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糊浮きの冊子 Action 13ー7

 再び二人きりになった部屋で、私達は楼羅に言われた通り、来週行く予定であるフェスへの移動手段を模索し始めた。お互いにスマホを見ながら、会場までの時間や道のりや最寄りの駅…電車の本数などを見てはいたのだが、さっきの楼羅の台詞のせいで既に答えは固まってしまっていた。


「楼羅が自分から車で行く案を切り出したってことは、それはもう『運転したい』って言ってるようなものなんだし、ここは車移動で良いんじゃないかな?リンリン的にも身動きのとりづらい電車移動よりも、マイカー移動で高速に乗った方が酔いは楽なんじゃない?」

「そうだね。恐らくフェスに向かうほとんどの人が電車か新幹線で移動するだろうし、そう考えると車の方が気分的にも楽かなぁ。話し声も気にしなくて良いし…、好きなタイミングでサービスエリアも行けるし…、そっちの方が楽しそうだよね。」


 県をまたいでの移動ということもあり、氷華は私の『人酔い』と『乗り物酔い』を危惧してくれていた。新幹線を使えば酔ってしまうことはほとんどないのだが、私に合わせて二人に高い交通費を払わせてしまうのは申し訳なく思っていた。その問題を解決してくれる楼羅の台詞に感謝しながら、私は普段行くことのないサービスエリアという領域に、既に思いを馳せ始めていた。


「よし、じゃあ車移動で決定ってことで。あとは所要時間とか駐車場とかを調べておこうか。車もそれなりに多いだろうし、余裕を持って行きたいよね。」

「だねぇ…。」


-(『余裕』かぁ…。泊りの予定にしておけば、それこそ余裕綽々だったんだろうなぁ…。)-


「あのさ、きっとフェスの出演者は近くのホテルに前日入りとかしてるよね…。顔出ししてない寧勇でも、やっぱり前乗りするものなのかなぁ?」

「うーん、多分そうだと思うけどなぁ。いくら顔出しNGでも、ギリギリで現場に入ろうとするのは型破りじゃない?予定通りに物事が動く訳じゃないし、現場入りが遅れたりしたら大惨事に成りかねないもん。」

「だよね…。一応寧勇にスケジュール聞いてみようかな?折角晴れ姿を見に行くんだし、少しくらい会える時間があれば良いんだけど…。」


 私はフェスを楽しみたいという思いよりも、寧勇の大舞台を見守りたいという思いの方が前に出てきてしまっていた。当然、推しを含む全てのアーティストを私は尊敬しているが、小薬さん(寧勇)だけはどうしたって別だった。まるで自分の家族かのように思えてしまい、少しでも支えになれたらなどと考えてしまっていた。


「確かに…、ただ行くだけじゃもったいないもんね。寧勇はライブで歌う自分の姿を見て欲しくて私達にチケットを用意してくれたんだから、出来ればちゃんと直に声を掛けてあげたいな。勿論、邪魔にならないようにっていうのが最前提で!」

「うん、そうだよね。私から寧勇に確認してみるから、その返事次第で出発する時間は決めようか。勝手に早く行き過ぎても、寧勇に会えないんじゃ時間を持て余しそうだし、楼羅の体力も考えてあげないと、私達じゃ運転代わってあげられないしね。」


 そう言って私は直ぐにメッセージを打ち始め、その内容を氷華にも確認してもらった。


-----


 寧勇はフェスの前日からホテルに前乗りする予定?

 私達は10月8日の朝一で車を走らせて会場に行くつもりなんだけど

 早めに到着したら寧勇と会える時間とかあるのかな?

