流れゆく怯懦気のライラ Action 14ー11
「(バウッ!)」
「う゛~ん…、藍原さん…、重いっす…。」
掛け布団に包まり雑魚寝をしていた私は、藍原さんの脇腹ダイブと強い雨音によって強制的に起こされてしまった。一度は無視しようとしたものの、藍原さんが通ったと思われるドアの隙間から、食欲を誘ういい香りが漂ってきたことで、私の目は完全に覚めてしまった。
-(思ってたよりも目覚めが軽いなぁ。食欲もあるし体調も悪くない。これなら遅刻の心配もなさそう…。)-
私は藍原さんを潰さぬように起き上がり、周りをざっと見渡した。氷華は私が就寝したときと同じ状態のままベッドで寝ていたが、クッションに寄りかかり寝ていたはずの寧勇の姿はそこから消えていた。荷物の状態を見て、寧勇が洗面所に向かったのであろうことは察することが出来たので、私は寧勇が戻り次第…洗面所を使わせてもらうと準備だけを済ませておくことにした。
-(藍原さん…、寧勇が部屋を出たタイミングでこの部屋に侵入してきたんだろうな…。もしくは寧勇も藍原さんに起こされたのか…。)-
準備している片手間で藍原さんとじゃれ合っていると、物音のせいか…ベッドで寝ていた氷華がもぞもぞと動き出し始めた。
-(あ、起きたかな?)-
…そう思った次の瞬間、氷華はハッとした表情のまま勢いよく布団をめくりあげ、体を起こすと同時に部屋の中を見渡していた。
「……!?」
「あ、氷華おはよう。」
「…え、もう朝?」
「イエス。丁度六時になったところだね。」
「マジかぁ…、私いつの間に寝てたんだろう。折角皆で夜更かししようと思ってたのに、勿体ないことしちゃったなぁ。」
「氷華が寝たあとに面白いことがあった訳でもないし、そんなに凹まなくていいと思うよ?動画見たり雑誌見たり…、まぁそんな感じだったかな?」
「いやぁ…、それでも凹むよぉ…。今後ネーサのウチに行くことはあっても、ネーサがウチに来ることなんてそう出来ないだろうし…、もっとここでしか出来ない話とかしたかったなぁ。」
「例えば?」
「うーん…、ベタだけど昔の写真を見るとか?」
「止めた方がいいんじゃない?風景写真とかならともかく…、プライベート写真は楼羅が嫌がるかもよ?」
「……。…それもそうか。」
そんな感じの話をしていると、誰よりも早く起きていた寧勇が洗面所から戻って来た。普通寝起きであれば、顔面に多少のデバフが掛かってもよさそうなものなのだが、寧勇の顔面はいつもの変わらず完璧なものだった。
「あら、皆起きてたのね。」
「「(ジー…。)」」
「ん、どうしたの?もしかして、私の顔に何か付いてる?」
「ええ、その顔面私も着けてみたいので、ちょっと外してもらえませんか?」
「あ、私も。」
「じゃあそちらの顔面と交換ね。フェスが終わるまでは再交換は出来ないから、二人どちらかの顔を使ってステージで歌わなくちゃいけないわね。」
「「…すみません、勘弁してください。」」(※お辞儀)
「ふふっ…、二人共可愛いから、私は別に良いのに。」
「「マジですみませんでしたっ。」」(※深々とお辞儀)
寝起き二人組による自虐ジョークは、寧勇の高いコミュニティスキルよって華麗に受け流されてしまった。謙遜や卑屈を述べることなく、カウンターを繰り出してしまう寧勇に私は頭が上がらなかった。
「二人共起きてたのに、黙って先に洗面所使っちゃったわ…、ごめんなさい。」
「いや、私達今起きたばかりだから気にしないで。」
「うーん、私が起きたの本当に数秒前だから、ネーサが使ってることさえ気づいてなかったよ。」
-(見た感じ、私よりも氷華の方が目覚め具合悪そうだな…。)-
「氷華…、お酒のせいで少し目が重そうだから、とりあえず先に顔洗ってきなよ。私はその後に使わせてもらうから、待ってる間にヘアアイロン使わせてもらうね。」
「うん、分かった。じゃあ悪いけど先に洗面所行かせてもらうね。そこにもう一つ鏡があるから、ネーサもメイクするなら好きに使って良いよ。」
「ええ、ありがとう。」
氷華は予備の鏡がある場所を指差してから部屋を出て行き、それを見送った私達は鏡を使って各々身支度を開始した。
「ところで燐は何時に寝たの?布団に包まってからもずっとスマホを見てたわよね?」
「うーん…、覚えてないけど三時前には寝たと思うけどなぁ。もしかして、私のスマホが気になってあまり寝れなかったとか?」
「ううん、そんなことはないのだけれど…。もしかしていつもこんな時間まで起きてるのかしらと思って、ちょっと気になってしまったの。」
