コラージュに混じる姫と王子 Action 12ー7
楼羅と言い合いをしたその日の夜…、私は寧勇に電話を掛けた。
「もしもし寧勇、今電話掛けても大丈夫だった?」
「ええ、平気よ。……。場所を変えるから、少しだけ待ってもらっていいかしら?」
「あ…、うん。分かった。」
寧勇の背後から聞こえる生活音に、私は少し困惑してしまった。…と言うのも、今からしようとしている会話は、他の人には絶対に聞かれてはいけないという内容だったからだ。
「……。もしもしお待たせ。何か相談事かしら?」
「あ、うん…。ちょっと報告をね、しようと思ったんだけど…。場所を移動したってことは、今…望月さんと一緒に居たんじゃないの?本当に電話してて大丈夫?」
「大丈夫よ。壬は今、昨日作った餃子をキッチンで焼いているところだから、一緒に何かをしてたって訳じゃないの。ふふっ、壬ったら、思いの他焼くの楽しみにしてたみたいで、気合いを入れて缶ビールを買って帰って来たのよ。」
「それは良かった。」
寧勇からの平和な報告が聞けたことで、私の緊張は少しだけ解けたが、心の負荷が軽くなることはなかった。
「私としては、燐と一緒に食べたかったのに…、燐ったら『時間』と『臭い』を気にするんだもの。ちょっと残念だったわ。」
「う~ん、ごめんね。作る工程のことばかり考えてたから、自分が食べる想定をしてなかったんだよ。」
「まぁ、そこは仕方ないわね。…それで、さっき言ってた報告って何?」
楽し気な雰囲気のまま、寧勇が私に問いかけて来た。今の雰囲気にそぐわぬ話をしようとしている私は、小さく深呼吸をすることで、空気にリセットがかからないものかと試みてみた。私の吐息が聞こえていたのか分からないが、寧勇は黙ったまま私がしゃべり出すのを待ってくれていた。
「うん…。今日ね、氷華と楼羅に…、寧勇が恋人に対して恋をしていないってこと…、バラしちゃったんだ。その流れで、恋人が小薬さんをバックアップしてくれている人物だってことも気づかれちゃった。…ごめん。」
「…そう。でもそれって燐が自らバラしたんじゃなくて…二人が気づいてたって話じゃないの?」
「えっ…、なんで…。」
私は寧勇の反応に驚いてしまい、それだけしか言葉が出てこなかった。私としては、割と罪深きことを懺悔しているつもりだったのに、当の本人はあまりにもケロっとしている上に、すぐに事情を把握してしまっていた。
「やっぱり、そういうことね。二人の目の前であれだけ取り乱したんだもの…、気づかれて当然だわ。」
「寧勇は既に『気づかれてる』って自覚があったの?」
「それなりに…ね。だからあのときに言ってしまうつもりだったんだけど…、二人に気を遣われちゃったから、言えずじまいになってしまってたの。」
「そっか…。」
私は【くつぬき】で起こったことを想い出しながら、既に寧勇の肝が据わっている理由を把握した。確かにあの状況では、二人が何処に違和感を感じていてもおかしくなかった。それをあえて見逃してくれているような状態だったので、寧勇的にはいつ指摘されても『当然』と思える事柄だったのだろう。
「それで?どうして燐は、二人にそのことを話さなくちゃいけない状況になってしまったの?氷華と楼羅が、無理に燐から話を聞こうとするとは思えないのだけれど…?」
-(ギクッ…)-
「あ゛ー、それは何と言いますか…。方向性の違いから、私と楼羅が言い合いになりまして…。それを見ていた氷華が、原因が私の情報量にあることを突き止めた…って感じなのかなぁ。さっき寧勇が言ったように、氷華はこの時点で既に気づいてたみたいだから、喧嘩の原因にも気づけたんだと思う。それで喧嘩を収める為に、氷華から『燐が持ってる情報を少し共有させてもらえないか』って提案された次第なのです。」
楼羅の気持ちを寧勇に知られる訳にはいかないので、私は持てる限りのオブラートを使った状態で、寧勇にそのときの状況を説明した。動揺のあまり…所々言葉使いがおかしくなっていたものの、『申し訳ない』という気持ちを盾に使うことで、それをどうにか誤魔化そうとした。
「つまり、燐と楼羅は【私】が原因で喧嘩してたってことなの?」
「うーん…、確かに言い合いのきっかけは、寧勇の話をしていたことに始まるんだけど…、私が感情的になった理由はそこじゃ無かったから、寧勇が原因って訳ではないよ。」
「そう…。そう言って貰えても、やっぱり責任は感じてしまうわね。私がちゃんと事の次第を伝えていれば、そんなことにはならなかったかもしれないのに…。」
