仮称・サブスティテュート Action 11ー10(Four years ago.)
元会長に詳しい話を聞いたところ、【あの子】は以前から居た火力強めの追っかけであることが分かった。元会長は性格上、人に対して『冷たい言葉』や『突き放すような言葉』が言えず、そういった好意(行為)に対しても厳しく注意することが出来なかったそうだ。そうしている内に、偶然とはいえ【あの子】に優しく接する機会を与えてしまい、さらに火力が上がってしまった【あの子】は『出待ち』などの行為を行うようになってしまった…、ということだった。
「因果応報じゃないですか…。ちゃんと注意や拒否をしていれば、ここまでならなかったかもしれないのに…。」
「まぁ、そうなんだけど…、『もしかしたら泣かせてしまうかも』って思うと、強く否定出来なくて…。」
「はぁ~…。とりあえず、今日のところは私が【あの子】を上手く撒きますので、先輩はその防犯カメラを見て帰るタイミングを計ってください。スイッチングすれば校門のカメラアングルも見れるので、ちゃんとそこから出て行くところを見てから玄関には向かってください。」
そう言いながら私が松葉杖を手に取ると、元会長は少し慌てて私に声を掛けてきた。
「ちょっと待って。流石に怪我をしてる籠崎さんにそこまでさせられない。それに、また籠崎さんがウザ絡みされるかもしれないし…。」
「お気になさらず。どうせトイレには行くつもりだったんでオマケみたいなものです。それと、私はちゃんと【あの子】を突き放したので、すれ違う程度の接触なら面倒なことにはならないでしょう。まー、こんな時間稼ぎが通用するのも今日だけなんで、もし先輩に大事な後輩がいるなら、先輩もちゃんと『突き放す』ことも覚えた方がいいと思いますよ。」
「どういうこと?」
疑問符を浮かべている元会長に、私は妄想を交えて『突き放さないこと』の危険性を教えた。
「だって、先輩はもうすぐ卒業して居なくなるかもしれませんけど、残っている後輩や新入生は【あの子】と一緒に学校生活を過ごすんですよ。もし先輩が【あの子】を突き放さないまま卒業すると、きっと【あの子】はそういう人達を頼って、先輩のことを知ろうとするんじゃないですか?そうなると、先輩の目の届かない所で何が起こってもおかしくありませんから……。」
「…それはダメだ。」
「!?」
元会長の言葉によって話を途中で遮られた私は、その迫真さも相俟って、思わず『続く言葉』を飲み込んでしまった。元会長は、自分のやっていたことが『誰かが傷つくことへの先延ばし』だと気が付くと、力なくため息をついた。
「そうか…。俺が我慢してれば良いだけかと思ってたけど、とんだ勘違いだった。時間が経てば追っかけなんて勝手に辞めるだろうと高を括っていたのは、確かに甘い考えだったかもしれない。俺の周りに居る人達にまで害が及ぶ可能性があるなら、こんなこと…先送りにするべきではないな。」
「…分かって頂けて何よりです。」
元会長の言葉を聞いて安心した私は、そっと胸をなでおろした。そして今日だけのサービスとして【あの子】を撒きに行く為、私は松葉杖を使って椅子から立ち上がると、覚悟を決めたであろう元会長に助成の一言を付け加えた。
「先輩にとって何が大切なのかをちゃんと考えてもらえれば、先輩が取るべき行動もちゃんと見えてくると思いますよ。女性を悲しませたくないっていうその優しさは買いますけど、大切なものを守るためには、ちゃんと『突き放す』ことも大事なんです。」
「随分詳しいね、実体験とか?」
「いいえ。これはヲタク特有の癖ですよ。好きの気持ちを壊されない為には、程よく距離を保つのがコツなんです。」
そう言い残し、松葉杖を小脇に挟んだ私は、元会長を準備室に残したままコンピュータ室を出て行った。
そこからの作業は割と簡単だった。私は職員室側から玄関へと向かって行き、そこに立っていた【あの子】に『今から先生が巡回で下がって来るから、外に出た方が良いよ』と何気なく助言を告げた。『あなたも今から帰るの?』という質問に対しては、『私は車を横付けしてもらう為に、来客用の玄関から出て行く』という適当な口実を言い、玄関にあった自分の靴を取ってから来た道を戻るようにしてその場を去った。もしかしたら元会長の『居場所』や『帰宅状況』を質問をされるかとも思っていたが、私の松葉杖をついている姿は思いの他説得力があったらしく、【あの子】はすんなり出口の方へ足を向かわせてくれていた。
-(よし…。これであとは【あの子】が校門から出て行くところを先輩が防犯カメラで見てくれていればOK。もしかしたら私がトイレから戻る頃には、先輩はもう帰ってるかもな…。)-
そう思いながら、私は靴を持ったままの状態で一階のトイレを使用し、そのあと玄関を経由しながらコンピュータ室に戻ることで靴を元の場所へと戻すことに成功した。玄関に【あの子】が戻ってきている様子もなかったので、陽動作戦は成功したものだと思い、私は意気揚々とした気分で二階へと上がった。
