糊浮きの冊子 Action 13ー1
無事(?)ハカセさんのポップアップストアを堪能した私達は、他のお店に寄ることもなく最寄り駅へと戻って来た。整理券に記載された制限時間ギリギリまで店内を徘徊していたこともあって、私達は『足が棒になる』という状態に成り果てていた。電車を待つ駅のホームで二人して柱に寄りかかり、疲れと余韻に浸りながら私達は感想等の思いを語り始めた。
「楽しかったけど…、やっぱり疲れたね。」
「だねぇ…。体力的にもそうだけど、気を張ってて疲れたというか…。」
「ホントそれ。ごめんね、こんなことにはなると思わず…、軽く誘ったりして。」
氷華の申し訳なさそうな表情は、きっとお店のことだけではなく、男性に絡まれたことも気にしているのだろうと私は察していた。例えあの事故があろうとなかろうと…、私は氷華に『感謝の気持ち』しか伝えるつもりはなく、『謝罪して欲しい』などという気持ちは露ほども思っていなかった。
「全然気にしてないよ。楽しかったのは事実だし、氷華に誘って貰わないと、私一人じゃ絶対行けなかったお店だもん。見てたでしょ?私がモニターに囚われていたときのあの目つき。」
私は楽しかったという具体的な事実を見せつけることで…他を覆い隠し、氷華にあの件を考えさせないようにした。
「見てた見てた。モニター前に居たリンリン…、正に『食い入るような眼』をしてたよね。熱心なリスナーでも、中々あそこまで見惚れないと思うなぁ。」
グッズや展示品など、目移りするものが多くある店内の中で、私は比較的長い時間…モニターに映る映像を憑りつかれたかのように眺めてしまっていた。内容としてはプロモーションなどの映像が数秒ごとに切り替わって流れるという単純なものだったのだが、私はその中にあった《予告映像》に特別心が奪われてしまっていた。
「あの場所は撮影禁止エリアだったから、脳裏に焼き付ける他、情報を持ち帰る手段が無かったでしょ?情報厨の私としては絶対に忘れたくない映像だったから、何としてでも覚えて帰ろうと思って…ついね。」
「でもさ…、あんな熱心に見つめる程の情報量、あの映像にあったかなぁ。勿論、私も見るのを楽しみにしていた映像だったけど…、実写が映った訳でもないし、最後は⦅coming soon⦆の文字で締めくくられてたでしょ。いつものようなアニメーションPVの一部が、先行で見れるってだけのものかと思ったけど?」
氷華の言う通り、あの映像にはリスナーが喜ぶ要素はあっても…見惚れるようなものは映っていなった。数多くのハカセさんリスナーが集っていたものの、その映像を十周近く見続けていたのは、恐らく私一人だけだっただろう。
-(あの映像の不可解な点に気が付いたのは、あの場では私だけだった…ってことなんだろうな。もし気づいていたとしたら、モニターの前には私以外にも考察する人が居たはずだもんね…。)-
「あくまでも私の勝手な考察なんだけど…、あのPVはコラボ系の予告をしているような気がする。」
「えっ!?そんなヒントあった?」
「んーっと、まず…、あの予告PVにはボーカルが入ってなかったでしょ?折角リスナーに来てもらったのなら、少しくらい『声』の部分を聞かせても良いと思うんだけど…、それがなかった。それにPVで流れてたインストが、間違いなくハカセさんの曲調ではあるんだけど…、ハカセさん自身が歌う為の曲とは違うような気がしたんだよね…。どちらかと言うと提供用と言うか…【博士のお薬】に似たものを感じたから、ソロで歌うってことを想像すると何か違和感があるんだよ。」
「リンリンもしかして…、あの映像で流れていた音楽をずっと分析してたの?」
「まぁね…。目で見た記憶よりも、耳で聞いた記憶の方が曖昧になりがちだから、音に関してはあの場でずっと分析してた。」
「ガチじゃん…。」
氷華が驚いているのか引いているのかは微妙なラインだったが、私への偏見度が増したことは確かなような気がした。(だがそれで良い。)