言葉の雰囲気から、明らかに落ち込んでいるであろう寧勇の様子を察知し、私は慌てて声を掛けた。
「あー、ダメダメ。寧勇に凹まれると困るから、そういうのはナシ!寧勇は言わなかったんじゃなくて、言わせてもらえなかったんだから、そこを気にされると二人も気に病んじゃうよ?それに、言い合いを仕掛けたのは間違いなく私からだったし…。私がもっと冷静でいられれば、こんなことにはならなかったんだよ。」
私が自分に非があることを懸命に伝えると、寧勇の居る場所から、小さな笑い声が聞こえて来た。
「ふふっ…、燐って時々情熱的になるわよね。自分ではよく【陰キャ】って言ってるけど、私には全然そんな風に見えないわ。」
-(…ん!?)-
「え…、そう?」
「そうよ。特に人が困ってたり…病んでたりする場面だと、燐は感情が出やすい気がするわね。今日だって、そういう場面があったから、燐は口を割ってしまったんじゃないのかしら?」
そう言われ、私の感情が動いた場面を思い返すと、【諦めたような表情の楼羅】と【喧嘩を見て悲しそうな氷華】の姿が頭に蘇ってきた。
-(あぁ、確かに…。私の感情は負の場面に揺れやすい…。)-
「そうだね…。言われてみれば、私はああいう表情に弱いのかもしれない。」
「でしょ?そういう点は、壬に似てるとも言えなくはないはないわね。いえ…、むしろ逆なのかしら?」
「どういうこと?」
「燐は人の困っている表情に動かされやすいけど、壬は人の喜んでいる表情を見る為に動いているように思えない?言い換えれば同じ意味になるのかもしれないけど、原動力は不思議と真逆なのよね。」
その言葉を聞いた私は、自分がそれと似たような言葉を発したことを思い出してしまった。
-『そう考えると、寧勇と楼羅とは一緒であり逆でもあるよね。相手を気遣うあまり、正直な気持ちを言えないってところは一緒だけど、その気持ちは逆と言うか何と言うか…。』-
-(そっか…。同じだから共感できるし、違うから興味が沸くのかもしれないな…。)-
自分で放った言葉がブーメランのように帰って来たことで、私はそれを潔く受け止める他なくなってしまった。
「…うん、そうだね。きっと同調と関心が混じり合うからこそ、私達は『惹かれる』って現象に陥るんだろうね。」
「私達?」
「そう、私達全員。【友達】にしろ【アーティスト】にしろ【恋人】にしろ…、その二つが無いことには関係は成り立たないでしょ?」
「確かにそうね。つまり燐は、今ある関係全てに『惹かれてる』ってことになるのかしら?」
「形や大きさは違えど…、そういうことになるんじゃないかな。寧勇が私に何を言わせたいのかは知らないけど…、間違いなく、私は惹かれているよ。」
「ふふっ…、そうなのね。」
「随分楽しそうだね。」
「ええ、きっとこれが俗に言う『尊い』っていう気持ちなんだろうなーっと思って。」
「そんな言葉覚えなくていいからっ。」
顔が見えずとも、電話の向こうで寧勇がにやついている様子が窺えた。それはきっとこちらも同じことで、寧勇も私の表情を容易に想像出来たことだろう。
「もうそろそろ餃子が焼きあがる頃だろうし、とりあえず電話はここまでにするわね。氷華と楼羅には、また今度私から話をするから安心して。」
「お手数おかけして申し訳ない…。」
「ふふっ、何よそれ?お手数かけまくってるのは私の方じゃないの。だから気にしないで。」
「うん…、ありがとう。じゃあね。」
そう言って電話を切ると、私はそのままベッドに倒れ込んだ。何もない天井を見上げながら今日の出来事を思い返していると、無意識に大きなため息が出てしまっていた。
-(私は、何をすればいいんだろう…。)-
思えば私はずっと流されるがままに行動をしていた。ライブに行ったことも、家にお邪魔したことも、録音機材に触れさせてもらったことも、全て私が起こした行動ではない。決してそれが不服という訳ではないのだが、いざ自分の気持ちに向き合って行動しようとすると、一体何をすれば良いのかが全く分からなかった。
そんなことを考えながらボーっとしていると、握っていたスマホからアプリの通知音が聞こえて来た。何かと思って画面を確認してみると、そこにはSNSからのライブ配信予告が表示されていた。
-(これは…、いわゆる"釣りタイトル"なのでは?)-
思わず眉間にシワを寄せたくなるそのタイトルは『ハカセの重大告知』という如何にもと言った感じのものだった。