[コラージュに混じる秘と逵] Action 12ー6(Hyouka's short story.)
午後九時過ぎ、バイトから帰宅した私は晩御飯を食べようとリビングへと向かった。この時間帯までバイトのシフトが入っているときは自ずと私一人で晩御飯を食べることになるのだが、リビングの様子を見る限り、まだ楼羅も晩御飯に手をつけていないようだった。
-(珍しい…。いつもならさっさと食べ終わって、店の手伝いか夜道を徘徊してるのに…。)-
私と違い…割と活動的なことを好む楼羅は、課題があるとき以外部屋に引き籠る人種ではなかった。それなのに今日の楼羅はずっと部屋に引きこもっているらしく、どうやらご飯を食べることすら忘れているようだった。
「楼羅ぁー、一緒にご飯食べよぉー。」
「……。」
リビングから楼羅の部屋に向かって私は大きく声を出してみたが、その声にも楼羅は無反応だった。流石に心配になってきた私は直ぐに楼羅の部屋に向かい、生存確認をしようとドアを叩こうとした。だけどちゃんと締まっていなかったそのドアは、少し手が触れただけで図らずも大きく開いてしまった。
「楼羅…、起きてる?」
先にちゃんと声を掛けてから、私は部屋の中を覗き込んだ。すると、その部屋のパソコンの前には、ヘッドホンを装着したまま真剣な表情をしている楼羅の姿があり、『妹が部屋を覗いている』なんてことに全く気づいている様子はなかった。
何をしているのか気になった私は、そっと部屋の中に入り、楼羅の背後を取ることにした。もし、私が見てはマズそうなことをしていた場合は、しれっと後ずさりをするつもりだったのだが…、どうやらその心配はなさそうだった。
上手く背後をとれた私は、片手を振りかざし、そのまま楼羅の頭 (ヘッドホン)目掛けて脳天チョップをくらわせた。
「(ガツッ…)」
「……ぃってぇ!?」
「言う程痛くはないでしょ…。そのヘッドバンド、クッション効いてるはずだし。」
「そうかもしれないけど、普通にビビるからね?何急に人の頭に拳入れようとしてんの?」
「拳じゃなくて掌底だよ。」
「そういう問題じゃないから…。俺、殴られるようなこと何かしたっけ?」
「ゴ・ハ・ン。呼んでも返事してくれないから、物理でやらなきゃと思って。」
「それは『ごめん』だけどさぁ…、やるのは勘弁してくれ。」
「……。」
「…何、やっぱり怒ってるの?」
「別に…。」
そう言ったものの、私の態度は明らかに感情を隠しきれていなかった…。自分のやっていることが八つ当たりという自覚はあったが、それを認めるようなことは言いたくなかった。楼羅が悪くないと分かっていても、私は楼羅に当たる他、このモヤモヤを晴らす手段は思いつかなかった。
「それで?ご飯も食べないで一体何をしてたの?」
「あー、これ?燐から貰った現行デバイスのリストを見ながら、それぞれのスペックを確認してた。あまり時間もなさそうだし、購入するときにまごつかないようにしとかないとと思って。」
そう言って見せてもらったパソコンの画面には、私にはあまり見慣れない音響機器の閲覧履歴がズラリと並んでいた。よく見ると、画面上には複数のタブが展開されていて、どうやらレビュー動画等を見ながら一つ一つのデバイスを確認していたようだった。
「例の寧勇用のデバイス?これって結局、燐が寧勇の恋人に頼んで見せてもらったってことになるのかな?」
「どうだろう。その人が居ない隙を見て、寧勇の手引きで見せてもらった可能性もあるんじゃないかなぁ…。」
-(やっぱり…、それの真実も聞いてないのかぁ…。)-
楼羅の追及心の低さは、もはや短所と呼ぶべき代物だと思う。今の答えだって、楼羅は気にならないはずがないのに、その真相をリンリンに確かめるような質問はしていないらしい。私も言う程追及心は高くないが、楼羅のそれは私も心配になるレベルだった。
