表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

145/162

流れゆく怯懦気のライラ Action 14ー10

-(楼羅…、マジで感謝です。リアルタイム配信聞き逃さずに済んで本当に良かった…。)-


 予告なしに始まった真千さんとハカセさんによる弾き語り配信は、コメント欄が盛り上がる中…約四十分という短さで終了してしまった。楽曲権利の関係で『アーカイブは残さない』と言っていたので、私はあのタイミングで配信を聞かせてくれた楼羅にとても感謝をした。この気持ちはちゃんと伝えなければと思い、パソコンを使い終わった私は直ぐにキッチンへと向かって、洗い物をしている楼羅の後ろ姿に声を掛けようとした。


「…お、配信終わったぁ?」


 私が声を掛けるよりも先に、楼羅が私の気配に気づいて直ぐに声をかけてくれた。楼羅は慣れた手つきで私達が使用したお皿やグラスなどを洗っていて、数十分前と変わらず酔っている様子は見受けられなかった。


「うん。アーカイブが残らない配信だったから、パソコン貸してもらえて本当に助かった。ありがとう。」

「それは良かった。あ、そう言えば()()()()どうする?折角ここへ寄ってったんだし、今から作ろうか?」

「そうだね…、流石にもう他のお酒は飲まないだろうし、柚子酒で〆にしとこうかな。」

「だったらそこの食器棚から、耐熱グラスを二つ用意してもらっていい?その右端にある取っ手のついたグラスなんだけど…。」

「分かった。」


 私は楼羅に言われた通り、食器棚からグラスを取り出したのだが、二つのグラスを手に持った状態になって()()()()に気が付いた。


「…。これって楼羅の分を含めて二つだよね?寧勇は柚子酒飲まないかな…?」

「さっきまで柚子酒のソーダ割りを飲んでたみたいだけど…、あまり得意じゃなさそうだったよ。『飲み切れない』って言って俺に飲ませようとしてきたから、それは丁重(?)にお断りさせてもらったけど。」

「…ん?()()()飲んであげなかったの?」

「うん…。」

「私が残してたお酒は?」

「全部飲んだよ。ちなみに言うと、氷華が余らせてたお酒も俺が全部飲んだ。」

「……。」


-(それ…、寧勇に対して『意識してる』って言ってるようなものなのでは?)-


 何と言ってそのお酒を断ったのかにもよるが、今の話だけを聞くと、楼羅は明らかに寧勇を特別扱いしてしまっているように思えた。お酒を飲んでいるが故…、それがワザとなのか天然なのかは分からなかったが、今現在の楼羅は『何も特別なことはしていない』と言わんばかりの平常ぶりだった。


-(聞いて確認してみてもいいけど…、もしこれが無意識にやったことなら掘り返すのはマズいかぁ…。下手をすれば両者が変に意識し合うことにもなりかねないからなぁ…。)-


 楼羅の様子を見る限り…二人の状況が変わったという感じでもなかったので、私はその話についてこれ以上触れることはしなかった。寧勇のお酒を拒否したことについては『きっと楼羅が上手い言い訳でもして乗り切ったのだろう』ということにして、疑問を抱くことはナシにした。勿論それが真実な訳ではないのだが、下手に真実を知ろうとすれば要らぬ傷口を増やすことにもなりかねないので、私はそっとしておくことを選んだ。



 蜂蜜を溶かした柚子酒のお湯割りを作ってもらった私は、それを持って一人で氷華の部屋へと戻ることにした。キッチンに居た楼羅は『柚子酒を飲んだら寝る』と言い、今日もう氷華の部屋に行くことはないとのことだった。私は氷華が寝ていることを配慮してそっと部屋の中に入ったのだが、そのとき見えた光景は(実質)一人部屋に残されていた寧勇がファッション誌を広げたまま、鏡に映った自身の姿を見つめている様子だった。


「ただいまぁ。」

「お帰りなさい。配信は楽しめた?」

「おかげさまで。何の告知も無しにハカマチ配信が始まってビックリしたけど、ちゃんと聞けて良かったよ。」

「あら?『今日は自分も飲みに行く』ってつぐm…、(チラッ)()()()()言ってたから、配信は無いのかと思ってたわ。」


 うっかり失言しかけた寧勇は、直ぐに氷華が寝ていることを横目で確認していた。


「真千さんがハカセさんの家に遊びに行って、『どうせなら配信しようか?』って流れになったらしいよ。だから突発になったんだって。」

「そういうこと…。だったら今頃あっちの二人もお酒を飲んでいるってことかしらね。」

「ところで寧勇は何してたの?髪を持ち上げたり下げたりしてたけど…、何かやりたいヘアアレンジでも見つけてた?」


 目の前に広げられていたファッション誌を覗いて見ると、女性の写真が沢山使われている《ヘアスタイル特集》のページが広げられていた。懸命に鏡を見ていた様子からしても、寧勇は髪型を気にしていることは明らかだった。


「んー…。私ってどんな髪型が()()()()()だろうと思って…。」


-(似合わない…髪型?)-


「えーっと…、元が良いからどんな髪型でも似合ってしまうと思うけど…。と言うか、普通は似合う髪型を探したいのでは?」


 私はド正論だと思われる言葉を返したのだが、それを聞いた寧勇は、自身の髪を気にしながら迷いの表情を浮かべてしまっていた。


「見た目に囚われて欲しくない…って言えばいいのかしら。私はコトハ様の影武者も担ってたから、髪型もずっとコトハ様に合わせていたの。コトハ様に似合っていた髪型だったから、私もこれでいいんだと思っていたのだけれど…、何故だか急にこの髪型を自分の一部だと認めたくなくなったの。」

