流れゆく怯懦気のライラ Action 14ー12
-『そこに居たってことを想定せずに考察しちゃったなと思って…。』-
寧勇のその言い方に、私は違和感を覚えてしまった。
-(楼羅が居ても居なくても考察の結果は変わらないはずなのに、まるで『そこに居られたら都合が悪い』って考えてるみたいだ…。)-
同じ世界の概念に導かれ…寧勇は氷華が居たイベント会場に転移された…。その考察に、寧勇自身がいち早く納得していたはずなのに、そこに楼羅が絡んで来た途端、寧勇はまるでその考察が失敗だったかのように言い始めてしまった。クモツメという概念をニュアンスでしか理解できない私にとっては、氷華と楼羅に違いがあるとも思えず…、『どうして楼羅では不都合になってしまうのか?』という疑問を、寧勇に対し抱かざるを得なかった。
「あのさ…、どうしてそこにr…--」
「(ガチャッ…。)お待たせー。洗面所空いたから、リンリン次どうぞー。」
疑問を投げかけようとした瞬間、部屋のドアノブが氷華の帰りを告げた為、私は瞬時に言いかけていた言葉を飲み込んだ。
「あ、うん…、ありがとう。」
私はそう言って立ち上がり、言いかけていた言葉も無かったことにして部屋を出ようかと思っていたのだが、私を見つめる寧勇の顔は、明らかに今の言葉を気にしている表情だった。
-(んー…。同じような語呂感の言葉で誤魔化しとくか…。)-
「寧勇、どうしてもその写真が気になるのであれば、氷華のスケブに原本があるはずだから、それを見てみるのもアリかもよ?」
「スケブ?」
「うん…。氷華、この前見せてくれたスケブ、寧勇にも見せてあげてくれない?スケブというか、あの切り取られてた方なんだけど…。」
「殴り描きの方?」
「そうそう。ほら、寧勇音楽関係だし…、もしかしたらコスプレの元ネタ知ってるかもよ?」
そう言いながら私は部屋の外へと出て行き、氷華に後を託す形で寧勇との会話を強制終了させた。
-(流石に強引だったかな?でも、あの手の会話はこれ以上ここでは出来そうにないから、続きは次の機会ってことにしよう。)-
「……。」
-(…次ってフェスの後になるのかぁ。つまりそのときの望月さんと寧勇は…--。…いや、私が慮ることではないか…。)-
フェスを終えたあと…二人がどういう関係性になってしまうのだろうという考えは、隙あらば私の脳裏を横切っていた。考えた所で今の私に出来ることは何もない…、そう自分に言い聞かせていたものの、フェス当日が近づいてくる度に、私は無意識にそのことを考えてしまっていた。
私は洗面所で身支度を整えながら気持ちを切り替え、鏡に映る自分を見つめて気を引き締めた。
-(寧勇は寧勇…、私は私…。自分の行動は自分で見つけないと…。)-
身支度を整え終えた私は、直ぐに氷華の部屋に戻ろうと洗面所を後にした。しかし廊下に足を踏み出したときに、キッチンから聞こえてくる音に気づいた私は、つい足をそちらへと向かわせてしまった。
「…おはよう。楼羅は随分早起きだね。」
「おはよう。言うて皆も起きてるんでしょ?」
「まぁね。でも私が起きたときから良い匂いがしてたし、楼羅は結構前から起きてたんだろうなーっと思って。」
「そんなことないよ。前も言ったけど、家では手抜き料理しか作らないからね。ポタージュ、サラダ、オムレツ…、あとは昨日余らせてたフランスパンを温めれば良いかなと思ってるんだけど…。」
「えっと…、手抜きの意味知ってる?」
たった今テーブルの上に並べられた彩りの良いサラダと綺麗なオムレツを眺めながら、私は改めて楼羅のスパダリ具合に関心してしまった。
「俺が手を抜かない人間だとしたら、昼ご飯もちゃんと自分で作ってるはずだよ。…燐、今から部屋戻るんでしょ?悪いけどポタージュとパンは自分達が食べるタイミングで、温めるなりなんなりしてもらっていいかな?俺は今から藍原さんと軽く散歩してくるから、氷華にもそう言っといて。」
