[薙れゆく怯懦気のライラ] Action 14ー8(Roura's short story.)
差し伸べられた手を引いてあげるくらいの、格好のつく兄でいて欲しい…。そんな言葉で尻を叩かれていながら、寧勇と対面した俺は至って【いつも通りの俺】でしかなかった。
-(それはそうか…。今は氷華が寧勇の為に用意した憩いの時間であって、助力や加担を求めている時間ではないもんな…。)-
俺は日常的に格好をつけるつもりなんて毛頭なく…、ただ『期待をされたときには答えてあげたい』というような些細な意識しか持ち合わせていなかった。なので今のような憩いの時間は特に何も考えず、俺はこの時間をただ単純に楽しもうとだけしていた。
-(この場から逃げてたら、氷華の言う通り格好はついてなかっただろうな。思ってた通り…、いや、思っていた以上に普通の状態で居られてるし、俺って割と冷淡というか…無頓着なのかも。)-
そんな感じで本当に何も考えず、この時間を有意義に過ごした俺は、自分のウチだという安心感も相俟ってか…いつも以上にお酒を飲んでしまっていた。飲んでいる最中は何ら不思議に思うことなく、皆と飲食を共にしていたのだが、あとから思うと燐と寧勇のアルコール耐性が想像以上に高く、想定したよりも多くのお酒を空けてしまっていたことに気が付いた。お酒の種類や味を知らない燐に付き合い、ほとんどのお酒をシェアし合っていた俺は、無意識にそのペースに取り込まれしまっていてつい飲み過ぎてしまっていた(…らしい)。
-(飲み過ぎたけど、言うてほろ酔いな気分って感じか…。後片付けもしないといけないし、そろそろ飲むのは控えておくか…。)-
ちなみに氷華は数分前に寝落ちしてしまい、そのまま俺の手によってベッドへ放り込まれいた。今は残った三人で過去に行われたフェスの映像を見ながら談笑しているといった具合で、話題作りに困ることもなければ沈黙が訪れることもなかった。
「君ら二人は仕事をしてきたあとにお酒を飲んでいるのにも関わらず、全然平気そうだよね。寧勇はともかく、燐がここまで強いとは思わなかった。」
「うん…。意外とイケるもんだなぁーって、私も驚いてる。」
「普通に凄いな。映像を見てても、直ぐにそのアーティストの活動歴とかを喋り出すし…、むしろいつもよりキレキレなんじゃない?」
「最初に一人で飲んだときはそうでもなかったんだよ。顔の火照りも感じてたし…、途中で『もういいかな』って思うくらいにはなってたんだけど…。」
「まぁ初めて口にしたときはそう思うものなんじゃないかしら?私だって、初めからこんなに強かった訳じゃないもの。美味しい料理だったり…、晩酌に付き合ってくれる人が居たから、お酒を飲む楽しさを知れたっていうのはあるわね。」
「成程ね…、それは確かにあるかも。料理と友達が揃ってななければ、流石にここまで飲めなかっただろうね。」
燐の隠れ酒豪に関心していると、ふと部屋の何処かからスマホ通知音が聞こえて来た。聞こえて来た方角や聞きなれた感じからして氷華のスマホが鳴っていると思ったのだが、何故かソワソワしていたのは燐の方だった。
-(ん?どうしたんだろう…。)-
燐は急に自身のバッグを引っ張り寄せると、中をグリグリと漁り始めた。一言も発することなくその行動をするものだから、俺は妙に気になってしまい…黙ってその様子を見続けていた。そのとき、燐が腕につけていたスマートウォッチが何かの通知を告げているように見え、俺は自分のスマホを使ってその正体を確認することにした。
-(ここにいる全員のスマホが鳴ったとしたら『警報』とかの類だろうけど、燐と氷華のスマホだけ同時に鳴ったのだとしたら、恐らくそれはフォローしている活動者の通知…かな?)-
