表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

149/162

オスマンサスの花言葉 Action 15ー1

 早く家を出た甲斐もあって、いつも通りの時間に学校に辿り着いた私達は、これまたいつものようにラウンジに集い、だらだらと時間を潰すように雑談をしていた。楼羅はクラスメイトとやることがあるらしく、一足先にこの場を後にしてしまったが、私と氷華は窓から見える雨粒を見ながら天気の心配ばかりしてしまっていた。


「雨…、段々酷くなってるね。」

「そうだね。ネーサは今日一日移動が多いみたいだったけど、大丈夫かなぁ?」

「流石にタクシー使って移動するはずだから、今日は大丈夫だろうけど…、問題は明後日だよね。」

「うーん…。小薬さんとしての『岐路』なんだろうな…って感じたから、フェスが中止にでもなったらネーサのメンタルが心配になるかな。やり場のない気持ちって言うのかな?不完全燃焼で終わると、今後の小薬さんの活動に影響しかねないもん。」


 昨日今日と…、長い時間をかけて寧勇と今後の話をしていた氷華は、寧勇に対し抱いていた心配のベクトルが、今までよりも太く長いものに変わったように思えた。私一人だけで心配していたことも、氷華と共有出来ることで相談が可能になり、私としては心に締め付けられていた紐が一つ解けたような気分だった。


「…。寧勇は『自分がやれる』ってところを今の恋人にアピールすることで、『独り立ち』と『別れ』を成そうとしてたから、それが出来ないとなると一体どうなるのか…、私にも全然分からないんだよね…。アピールせずに別れるのか…、それとも次の機会を伺うのか…、全てはそのときの寧勇のみが知るって感じになるのかも。」

「マジかぁ…。何にしろ『モヤモヤは残る』ってことでしょ?そんなの嫌だなぁ…。」

「だね。今は予定通り開催されるのを祈ることしか出来ないけど、もし本格的に中止が視野に入ってきたら、そのときは何か力になれそうなことを探してみるのもアリかもしれないね。」