「えっ、雨降りの中行くの?」
物音響くキッチンであろうと、外の雨音はしっかり私達の耳に聞こえていた。楼羅はキッチンの火元を全て消したことを確認すると、手のひらで『パンッ』という音を鳴らして藍原さんを呼び寄せた。
「うん…、昨日の夜は外へ出してあげてないし、このあと雨が止む見込みもないからね。藍原さん、外でしか大きい方出さないから、こればかりは行っとかないと。」
「あら、それは大変。」
藍原さんは楼羅の手によってあっという間にレインコートを装着され、リードを付けられたと分かった途端に自ら玄関に向かってトコトコと歩いて行った。
「楼羅はレインコート着ないんだ…。」
「小型犬の散歩なんて主の方は傘で十分だよ。かつて小型犬の散歩で骨折したことがあるという猛者も居るらしいけど……。」
「オイこら…。」
「…ま、藍原さんのおトイレが済み次第、直ぐに帰って来るから大丈夫だよ。じゃあ後はよろしく。」
そう言って楼羅は藍原さんのリードを握ると、反対の手に傘を持って玄関から出て行ってしまった。そのときに見えた雨の勢いはボチボチと言ったところで、ずぶ濡れになるような心配はしなくてもよさそうだった。
-(それじゃ私は二人に報告して…、メイクが終わり次第皆で朝ご飯食べますか。)-
私は玄関で楼羅を見送った流れのまま氷華の部屋へと戻り、今しがたの出来事を二人に伝えることにした。
部屋に戻ると、さっき私がお願いした通り…氷華が『例のスケブ』と『切り取られたページ』を寧勇に見せてくれている最中だった。とは言え『切り取られたページ』は既に見終えてしまったらしく、寧勇は純粋にスケブに残されたイラストを楽しんでいる様子だった。
「ただいまー。キッチンに居た楼羅に声かけたら『あとは頼む』って言って朝ご飯の支度委ねられたよー。そして楼羅は藍原さんと外に出て行っちゃったよー。」
私はドアを開けて数秒の内に、一息で先程の状況を説明し終えた。楼羅の言伝は【私】という中継を通すことによって大分簡略化されてしまっていたが、それでも氷華は私の言葉を全て理解しているようだった。
「あ、そっか。藍原さん、昨日の夜は誰も外に連れ出してないんだった。」
「どういうこと?」
「藍原さん、家の中ではおトイレしないんだよ。だから例え雨が降っていようとも、定期的に外に出してあげないといけないんだ。」
「そうだったのね。今朝部屋のドアをカリカリしてたのは『散歩に連れて行け』っていう合図だったのかしら?」
藍原さんの習性を把握していない寧勇は悩まし気な表情を見せつつ、今朝の出来事を思い出すかのようにしてドアの方を見つめていた。
「もしかしてネーサはそれで起こされちゃったの?」
「いいえ、目覚めたあとのことよ。カリカリしてたのはほんの数秒だけで、直ぐにに足音は遠くなってしまったわ。」
-(マジか…、気づかなかった…。)-
「それはご飯の催促だと思うよ。楼羅がキッチンで調理を始めたものだから、『自分の分も用意しろ』って訴えてたんだろうね。」
「ん?何でわざわざこっちの部屋に来たんだろう…。楼羅に直接アプローチすればいいのに…。」
「藍原さん妙に聞き訳が良くて、調理台の下には絶対行かないんだよねぇ。行っても冷蔵庫の前までかな?」
「あら、お利巧。」
私が藍原さんのお行儀の良さを褒めると、氷華は少しだけだが嬉しそうに笑って見せた。
「きっと楼羅が藍原さんのカリカリ行動に気づいて、直ぐにエサを用意してくれたんだろうね。」
- (家族の習性は全部分かってる…ってことか。)-
藍原さんと楼羅…、二人のことを話している氷華の顔は、いつもより柔らかくなっているように見えた。