「それって『コトハ様のクモツメ(外装)から抜け出したい』って言ってたのと同じような感じのもの?」

「そうね…、似てるんだけど、少しだけ違う気もするわ。あのときの私は『周りに居る人を騙している』という感覚が嫌でそう言ってたのだけれど、今の私は『周りに居る人に本当の私を知って欲しい』っていう思いから、今とは違う自分の姿を持って…外見に囚われない付き合い方をしてみたくなったの。」


 そう言っている寧勇の顔は、確かにあのときと違って明るいもののように見えた。迷っている表情ということには変わりないないのだが、そこから感じるものは"罪"ではなく"希望"の気配だった。


「あのときと違って考え方がポジティブ…って訳ね。今日掲げたテーマにはピッタリな考え方だと思うよ。」

「でしょ?」

「うん…。でも『似合わない髪型』っていうのは頂けないかな?きっと寧勇は今の外見にコトハ様の面影を見てしまってるから、周りの人達から好かれていたとしても自尊心が持てないってことなんでしょ?」

「…ええ。自分自身であることに間違いはないのだけれど、どうしても本質を見て貰えているっていう気分になれないの。」

「だから髪型を変えたいって気持ちまでは何となく理解出来るんだけど、あえて似合わない髪型を選ぶ必要はないんじゃない?」

「私の本質を知ってもらう為には、外見にプラス補正を掛けない方が良いのかと思ったのだけれど…。」

「外見を磨くことだってその人の努力であり本質の一部だよ。自分の思いや考えっていうのは、結局は行動に移さないことには見てもらえないんだから、寧勇がしてみたいと思う髪型になることが【素の自分】を見てもらうってことになるんじゃないかな?」

「うーん…。言われてみれば確かにそうね。プライベートにしろ小薬さんにしろ、思い描くものは表現しないことには伝わらないものね。」

「でしょっ!?」


 言いたいことが伝わり…思わず嬉しくなってしまった私は、つい前のめりになって目を爛々とさせてしまった。そんなヲタク気溢れる私を見て、寧勇はクスクスと笑い始めたのだが、しばらくすると『そうね、ありがとう。』と言って私に最高の笑みを見せてくれた。


「ちなみに寧勇は何かしてみたいと思った髪型ってあるの?」

「そうね…。何にも縛られず、自分らしくいられる髪型かしら。女性らしさも軍人らしさも求められない…、この世界に来たからこそ出来る髪型にしてみたいわ。一応フェス前に美容室には行く予定してるから、そのときまでにやりたい髪型が見つかれば、イメチェンしてみるのもアリかと思ってるの。」

「ふふっ…、そっか。寧勇がどんな髪型を選ぶのかは、フェス当日までのお楽しみってことにしておくね。」

「ええ。私もお披露目出来るのを楽しみにしてるわ。」



 髪型問題が(一旦)解決したあと、私は丁度良い温度にまで下がったお湯割りにそっと口を付け始めた。湯気に混じる柑橘の香りと、口に心地よく残る蜂蜜の甘さに舌鼓を打っていると、寧勇が興味ありげに私の元を見つめて来た。


「…。そう言えば…、さっきから燐は何を飲んでいるの?」

「これ?柚子酒のお湯割り。ここへ来る前に金木犀のある道沿いを通って来たんだけど、そうしたら無性に柑橘系のお酒が飲みたくなってしまったんだよねぇ。」

「それって私が持って来た柚子酒かしら?」

「だと思うよ。楼羅がお湯割りにして飲もうかなって言ってたから、羨ましくて同じ物作ってもらっちゃった。」


 私がそう言って柚子酒を嗜んでいると、何故か寧勇は自分の手元にあったグラスを思わし気に見つめ始めた。そのグラスには少しだけ水が残っているように見えたが、量的に氷が解けた後ではないかと思った。ただボーっとグラスを見つめている寧勇を不思議に思い、私はその顔を覗き込んだ?


「寧勇…、もしかして眠い?」

「…そうね。頭が上手く回ってないかも。私もさっきまで同じお酒を飲んでいたんだけど、どうやらそれがトドメになったみたい…。」


 そう言ったあと、寧勇はゆっくりとした動きで立ち上がり、少し伸びをしてから私の方を向き直った。


「私は寝る準備を始めるわ。ソーダ割よりもお湯割りの方が酔いやすいから、燐もそれを飲んだら気を付けてね。」

「うん…、分かった…。」


 私に注意を促した寧勇は、素早くバッグの中を漁り、そのまま洗面所へと向かって部屋を出て行ってしまった。私は(実質)一人になった部屋で、寧勇が見ていたファッション誌を見ながら順調に柚子酒を飲み進めていった。


-(『見た目に囚われて()しくない』とか『本当の私を知って()しい』とか…、そういった()の含まれた発言ってなんか安心するなぁ…。罪や罰を感じ続ける人生を、寧勇に歩ませたくないもんね…。)-


 ファッション誌を読みながらも、私は自然と寧勇のことばかり考えてしまっていた。

 寧勇にはどんな髪型が似合うだろうか…。

 どんな服が似合うだろうか…。

 曲に合わせるならどの組み合わせがいいだろうか…。


 安穏な気持ちでそんなことを考えていると、ふと脳裏に【ある人物】が過り…

「…あ。」

 …という言葉が口から出てしまった。


「……。」(※慌てて口を塞ぐ私)

「……。」(※頭を抱える私)


-(う゛っ…。楼羅の本心…、聞きそびれた…。)-


 あわよくばで良い…と思っていたことではあったが、忘れてしまっていたことに私は少々ショックを受けてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