 もし忙しかったら本番が終わったあとでも良いんだけど

 直接会えそうな時間があれば教えてください。

 それに合わせて出発時間と帰宅時間を決めるつもりで

 今、氷華と話し合い中です。


 9日は三人共疲れることを予想してバイトシフトを入れてないので

 寧勇のスケジュール次第では、その日に今後の打ち合わせも兼ねて

 食事をするのもアリかと思ってる次第です。


-----


「寧勇も忙しいだろうから、一回一回確認するよりは、長文で一纏めにした方が楽でしょ。」

「うん、これで良いと思うよ。あとは気長にネーサの返事を待っていよう。」


 氷華のお墨付きをもらった私は、そのままメッセージの送信ボタンを押した。


 すると目を離す間もなく、私のスマホは寧勇からの着信を知らせる音を鳴らし始めた。


「「え!?」」


 あまりの早さに、私も氷華も思わず声を出して驚いてしまった。何事かと思いながらも、私は直ぐに通話ボタンを押した。


「はい…、こちら籠崎と沓抜です。」

「もしもし燐?あなた達、フェスの二日目は見に行かないの!?」

「二日目?」


-(そういえば寧勇に貰ったあの入場券、両日有効だったんだっけ?)-


 スマホから聞こえて来た寧勇の口調は、明らかに焦りを感じさせるものだった。あまりの焦りっぷりに、私は何か変な言葉を送ってしまったのかと一瞬困惑してしまったが、よくよく内容を聞いてみれば、何の変哲もないただの事実確認だった。


「私達は【マチヤクバ】さえ見れれば満足だから、二日目は行くつもりないよ?時間も旅費も掛かるし、数日後にはダイジェスト動画がネットにアップされるって告知されてたから、別にいいかと…。」

「あ…、そうよねぇ…。三人共【マチヤクバ】が発表されるまでは、見に行くつもりは無かったんだもの…、当然だったわ。」

「(ん?)」


-(この話の流れは、ちょっとマズいかも…。)-


 トラウマが成せる技なのか…、私は寧勇の口調から嫌な予感を感じ、直ぐに話の主導権を奪って寧勇に釘を打つことにした。


「寧勇…、先に言っておくけど、フェスについて何か知っていても()()()()()()()()()だからね。寧勇には出演者として守秘義務があるはずなんだから、私達の為だろうと自分以外の出演者の情報を漏らすなんてことしたら問題になるよ。」

「そ…、そんなの分かってるわよ。」


-(…本当かな?速攻で電話してきたところを見るに、直感で動いてるように思うんだけど…。)-


「うん…、なら良かった。余計な心配してごめんね。」

「いえ、私の方こそ…。心配かけるような挙動をしてごめんなさい。燐は色んな情報を知りたがる割には、そういうところはしっかりしているのね。」

「情報厨だからこそ注意してるんだよ。情報の出所っていうのは、調べられると直ぐに特定されてしまうんだから、自分が特別な立場にいることを自覚しているのなら、発言には常に気をつけていないとね。」


 隣で私の通話を聞いている氷華も、その内容には納得している様子だった。有益な情報を得られるチャンスだったのにも関わらず、私がそれを妨害したことに氷華は一切不満を見せず、むしろホッとしている表情をしていた。私達は『炎上』という言葉に敏感な【ヲタク】属性だったので、それを回避する為であれば自分の欲なんて二の次で大丈夫だった。


「ねぇ、それは燐が色んな情報に触れて来た経験から学んだこと?」

「……。」


 寧勇からの質問を受けた私は、一瞬だけ高二の春の光景を思い出してしまったが、直ぐに脳裏からかき消した。


-(寧勇が私に聞いているのは()()()()()()。)-


 私は脳内をちゃんと()に設定し直し、寧勇から求められている答えを出来るだけ分かりやすく言葉にした。


「うん…、そういうこと。情報は曖昧なものでさえ人を踊らされることが出来てしまうから、知らない間に自分が【加害者】にも【被害者】にも成り得てしまうんだよ。それが怖いから、私は出来るだけ不確定な情報は発しないように心がけてる。そのせいで【秘密主義】や【口が堅い】って思われてしまうこともあるけど、下手に誰かを踊らせてしまうよりはそっちの方が平和的に済むでしょ?」

「そうかもね。人の悲しむ顔が苦手な…、燐らしい考え方だと思うわ。」


-(うーん…。自分で言っておいてなんだけど、今の説明だとネットリテラシーの解説みたいだな…。)-


 寧勇には『私らしい』と言われてしまったが、私は出来れば【全ネット民】にこうあって欲しいと願うばかりだった。私が色んな情報に触れて学んだことは何も取別ではなく…、SNS時代の現代では当たり前のことでしかなかった。

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