「そうだね。」


 今の時点では何も出来ることが無い…、出来ても精々『祈る』ことぐらい…。それを身に染みて感じていた私は、外の雨を見ながら…今朝生じた"別れ際の一幕"を思い出していた。


~~~~~~~~~~


 家を出る準備を終え、一足先に外へと出ていた私と寧勇は、傘を差した状態で氷華と楼羅が家から出てくるのを待っていた。ここから駅までは寧勇も一緒に向かうということだったが、二人きりになれるのはここが最後だと思い、ノイジーな雨音が響く中…私は寧勇の肩を叩いてこちらを向かせた。


「フェス前に会えるのは今日が最後でしょ?私には見守ることしか出来ないけど、それじゃ何となく物足りなくて…。」

「…?」


 私はおもむろに寧勇の左手を取ると、その手に鮮やかな刺繍が施された守り袋を握らせた。


「…お守り?」

「うん、気休めにしかならないかもだけど…、一応。誰かにお守りを買ってあげたことなんてなかったから、どれを買えばいいのかもよく分からなかったんだけど、神社の人に相談したら『これが良いですよ』って教えてくれたんだ。」

「《成功成就》…。ふふっ、私にピッタリの効果ね。」


 寧勇はそのお守りを指に引っ掛けると、自らの目の前にそれを掲げて、嬉しそうにそれを見つめていた。


「私の為にわざわざ買いに行ってくれたの?」

「寧勇が私に靴をプレゼントしてくれたみたいに、私も何かセンス溢れるプレゼントが出来ればよかったんだけど…、中々難しくて。気持ちや願いを押し付けるは良くないのかなとも思ったんだけど、結局これしか思いつかなかったんだ。」


 センスの無さや小恥ずかしいから、私はそのお守りを中々寧勇に渡せずにいた。出来るだけ恥ずかしさを感じない為に、別れるギリギリのタイミングで渡そうと思い…このタイミングを選んだのだが、恥ずかしさ自体を消せるものでは無かった。センスの無さも相俟って、私の表情は段々と苦いものへと変わってしまったのだが、それを見た寧勇は賺さず私の顔を覗き込み、優しく微笑んでくれた。


「燐が私の成功を願ってくれてるってことなんでしょ?十分嬉しいわ。」

「本当に?」

「ええ。それよりも私の方がプレゼント失敗したんじゃないかって心配してるところよ。」

「えっ!?何で?」

「だって燐があの靴を履いているところ、私まだ一回も見てないもの。あのときは泣いて喜んでくれていたけど、実は燐の趣味から大分かけ離れていたじゃないかしらって思ってしまって……。」


 寧勇のその不安そうに首を傾げる様子を見て、私は慌てて手を仰がせた。


「違う違うっ。あの靴を貰ったときから『絶対フェスの日に履いて行く』って決めてたの。だからそれまで楽しみは取っておこうと思って履いてないだけなんだよ。」

「…そうなの?」

「そうだよ。だってあんな貴重な靴を簡単に汚す訳にはいかないし、カラーリングも()()だから…出来れば二人が関わっているタイミングで履いて行きたいなと思って。」


 普段ライブに行かない私でも、そこに『参戦服』という概念があることは知っていた。推しのコスプレをしたり、ライブグッズを全身に纏ったりするなど様々なものがある中で、私にも唯一出来そうなものが推し色と同じものを身に着けるというものだった。


「あ、『推しの色を纏ってライブに参戦』っていうあれね。」

「そう、それ。靴底に凹凸は無いし高さも無いから、あれなら周りに迷惑をかけずに推し色を纏っていられるでしょ?」

「あら…?でも燐はそういう『マウント』や『アピール』系はしない主義じゃなかったかしら?」

「皆ステージに注目してるから、人の足元なんてそんなに見ないでしょ?だから私がコグマチ推しだってこともバレることはない。履くのはあくまでも私の自己満足で、あの靴を履いて推しに浸っていると思うことが大事なんだよ。」


 そう言うと、寧勇は少し呆れたように笑い…、そして何か思いついたかのように、その笑みを悪戯をするような表情に変えてしまった。


「相変わらず謙虚ね。その分だと壬の前でも履いている姿は見せないのかしら?」

「少なくとも…、寧勇が望月さんと恋人関係である内は披露するつもりはないよ。いくらプレゼントされたものだからといっても、それを恋人が居る人の前で嬉しそうに履くのは違う気がする。」


 私がそう答えると、寧勇は少しだけ驚きながらも目の色を変え、表情も真剣なものに変えてしまった。


「それは…、真千に『自分に気がある』と思われちゃうから?」

「…うん。初めて寧勇に会ったとき私から言ったでしょ。『それはそれ、これはこれ』だって。お互いの願望を満たすのに、お互いの私情を挟むのはナシにしないと。」

「そうね。『自分が誘惑したから寧勇が上手く別れられたんだー』…なんて、燐も思いたくないものね。」

「誘惑て…。」


 そんな()()()()()()をしていると、玄関の方から扉の開く音が聞こえて来た。雨音のお蔭でそこに居るであろう氷華と楼羅に私達の会話がに聞かれていたことはないと思うが、これ以上の会話は難しいと判断した私達は話を強制的に切り上げることにした。


「ともかく…、お守りありがとう。本番までがっちり握らせてもらうわね。」

「うん、ご利益があるように私もちゃんと祈っておくから、本番…頑張ってね。」

「ええ、きっと良いステージにして見せるわ。」


~~~~~~~~~~


 雨…、祈り…、贈り物…。そんな言葉が頭の中に浮かぶ中、私はささやかな後悔をし始めていた。


「こんなことなら《水難除守》のお守りも買っておけば良かったかなぁ。」

「ん、何か言った?」

「ううん、独り言…。」


 雨音にかき消された私の後悔は、無用なことであって欲しい…と、これ又祈ることしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