二階の廊下の突き当りにあるコンピュータ室に到着し、私は扉を開けようとして手を伸ばした…。その瞬間、真横の壁からうっすらとだが歌声のようなものが聞こえた気がして、私は手に込めていた力をそっと解いた。
-(壁の向こうは準備室…。置きっぱなしにしてたスマホの音、消し忘れてたかな…?)-
私はゆっくりと扉を開けてコンピュータ室の中に入り、その隠密機動のまま準備室の方へと足を向かわせた。準備室の入口に立ち、中の音を確かめる為に聞き耳を立ててみると、扉の向こうから《花占い》を口ずさんでいる元会長の歌声が聞こえて来た。
-(あれ…、まだ帰ってなかったんだ…。)-
元会長がまだ帰っていなかったことを不思議に思いながらも、私は目の前の扉に手を伸ばすことが出来なかった。
-(扉を開けてしまうと、この歌が止まってしまう…。)-
この歌をまだ聞いていたいと思った私は、悪いと思いながらも盗み聞きを続けてしまった。歌詞もメロディーも雰囲気先行で『適当』と呼ぶに相応しい歌声だったが、私はその歌をとても素敵だと感じていた。
「(ふっ…、楽しそう。)」
バラードでありながら、何故か笑顔で歌っている元会長が容易に想像出来てしまい、私は無意識にそう呟いていた。歌詞の英語部分だけは、妙に本家(砌さん)に寄せて歌っている気がしたが、きっとその部分を何回も聞いて練習したのではないかと思うと、微笑ましい上に誇らしと感じてしまった。元会長が少しずつでも"歌うこと"を好きになっているような気がして、私は他人でありながら自分のことのように嬉しくなっていた。
-(そろそろ入りますか…。)-
部屋の中から歌声が聞こえなくなったタイミングを見計らい、私は持っていた松葉杖をわざと床に強く擦りつけ、あたかも今コンピュータ室に入って来たかのような演出をした。盗み聞きをされていたなど思っていない元会長は、私が準備室に戻って来るや否や『おかえり』と言い、それに続けて感謝の言葉を語り始めた。
「籠崎さんのお蔭で本当に助かった。ちゃんと【あの子】も帰ってくれたし、俺も今までの間違いに気づけた。本当にありがとう。」
「全部偶然ですよ。先輩だって、妹さんがこの学校を受験するって決めてなかったら間違いに気づかなかったかもしれないですし…。」
「…え?」
「あれ…、妹さん、来年入学予定だって言ってましたよね?私はてっきり大事な後輩となる妹さんに被害が及ぶかもしれないって危惧したから、ことの重大さに気づいたのかと思ったんですけど…、違いましたか?」
「…あ、あぁ~、そうだね。確かにそれはそうだ。」
「…?(歯切れが悪すぎる…。)」
元会長の言いよどむ姿を見た私は、そこから別の可能性を考えたが、それを質問する勇気は私には無かった。そんな私の思いをよそに、元会長は防犯カメラの映像が映っていたモニターの前から移動し、私に席を譲るような形で部屋から出て行こうとしていた。出入口の前に立ったこちらを振り向くと、元会長は今日見た中で一番穏やか表情を私に見せてくれた。
「今度【あの子】に話しかけられたら、ちゃんと突き放すよ。今まではなあなあにあしらってたけど、これ以上【あの子】に期待をさせる訳にはいかない。俺の周りに迷惑が掛かるし、なにより【あの子】の為にならない。」
「何て言って突き放すつもりですか?『嫌いだから』とか『興味が無い』とかは、あの手の相手には効きませんよ。先輩の興味を引くために今の行動をやってる訳ですから、感情を言い訳に使ったら、多分論破されます。」
「大丈夫、ちゃんと考えてる。…と言うか、さっきの籠崎さんの話を聞いて、伝えたい言葉を思いついた。」
「え…?」
準備室の扉に手を掛けた元会長は、少し考えるような表情を見せながらも、その言葉を教えてくれた。
「全貌は秘密だけど、これだけはちゃんと伝えようと決めている言葉がある。『君を特別扱いするつもりはない。』…、そう伝えれば、【あの子】はもう俺の領域に入ってこないだろう。もしそれでも入って来たときは、俺は【あの子】にもっと厳しい現実の言葉を伝えるよ。」
そう言ったあと、元会長は『それじゃあ、お大事に。』と一言付け足し、軽く手を振るようにしてコンピュータ室から去って行った。
-(『特別』…かぁ。平々凡々の私には、一番似合わない言葉だな…。)-
元会長の言葉を聞いて、私には気づいたことがあった。元会長には『特別』を使う相手がいる。きっと本人もそれに気が付いたから、あのとき《花占い》を口ずさんでしまったんだと私は思った。
「無数に揺れる花の中で 占いをして遊ぼうと 何気なく触れた一輪の花が 僕にとっての特別になり 花弁を摘む手が止まってしまった …。」
一人きりに戻った準備室の中で、私は元会長と同じように《花占い》を口ずさむように歌ってみた。元会長あんなに楽しそうに歌っていたのに対し、私の歌う《花占い》はまるでお経を詠んでいるかのような塩梅だった。風味が弱く、誰の心にも響かないその歌を、私はこの先誰にも聞かせないと誓った。