物酔いしやすかったりする?座席の角度とか自由に動かしてもらってかまわないから、楽にしてていいよ。」
「!?」
-(あれ…?何処でバレたんだろう…。)-
「えっと、どうしてそう思ったんですか?」
「いや…、さっきから手首の下辺りをずっと抑えてるでしょ?もしかして俺と一緒なのかなと思って。」
手首の下を抑える私の習性は、昔『"酔い"に効くツボがある』と教えて貰ってから始まったことだった。暗くて良くは見えなかったが、私は軽くうっ血しているであろう自分の手首を見つめて、一つの予想を口にした。
「望月さん…、乗り物弱いんですか?」
「自分で運転するようになってからは流石に酔わないけど、子供の頃はずっと籠崎さんと同じように手首のツボを押さえて我慢してたよ。両親が車好きだったから、色んな場所に連れまわされてたんだけど…、俺はあんまり乗り物好きじゃなくて、大人になってもそれは変わらなかったんだ。この車も、親が乗らなくなった車を貰っただけであって、何のこだわりもないただの中古を運転してるに過ぎないんだよ。」
-(成程、そういうことか…。でもそれだと何であの時期にわざわざ…?)-
割と高級な車種として分類されるであろうこの車から『執着心』を感じられなかったのは、そういう理由なのだろう。望月さんにとって車はただの『便利な乗り物』であって、個性や趣味を凝らす対象にはならなかった…というのが事の真相らしい。それで私が抱いていた一つの疑問は解決出来たものの、それを聞いた私には新たな疑問が浮かんでしまっていた。
「でも、高校在学中に車の免許は取ってましたよね?」
「俺は大学の入試試験も無かったし…特にやることもなかったから、まぁ『何となく取った』って感じだよ。……。とりわけ意味はないんだ。」
その答えを聞いた瞬間…、私は自分がした質問を僅かに後悔し始めていた。