流れゆく怯懦気のライラ Action 14ー1
「ねぇ…、人が黙々と仕事してる間に、よからぬ行事が決定されてるんですけど…。これは一体どういうことかな?」
お店の手伝いが終わった楼羅は、部屋に来るなりとある画面をスマホに表示すると、それを私達に見せつけるようにして真相を問いただしてきた。そこに表示されていたのは、寧勇から来た⦅楽しみにしてる⦆という私達三人に宛てた最新のメッセージで…、つまりは『お泊り会を了承する』という内容の返信だった。
「『よからぬ』とは失礼だなぁ。私はネーサが『フェス前に会いたい』って言うから、人目を気にせず話せるように場所を提供しただけだよ。メッセージにもそう書いてあるでしょ?」
「そうかもしれないけど、一応俺に相談してから決めてくれてもいいんじゃない?確かに『氷華の部屋』ではあるけど…、ここは『俺の住む家』でもあるんだから。」
「ごめんね。お母さんに許可を貰えた時点でテンション上がっちゃって、楼羅に相談する前についネーサに報告しちゃったんだよねぇ。リンリンだって今まで何度も泊ってるんだし、別に大したことないかなぁって思ったんだけど…。」
その言葉に反応するかのように、楼羅は私の方を向いて一瞬黙ると、諦めたかのようにため息をついた。
「はぁ…、そう言えばそうだった。何も考えてなかったけど…、そっか…、条件は同じか。」
「…何か今、私に対して凄く失礼なこと考えてなかった?」
「いやいや、燐は昔からちゃんとレディだったよ…、うん。」
「おいっ、やっぱ考えてたでしょ!?」
楼羅は決して私を女性扱いしないという訳ではなかったが、そういう対象として見られていないのは昔から分かっていた。なので、最早このやり取りも『お決まり』と言えるものだったので、両者が本気で言っていないということは十分分かっていた。
-(まぁあの寧勇と比べられて、本気で張り合い出来る訳もないんだけど…、うん…。)-
「兎も角さぁ、楼羅が過剰に反応する必要も…、私達が楼羅に気を遣う必要もないはずでしょ?『変に気を遣うな』って言ったのは楼羅な訳だし、私達は今まで通り遊ぶだけだよ。」
「確かに言ったけどさ…。君達俺のこと【僧侶】か何かだと勘違いしてない?」
「「……。してないよ?」」
「何…、今の間?」
「まぁまぁ、その話は置いておくとして…。私達はこれから先、マンションの一室で小薬さんの活動を支援していくことになるんだよ?長い時間…一緒に活動することになれば、時には二人っきりなることもあるだろうし、いちいちこんなので引っ掛かってたら、格好がつかないんじゃない?」
「…!?」
「そうだそうだー。こんなんでビビってるようなら、ネーサに頼んで楼羅をバックアップメンバーから外してもらうからね。」
「え…、ヤダ。」
-(即答…。)-
考える間も無い即答に、私は楼羅の中にある【音響技術者】としての部分が見えた気がした。下心どうこうで悩むよりも先に、楼羅は技術者として小薬さんの音楽に携わることを誉れとして動いているように思えていた。その片鱗は寧勇に依頼されたあの日から見えてはいたものの、まるで玩具を取り上げらた子供のような『ヤダ』という返事に、楼羅の本気の音楽愛が見えた気がした。
「だったら一つ屋根の下であろうとも、いつも通りの【楼羅】を振舞って見せてよ。あれだけカッコよく『気を遣うな』って言って見せた訳だし、それを証明してくれないと、私達だって気を使わないなんて無理だよ。」
私のその言葉に、楼羅は一旦うなだれてしまったようにも見えたが、直ぐに何か見据えるようにして、その視線を上へと向けた。
「それもそうか。実際俺も自覚して以降、寧勇とは会ってない訳だし…、自分がどういう反応をするのかも分かってないもんな。」
「「そうそう。」」
「…ま、多分変わらないと思うんだけど。」
「「それもそう。」」
楼羅という人物を毎日のように見て来た私達は、ちょっとやそっとで楼羅の挙動が変化するとは思えなかった。何が起こっても取り乱すことは無く、何に触れようとも無機質な性格を保つ…、それが私の知っている楼羅だった。時折兄妹の発言から、私の知らない男性的片影が垣間見えるときもあるが、実際にそれを知らない私では何も想像することが出来なかった。
-(好きな女性に対してヘタレという訳ではなさそうだけど、かと言って押しが強いという訳でもなさそうだし…、まぁ大丈夫でしょ。)-