「あっ、でもちゃんと映像も見てたよ。その中でも気になるもの…というか気になる記号があったから、ずっと引っ掛かってる。」
「記号?」
「そう。⦅〇⦆と⦅━⦆…、それと無限大のマークなのかなぁ?もしかしたら数字の⦅8⦆なのかもしれないけど…、そんな感じのマークがちょいちょい画面に抜かれてたんだよね。その演出がどうもわざとらしい気がして…、何かの匂わせじゃないかなーって思うんだけど…。」
「えぇ~、私、全然気づかなかったぁ…。リンリン流石だよ。」
-(ドヤぁー。)-
「伊達にSNS徘徊してないからねぇ。『影』や『匂わせ』を探るのはお手の物…って言ったら語弊がありそうだけど、その辺のアンテナは鍛えられてるってことかな。」
「つまりあのPVは、新たなコラボへの伏線?」
「まだ全然確定要素は足りないんだけどね…。せめて⦅×⦆のマークがあってくれたら、コラボ要素は高まってたんだけど…。」
-(『○○ × ○○』なんて表現があれば、ほぼ確定なんだけどなぁ…。⦅━⦆の使い方も分からないし…、謎は解けそうにないなぁ…。)-
氷華と話しながらも、私は店内で見た映像を思い返していた。何の癖も付いていない無い三つの記号は、『順番』も『読み方』も『使い方』も分からず、私の思考を混乱させていた。ポップアップストアを訪れた幾人のリスナーがそのことに気づいているかは分からないが、考察の続きは他のリスナーの意見を参考にする他進展がなさそうに思えた。
「……。ねぇ、考察することも含めて、ちょっとウチに来ない?」
「えっ、良いの?」
「うん。実はこの間言ってた『海』の件も調べてたところだから、それも一緒に見てもらいたいなーっと思ってたんだ。それに来週はフェスでしょ?どうやって行くかもまだ決めてなかったし、楼羅も含めて話さないと。」
「あ…、そっか忘れてた。フェスの会場って地味に遠いから、計画してないと流石にマズいよね…。」
「そうだよ。リンリン…、本当に忘れてたみたいだね。」
私の悩む表情を見て、氷華は気転を利かせるように私を家に誘ってくれた。幸いにも私はグッズを買い込んだりはしていなかったので、軽い気持ちで氷華からの誘いに乗ることが出来た。逆に氷華はグッズをそれなりに買い込んでいたので、私から氷華を寄り道に誘うことは難しいと思っていたところだった。
-(これは色々と幸いしたなぁ…。解散するには早いと思ってたし、話さなきゃいけないことも気づけたし…、氷華の気転に感謝!)-
「ありがとう氷華ぁ。最近色んなことに興味が散乱してたせいか、本当に忘れてたよ。」
「ん~…。何となくだけどさ…、最近のリンリン、何処か余裕がなさそうだよねぇ。」
「え、そうかなぁ…?」
「うん…。気のせいなら良いんだけどさ…、一人で思い詰めるようなことだけはしないでね。」
「…大丈夫だよ。今の私、人生の中で一番ポジティブな期間に入ってる気がするし…。興味が散乱するのは、きっと自分の持っていた陰の性質が少しずつ変わってきて…色んな人達と接する機会が増えたからだと思う。それって悪いことではないと思うんだよね。」
私がそう言うと、氷華は少し驚いたようにも見えたが、すぐにその表情は悩まし気なものに変わっていった。
「その台詞が言える時点で、確かに変わったと言えるかもね。悪いことじゃないっていうのは分かるけど…、私としてはちょっと複雑かなぁー。」
「何で?」
「うーん…。ヤキモチ…とか?」
「え…可愛い。」
私が氷華の照れ顔に見惚れていたそのとき、私達が待つホームに次の電車がやって来るというアナウンスが流れた。私と氷華は柱から体を起こすと、電車の扉が開く場所に向かって歩を進め始めた。
「(……!)」
私はふと隣に立っている氷華に対し、悪戯に腕を組むというコミュニケーションをとってみた。氷華から笑顔を引き出したい…、そんな思い出行動してみたが、どうやら効果は抜群に思えた。氷華は笑い顔を私に見せぬよう…組んだ腕とは反対の方を向いてクスクスと笑い続けていた。