「ねぇ、楼羅がネーサを好きになったってこと…、どうして私じゃなくてリンリンに相談したの?」
「ん、どういうこと?」
「だって楼羅って、例え相手に気になることがあったとしても、それを無理に聞こうとはしないでしょ?リンリンに対しても同じみたいだし…、それで相談って成り立つのかなぁーって。」
「つまり、『真実を求めない相談に意味はあるのか』ってこと?」
「んー、まぁそんな感じかな。楼羅が容赦せずにいられる相手って、結局私だけでしょ?正しい結果が出てくる訳ではないけど、相談相手としては私の方が適任だったんじゃないの?…って思うんだけど。」
「もしかして、それで拗ねてたの?」
「…悪い?」
「いや。嫉妬してくれる妹がいてくれて、俺としては鼻高々だよ。」
「それ、外で言っちゃダメだよ。下手したら界隈の人から刺されるよ。」
「きゃぁー。(※棒読み)」
-(…って違う。危うく自分から話を逸らすところだった…。)-
「きゃぁーはいいから…、理由を教えてよ。楼羅は幸せへの近道を知る為に、助言を求めようとは思わないの?」
ご飯を食べようと呼びに来たのにも関わらず、私は楼羅から話を聞こうと、居座る意を込めてベッドに腰を下ろしていた。楼羅は装着していたヘッドホンを外し、椅子を180度回転させてこちらに向き直ると、少しだけ首を傾げた。
「助言は要るよ。だけど俺が求めている助言は『勧告』じゃなくて『忠告』になるんだと思う。」
「忠告?」
「そう。『何々をしなさい』じゃなくて『何々をしてはいけない』っていう方の助言。そっちの方が、俺のスタイルに合ってる。だから燐に打ち明けた。俺は背中を押して欲しい訳じゃなくて、間違った道に行くのを止めて欲しいだけだから。」
「……。」
そう言っている楼羅を、私は見極めるつもりで目を凝視し続けたが、楼羅がその目を逸らすことはなかった。
「(はぁ…。)寧勇が小薬さんだと知って、直ぐに対策を立てていたはずなのに…。結局好きになろうがならまいが、楼羅は自分じゃなく…相手が変わってしまうことが怖くて、何も望めないんでしょ?」
「…そうだよ。欲張った結果、失うことになるのはもうコリゴリだから…。氷華とは家族であることは変わらないけど、他はそうもいかないからね。慎重になるのは仕方ないと思ってくれないかな?」
-(私は確かに変わらない…。だけど、それを言い訳に使うのは違う。)-
諦めたかのよな表情で妹を引き合いに出す楼羅を、私は簡単に許す訳にはいかなかった。
「楼羅、私達…何の為に別々の高校に通ったか忘れたの?」
私からのその問いに、楼羅はたじろむような表情を見せ、そのまま視線を下ろしてしまった。
「お互いに依存しない為…でしょ。それは分かってるよ。だけど氷華だって俺に嫉妬してる訳だし、お互いに他の誰かを愛そうとするのは難しいってことなんだよ。」
「…私を引き合いに出すのはズルくない?」
「そう?」
「そうだよ。確かに私は嫉妬してるかもしれないけど、邪魔しようとまでは思わないもん。それに、私はまだ誰も好きになったことがないから、楼羅みたいに保守的になるかどうかも分かんないし…、もしかしたら楼羅のこと邪見に扱う日が来るかもしれないよ?」
「そんなん泣くわ。」
私からの容赦ない追撃に、楼羅は思わず天井を見上げていた。私は半分面白がって言葉をオーバーにしていた節があるので、ここは責任をもって楼羅の精神をリカバリーすることにした。私はベッドから立ち上がり、天井を見上げている楼羅を覗き込むと、『えいっ』と言って指先でオデコを抑え込んだ。
「…!?」
「まぁまだ分かんないけどさ、そういう日が来たときの為にも、楼羅はもう少し私以外の人に干渉することを覚えた方が良いのかもしれないよ。」