「そうだね、割とそのくらいの時間が多いかも。活動者の配信って夜中にあることが多いし、その時間に生活リズムを合わせてると中々直ぐに眠れないんだよね。いつもだったら動画か音楽を流しっぱなしにして寝ることが多いんだけど、流石に人様のおウチでそれをする訳にはいかないから、昨日は勝手ながら…寧勇に似合いそうな髪型を探しながら睡魔が来るのを待ってたって感じかな。」
「あら、それは嬉しいわね。何かいいものは見つかったかしら?」
「うん、何枚かはスクショで保存してるよ。…見る?」
「ええ、是非見せて欲しいわ。」
本日、全身のメンテナンス(?)を行う予定だという寧勇は、メイクをしても直ぐに落としてしまうからという理由で、今の時間はスキンケア以外のことは何もしていなかった。保存していたスクショを見せるのが丁度良い時間潰しになるのではと思い、私はヘアアイロンの片手間…自分のスマホを取り出して、最新の撮影記録を寧勇に見せ始めた。
「似たような髪型もいくつかあるけど、十枚くらいスクショしてあるからこのまま左に向かってスクロールしてみて。」
「勝手に見ちゃっていいの?」
「別に見られて恥ずかしいものとかはないから大丈夫だよ。最近撮った他の写真って例のデバイスくらいなものだし、大目にスクロールしても問題ないよ。」
「そうなの?それはそれでちょっと残念ね。」
「こらこら…。」
そう言いながらも私はスマホを完全に手放し、寧勇に操作を任せる形にして引き続きヘアアイロンを自分の髪に中て続けた。寧勇は写真の一つ一つにリアクションを示し、ときには私の趣味を考察もしながらスクショを楽しんでくれていたのだが、ある瞬間からその動きがピタリと止まり…何故か黙り込んでしまっていた。
「……。」
「ん?じっと同じ写真見つめてるみたいだけど…、良いなと思う髪型でも見つかった?」
「ごめんなさい。スクロールが行き過ぎちゃったみたいで…、その…、気になる写真が出て来たのだけれど…。」
「えっ…、私か何か変な写真撮ってたっけ?」
疑問符を浮かべつつも、私が慌ててスマホを覗き込むと、そこにはこの間見せてもらった《氷華のイラスト》が写し出されていた。
「あぁー、その写真か。氷華が『既視感がある』って言ってたコスプレイヤーの覚え描きだね。結局何のコスプレか分からなかったらしいから、私も調べてみようと思って写真撮ってたの忘れてた。」
「コスプレイヤーってあれよね?サブカルチャーのイベント会場によく居る感じの……。」
「うん、それだね。」
「……。」
「……?」
その説明を聞いた寧勇は、そのまま瞑想するかのように黙り込んでしまった。私は寧勇が何に引っ掛かっているのかが分からずその様子を見守っていたのだが、五秒程経った後に、寧勇は自分の見解を恐る恐る語り始めた。
「…これ、私がこの世界に転移されたときに着ていた『儀仗服』にとても似ているの。」
「儀仗服って?」
「私達軍人が、儀礼や式典が行われる際に着用する服装…って言えば伝わるかしら?簡単に言えば礼服と同じようなものよ。」
その説明を受け、私は直ぐに頭の中でこれを着ている寧勇の姿を想像した。
-(うーん…、滅茶苦茶似合うな。…ん?)-
「え、じゃあこの氷華が見かけたコスプレイヤーって寧勇ってこと?」
「この絵だけでは分からないわ。色も形もはっきりとは分からないし、本当にただ似てるだけという可能性も捨てきれない…。それに、私が着ていた儀仗服は王族が着用する『修練服』とほぼ変わりないデザインになっていたから、自ずとそちらの可能性も出てきてしまうの。」
「つまり王族がこちらへ来てる…ってこと?」
「流石にその可能性は低いでしょうけど…、一応ね。でももしこれが【私】ということであれば、そちらは納得出来そうな気がするわ。」
「それは場所的にってこと?…あれ、でも私、これが何処のイベント会場なのかは言ってない…。」
「ええ、私が納得するのは『場所』じゃなくて『原理』の話よ。偶然降り立った地に偶然クモツメを持つ人物が居た…っていうよりも、同じ世界の概念を目印に…私がそこへ送り込まれたって考えの方がしっくりくるでしょ?」
「あぁ、それはそうかも…。多分その会場には楼羅も居たはずだし、二人もクモツメを持つ人物が居たとしたら、そこへ導かれたって可能性は十分にあり得るかもね。」
「……。」
「寧勇?」
「あ、いえ…。言われてみればそうよね…。クモツメは楼羅にも憑いているんだったわ…。」
「自分で言ってたのに…、忘れてたの?」
「いいえ、忘れてた訳じゃなくて、そこに居たってことを想定せずに考察しちゃったなと思って…。」
-(……ん?)-