「楼羅がそう思ってるなら、きっと今まで通り普通に過ごせるでしょ。勿論、不測の事態が起こった場合はすり合わせの誤魔化しとかはするけど…、そんなことにはならないと思うなぁ。」
「だねぇ。元々無駄なことは喋らないタイプなんだから、墓穴を掘ることも極めてレアでしょ?」
「『極めてレア』って面白い言葉だな。頭痛が痛いに似てる…。」
「いけずぅ…。そこは意味だけ汲み取ったら流してよ…。」
「はいはい、謝罪して詫びます。」
「あ、絶対馬鹿にしてる…。」
-(…うん。この兄妹による恋人コント見せられたら、やっぱり誤魔化すとか不要だよなぁ…。)-
氷華という最強の隠れ蓑を所持している楼羅にとって、下心を隠すことは『かなり容易なことなのでは?』…と、私はこの二人を見ることで身に染みて感じていた。初見からしてみれば間違いなく【親しい男女】であるこの二人は、私以外の人物からはどう見えているのかなど…、想像に難くないものだった。
「ふふっ…、良いね。これぞ正に『いつも通り』って感じがする。」
そう言って私は安堵の表情を浮かべていたのだが、それを見た氷華は逆に不安そうな表情を浮かべ始めていた。
「えっと…、私が言うのも何だけど、本当に見せていいやり取りなのかな、これ…。私的には『男性除け』の意味合いもあったから良かったけど…、楼羅の立場からすると『不要な効果』になる気がして少し不安なんだけど…。」
「ん?まぁそれはどちらかに下心があった場合はそうだろうけど…。楼羅が『思慮の期間』が必要だと思っているのなら、これは寧ろ『有難い効果』になるんじゃないかなぁと私は思うよ。【仲の悪い兄妹】よりも【仲の良い兄妹】をサポートメンバーとして採用した方が、当然連携や団結は上手くいくって考えるだろうし…、寧勇から『一緒に居たい』って思われたのは、きっと【今みたいな二人】なんだと私は想像するんだけどなぁ…。もしそれを二人が叶えてあげたら、一緒に居られる時間も自ずと長くなるし、二人だってモチベーションは俄然上がるでしょ?思慮期間が欲しい楼羅にとっても…、寧勇大好きな氷華にとっても…、十分な利得になると思うけど…--。」
「良し、採用。」
「手のひら返しが早すぎやしないか…?」
話を最後まで言い切る前に、氷華は私の言う利得について納得をしてくれた。その納得の速さには楼羅も驚き、双子ならではの迅速なツッコミが鋭く入った。
「だってリンリンの言う通り、私達がここまで仲良くなかったら、きっとネーサは私達をサポート役に誘ってくれなかったと思うし…、それにネーサが私達それぞれに見込みを持ってくれていたのであれば、私が変に遠慮することも…ネーサは望んでないってことになるでしょ?」
そう嬉しそうな口調で語る氷華を見たせいか、楼羅は私の前ということを忘れて【兄】の表情を垣間見せた。楼羅は少しだけ首を傾けながらも、妹の意見を優しく汲み取っていた。
「うん…、そうだね。遠慮なんてしたら、寧勇の期待を裏切ることになりかねないかも。」
「そういうことなら…、私は今まで通りの【私】でやらせてもらうことにする。勿論、楼羅の幸せも願ってはいるけど…今は思慮期間ってことだし、遠慮する必要はないもんね。」
「…え?」
「私だって寧勇のこと大好きだから、ブラコンしながら寧勇を愛でったて良いよね?」
「ちょ…、まっ…。」
妹のトンデモ発言に、楼羅はたまらずネットスラングのような驚き方をしてしまっていた。
「ふふっ…、良いんじゃない?氷華がブラコンということも、百合作家ということも理解して寧勇は選んでくれたんだから、氷華がそこで妥協する必要はないもんね。」(※面白そうなので悪ノリする私)
「だよねぇ。ネーサってその辺り寛容そうだし、今の恋人と別れたらワンチャン……--。」
「コラコラコラコラっ。悪ノリだろうと、その危ない発言は止めろ。」
「え、気になる女性と溺愛する妹がくっついたら、楼羅の世界は平和になr……--。」
「なる訳ないだろ…。そんなの規格外れのトラウマにしかならいよ…。」
明らかに不愉快そうな楼羅を見て、私と氷華は家中に笑い声が響かぬよう…声を殺して笑い合った。それは決して馬鹿にしている訳ではなく、楼羅が少しでも対抗してくれて良かった…という、安堵から来た笑いだった。