「干渉?」
「そう。例えば、そうだなぁ…--。」
私は指先を楼羅のオデコから外し、そのままパソコンのディスプレイを指差した。
「今見てたっていうデバイス…、これって寧勇に合わせて揃えようとしてるみたいだけど、楼羅が使いたいと思ってるデバイスはきっと他にもあるんでしょ?」
「まぁー、それはあるけど…。」
「小薬さんの現状を守りたいっていうのも分かるけど、寧勇が今求めているのは『成長』だったり『新しい環境』だったりする訳でしょ?だったら多少は干渉してあげないと、寧勇の望む変化は与えてあげられないんじゃないかな?」
「望む…変化…。」
楼羅はそう一言呟くと、何をする訳でもなく、ただじっとパソコンのディスプレイを眺めていた。その様子から、私は自分の例え話が下手だったことを悟った。
「うーん…、今のは例え話だからピンとこないかもしれないけど…、要は楼羅が私以外の人の幸せを願う日が来るなら、ちゃんと構ってあげることも必要だと思うよってハナシ。何も干渉しないでいることがその人の幸せになるっていうのは、『自分のせいでは不幸にならない』ってだけの、ただの都合の良い言い訳にしかならないから。折角相手が手を伸ばしてくれているんだから、その手を引いてあげないことには格好つかないでしょ。」
私がそう言うと、楼羅はため息を漏らしながら頬杖をつき、視線だけをこちらに向けた。そして顔色を窺うように、私のことを見つめていた。
「格好つかない…か。氷華はやっぱり格好の付く兄を御所望で?」
「そりゃそうでしょ。別に【今の兄】に不満がある訳じゃないけど、出来れば友達には【格好良い兄】を見てもらいたいかな。」
「そっか…。妹がそう言うなら、兄としては目指さない訳にはいかないな。」
いかにも『仕方なく』といった感じで楼羅はそう言っていたが、その表情は心なしか『前向き』といった雰囲気を醸し出していた。きっと楼羅の中で何かが切り替わったんだと思うのだが、その言い草がしょうもないものに思えてしまい、私にはどうにも締まらない決意に聞こえてしまっていた。
「目指してくれるのはありがたいけど…、その発言だとただのシスコンだよ。」
「……。」
「……フッ。」
私達は自分たちのやり取りが可笑しくなってしまい、顔を見合わせクスクスと笑いあった。そして一頻り笑ったあと、私達は晩御飯を食べようと一緒にその部屋を出た。
「……。」
部屋のドアを閉めたとき、ふとそこに掛かっていたドアプレートに目が行ってしまった。私と楼羅、それぞれの部屋に掛けられたそのドアプレートは、小学校の図工で制作した作品だった。アルファベットで《ROURA》と書かれたその文字は、母音と子音で色分けがされていて、板の右隅には小さく《裏面》と書かれている歪な作品だった。
-(《裏面》って…。この作品、今見ても面白いなぁ。)-
私はドアプレートに手を伸ばし、《表面》という名の裏面を確認しようとした。その瞬間、楼羅の『おい』と言う声が聞こえ、私はその動きを止められてしまった。
「何してんの?」
「ん?たまには《表面》見たいなぁと思って。」
「『たまには』って…、ひっくり返さなくても毎日見てるでしょ。」
「…まぁね。」
私は結局ドアプレートをひっくり返すことなく、部屋の前を去ることにした。楼羅に指摘された通り、私は毎日《表面》を見ていた。だけどそれは楼羅の作品ではなく、私の作ったドアプレートのことだった。別クラスで作っていたはずの私達の作品は、まるでコピーしたかのような出来上がりだった。
『自由に名前を書いて良い』…、そう言われた私達は、当然のようにお互いの名前を両面に書いていた。表には【ヒョウカ】裏には【ロウラ】、『表裏一体』という言葉が名前の由来だと知った、私達流の最高の洒落だった。