そう思い、俺は二人がフォローしているであろう活動者のアカウントを確認することにした。通知設定はしていないものの、二人と同じくらい活動者の人達をフォローしていたので、タイムラインを見るだけでその答えを知ることが出来そうだった。
-(あー…、多分これだな。)-
「燐、イヤホン探してるんじゃない?」
「え!?」
『何も言ってないのに』…、燐の顔にはそう書かれているように見えた。
「あら?何か探しているなとは思っていたけれど、イヤホンを探していたの?」
「あー、いや…。ちょっと気になる配信が始まったから、少し聞こうかなと思ってワイヤレスイヤホン探してたんだけど…。」
「忘れた?」
「うーん…。多分学校に置いて来てる気がする。まぁ配信が聞けないことなんてよくあることだし…、今回は諦めるよ。」
「どうして?イヤホンに繋がずスピーカーで聞けばいいじゃない?」
「いや無理っ。音楽とかならまだしも、配信を同じ室内で聞きながらにやけ顔を見らるのは恥ずかしすぎる。」
必死に拒否する燐の表情は、まるでお化け屋敷に入るのを嫌がっているような青ざめ方だった。
「イヤホンで聞いたらにやけないの?」
「いや、にやけはすると思うけど…、何を聞いてにやけているかはバレないでしょ?さっきの寧勇みたいに、下ネタを聞いた瞬間に笑い出したりしたら『そういうのが好きなんだ』って思われちゃうもん…。」
「ちょ…、燐!?」
必死に詰め寄る寧勇の表情は、まるで自分の好きな人を友達が勝手に拡散してしまったような慌て方だった。
「はいはい…、そういうことなら俺の部屋のパソコン使って良いよ。それなら俺達に配信も聞かれないし顔も見られずに済むでしょ?」
良かれと思いそう提案したのだが、燐は少しだけ眉間にシワを寄せてその提案を断った。
「気持ちは嬉しいけど、そこまでしなくていいよ。折角泊りに来てるのに、わざわざ一人になるのは違うと言うか…。」
「いや、俺も諸々の片づけを始めようかと思って、ここらで一区切りするつもりだったからいいんじゃないか?氷華なんてもう寝てるし…、少しくらい自由に動いても空気は乱れないよ。」
「そうね。燐にモヤモヤした気持ちのままで居られる方が、私気にしちゃうかもしれないわ。」
「む…、そうやって気を遣われるかと思ったから、黙ってイヤホン探してたのに…。」
-(『気遣われること』を気遣ってたってことか…。)-
「残念だったね。お酒を飲んでいるとはいえ、それに気付けるくらいは脳が働いてたってことかな。」
そう言って俺は立ち上がり、燐に自分のパソコンを使わせる為に一旦部屋を後にすることにした。
「パソコンはスリープ状態になってるはずだから勝手に使って。俺はある程度の片づけと洗い物をするから、何か問題があったらスマホ鳴らすかキッチンの方に来て。」
「分かった。洗い物するんだったら、この私の飲みかけも邪魔になるだろうから楼羅が処理しちゃって。」
「飲まないの?」
「うん…。慌てて飲み干すと酔いが回りそうだし、かと言って結露してるグラスをパソコンの側に置く訳にはいかないでしょ。私は寝る前に例のお酒を作ってもらえれば、今日はもう満足かな。」
「了解。」
燐は飲みかけになったお酒を俺に託すと、颯爽とこの部屋をあとにして…俺の部屋に吸い込まれるように収まってしまった。それを見送った俺は立ち上がっていた状態から座り直し、燐に託されたお酒を少しずつ喉に流し入れた。
「これの一気飲みは確かに危ないな。下手したら具合が悪くなりかねないかも。」
「だったら楼羅も慌てて飲んじゃ駄目よ。まだ食べ物も残ってるし、それをつまみながらでもいいんじゃない。」
「そうだね…、ボチボチ飲ませてもらうよ。」
さっきは『脳がまだ働いている』と言ってたが、実際はそうでもなかったらしい。新たにアルコールを摂取し始めた俺は、この部屋が実質寧勇と二人きりになっているということにさえ気が付いていなかった。(※氷華絶賛睡眠中)