[幕間]:硝子挟みの相似 Action 13.99(Neisa's short story. )
燐から求められていた『スケジュール』について返信を送ったあと…、私がスマホから目を離している間に新たなメッセージが届いていた。そのメッセージを読んだ私は計らずも胸を弾ませしまい、妙なテンションのままキッチンに居る壬の元へ向かってしまった。
「ねぇ壬、来週の平日なんだけど、燐からお泊りの誘いを受けたから、行ってきても良いかしら?」
「えっ!?」
パスタを茹で上げていた壬は、私が声を掛けたせいで手元がくるってしまったのか、数本のパスタをシンクに落としてしまっていた。それを拾おうと、壬は慌てて素手で触りにいったが、『熱っ』という声を上げて直ぐにその手を引っ込めていた。
「あっ、ごめんなさい。急に声を掛けてしまって…。指は大丈夫?」
「平気平気。ちょっと大袈裟に声が出てしまっただけで、火傷とかはしてないよ。」
「良かった…。」
壬の指先は本当に大丈夫のようで、軽く水で洗い流すと、そのまま手際良く茹で上がったパスタにバターを絡ませていた。料理に疎い私はその作業の効率も技術も良く分かっていなかったが、ただただ壬の料理スキルに感心し、その姿をまじまじと見つめてしまっていた。
「それで…何って言ったっけ?お泊りがどうこう…って。」
壬は料理する腕の動きを止めることなく、私の言葉に聞き耳を立てていた。私は自分で話しかけた事実を一瞬忘れかけてしまっていたが、壬に訊ねられたことでそのことを思い出した。
「あ、そうだったわ。お泊りの話ね。フェスが始まるより前に燐達に会っておきたかったから、何気ない気持ちで『会いたいわね』ってことをを伝えたの。そうしたら向こうが私の都合を考えて、『ウチで飲みながら話さないか』って泊りがけの女子会を企画してくれたみたいで、私嬉しくて…。」
「ほぉー…。」
「燐からのメッセージに『ちゃんと望月さんの許可を貰ってね』って書いてあったから、壬にその許可も貰おうと思って声を掛けたのだけど…。」
「うん…、既に顔がソワソワしてるね。もし俺がここで『ダメだ』って言ったらどうする?」
「え…。」
壬の言う通りソワソワしていた私は、その言葉を聞いて一気に全身の力が抜けてしまった。
「ふっ…冗談だよ。折角寧勇の為に企画してくれたんだし、行っておいで。俺としても、寧勇にはモチベーションは上げておいてもらいたいからね。友達から活力を貰えるだろうし、フェス前にそういう機会があることはとても良いことだと思うよ。」
「良かったぁ。ありがとう、壬。」
「いえいえ。そういうことなら、俺も同じ日に合わせて友達と飲みに行こうかなぁ。家に一人で居ても退屈だし、たまには俺から誘ってみるのも悪くないかもなぁ。」
「友達?」
「うーん…、友達かバンドメンバーか、あるいは…、(うんっ)。」
「…?」
壬は天井を見上げるようにして数人の人物を思い浮かべていたようだが、ふと何かに気が付いたかのように小さく頷いた。
「ま、誘えば誰かしら乗ってくれるはずだから、そういう予定にしとこう。それより、もうすぐご飯出来るから、何か作業中だったならそっちの方を切り上げておいで。もし泊りに行くときにお酒を持って行きたいのであれば、ご飯を食べ終わったあとにオススメのお酒を見繕ってあげるよ。」
「えぇ、それは是非お願いしたいわ。きっと私が一番お酒を飲むだろうから、それなりに用意していかないと申し訳ないもの。」
「寧勇がお酒に強いのは知ってるけど、他の子を潰さない程度にね。くれぐれも常識の範囲内で頼むよ?」
「大丈夫よ。他人に見られてないとは言え、女の子に恥ずかしい思いはさせられないもの。」
そう言って私はキッチンを後にし、壬から言われた『作業の切り上げ』をしようと、自室にあるパソコンの前に座った。
-(作業中…か。どちらかと言えば始業中になるのかもしれないけど…、流石に言えないな。)-
私は燐達に頼んでおいた機材のリストアップを元にして、それらを新しい拠点へ搬入する手続きを既に開始していた。本来であればもっと遅くなるだった作業も、あの部屋と戸籍が与えられたお蔭で順調に事が進んでいた。画面に並ぶ様々なデバイスを眺めながら、私は『一体どこまでが兄の計算の内なのか』と、選別されたデバイスにさえ多少の疑念を持ってしまっていた。
私は作業画面を閉じると、今考えていたことを顔に出してしまわないように、顔面の筋肉を軽く動かして表情にリセットをかけた。そして私は何食わぬ顔でリビングへと戻るとそのままソファに腰を下ろし、水槽に居座る【つくね】と【アロマ】を眺めながら、壬の料理が出来上がるのを待った。
-(もうすぐ君達ともお別れかな?結局私はどっちがどっちなのか、分からないままだったよ。)-
私は見た目の区別がつかない二匹のカメを見つめ、そんなことを考えていた。どこかしらに違いはあるのだろうけど、カメについての知識を蓄えていない私では、クモツメを通そうとも個性の違いを見つけられていなかった。
表情も無い上に、思っていることも伝えられない…。
こちらが興味を持たない限り、理解することが出来ない。
-(まるであの方みたいだ…。)-
そんなことを思ってしまった私は、『せめて記憶には残るように』…と、二匹のカメをじっと見つめ続けた。