仮称・サブスティテュート Action 11ー8
一人になる時間を貰ったことで頭が冷静になり、改めて今の状況を見直した結果、私は本来の目的から行動がズレてしまっていることに気が付いた。
「あの…、私、録音する工程や環境が知りたくて今日ここへ来させてもらったんですけど…、一発撮りをするってなると、あまり知識面は得られない気がしてきたんですが…。」
私は話の腰を折ってしまう罪悪感を感じながらも、時間を置いて防音室へ戻って来た望月さんにそう伝えた。それを聞いた望月さんは至って冷静で、壁から伸びているマイクスタンドを気にしながら私の質問に答えてくれた。
「大丈夫、ちゃんと目的も分かってるから。だからまずは練習として、俺が適当な曲に声を入れながら『宅録の手順』や『機材』について教えていく。そこでデバイスやソフトの使い方を覚えてもらって、その後に本番として籠崎さんに歌を撮ってもらう。それでどう?」
そう言いながら調整されていたマイクの位置は、いつの間にか望月さんが歌いやすいような場所へと固定されていた。
「練習と実践ですか…。それなら確かに知識として身に付きそうです。でも、いいんですか?望月さん、さっきまで仕事してたのに、さらに声を使うようなことをして…。」
「まぁ本気のレコーディングをする訳じゃないから、喉を酷使するようなことはしないよ。籠崎さんにとっては物足りないかもしれないけど、調整をするだけであって手を抜くことはないから、そこは大目に見てもらってもいいかな?」
「それは勿論。時間を割いてもらっているだけでも貴重なのに、そこに文句をつけるだなんてあり得ませんよ。」
私がそう言うと、望月さんは周囲にあるデバイスを確認しながらも、苦笑いを浮かべていた。
「あいかわらず謙虚だねぇ…。ところで、『自分の曲にボーカルを入れること』が目的じゃないなら、何で籠崎さんはRECの環境に興味を持ってるの?小薬さんの声が寧勇だって知ってしまったから、『あの歌声の秘密は機械にある!』…とか思ったりした?」
「いいえ。あの歌声が本物だってことは、言葉で説明されるよりも先に耳で理解しましたよ。なんせ…、何の変哲もないカラオケボックスで生歌を聞かされましたから。」
私はあの日の出来事を思い出してしまい、つい顔が笑ってしまった。しかし、思い出し笑いをしているところを望月さんに見られてしまっては恥ずかしいので、私は直ぐに話題と表情を切り替えた。
「私が録音環境に興味がある理由は、もっと単純でありきたりなものです。」
「…聞いていい?」
望月さんは作業していた手を止め、私の話を正面から聞こうと体を向き直した。その行動に、私の心臓は一瞬大きな音を立てたが、緊張よりも嬉しさが勝り始めていた私は、ちゃんと話を聞いてもらおうと心を落ち着かせて望月さんを見つめた。
「『将来を見据えて』…ですよ。私が今後向かう先には、この知識が必要だと思ったんです。今までみたいに自己流や独学で知識を集めるのも良いんですが…、自分の為じゃなく、誰かの為の知識になることを考えた場合、そこには『生きた知識』が必要だと思ったんです。」
未だ複数の真実を隠していることに変わりはないし、言葉も濁したまま…。これが『素直』と呼べるものだとは思わないが、今言える本当のことは伝えておきたかった。それは、高校生のときの私に出来なかったことを、今の私がやらなければという衝動的な感覚に近かったのかもしれない。奇跡とも呼べるこのときを、『嘘』や『口実』で埋めるようなことをしたくないと思ってしまった。
「(そういうことか…。)」
囁くような声で、望月さんがそう言っているのが聞こえた。あまりにも小さい声だったので聞き逃してしまいそうだったが、伏し目がちにした望月さんは、明らかに何かを思いながらそう口にしていた。
「望月さん…?」
「ん?あぁー…、成程ね。だったら俺も中途半端な知識を与える訳にもいかないし、しっかりと籠崎さんに教え込んでいくよ。」
「はい、よろしくお願いします。」
-(私、何か変なこと言ったかな…?)-
一瞬垣間見えた望月さんのぎこちない態度に違和感を覚えたが、望月さんから見れば私も『違和感製造機』であることに違いは無いだろう…。下手に掘り下げてしまえば、私の方がボロを出す可能性もあったので、とりあえず私は『気にしない』という選択をとることにした。
私の練習の為…、何か一曲歌うことになった望月さんは、私の座っている横からパソコンを操作して選曲を始めた。パソコンの画面には楽曲投稿サイトの検索画面が表示され、オススメやら過去の検索履歴などが並んでいた。
「そうだ。何か俺に歌って欲しい歌とかある?」
「えっ!?」
真横でパソコンを操作する望月さんからの問いかけに、私はついつい声を荒げてしまった。
「別にそこまで驚かなくても…。リクエスト型の歌枠配信なんてよくやってると思うけど?」
「そうですけど…、私ROM専に徹してたので、自分のリクエストが通るってことに何か不思議な感じがすると言いますか…。それにガチな生歌な訳ですし、選曲には失敗したくないという思いがヤバです。」
-(語彙力は死んだ。)-
「まぁまぁ、そんなに気負わずとも。単純に俺の声で聞きたい曲を言ってくれれば良いよ。出来れば俺が歌っていた記録があるものだと助かるな。その中から選んでもらえれば、軽い調整をするだけで直ぐに歌えると思うから。」
その言葉を聞いた私の脳裏に、とある曲を歌う望月さんの姿が浮かんだ。
「記録…ですか。…。それは記憶でも良いですか?」
「うん、まぁ…。籠崎さんが聞いた記憶があるってことは、きっとどこかの媒体で歌ってたことだろうし、いけると思うよ。」
その言葉を信じ、私は淡く残った記憶の中からあるバラード曲を手繰り寄せた。
「…では、砌さんの《花占い》なんてどうでしょうか?」
「《花占い》かぁ。確かに好きで良く聞いてたけど…、俺、何処かで歌ったことあったかな?」
「あると思いますよ。流石に日付までは覚えてませんけど、望月さんが《花占い》を歌っているときに、曲のキーをあえて転調させていた記憶があります。」
「よく覚えてるね。んー…、俺はそのときのことは思い出せないけど、確かに歌ってたんだろうなぁ…。転調って多分2サビの前のとこでしょ?」
「そうです!」
私が食い気味に答えると、望月さんは嘲笑うかのように口角を上に上げた。
「オッケー…。じゃあさっきと同じように曲のインストをダウンロードしてくれる?籠崎さんが想像している《花占い》を歌えるかどうかは分からないけど、俺なりに頑張って歌ってみるよ。」
「あ…ありがとうございます。精一杯勉強させてもらいます。」
「うん、その心意気、実に宜しい。」
私は直ぐに《花占い》を検索し、そのインストをさっきと同じようにダウンロードした。ダウンロードしている最中、望月さんは曲を思い出すかのようにメロディーを口ずさんでいたが、それこそが私の記憶に残っている《花占い》だった。
-(あのときの口ずさんでいたのは、完全に無意識だったんだろうなぁ…。歌詞もキーも独創的だったけど、今ならどう歌うんだろう…。)-
私が《花占い》を選曲した理由…。
それは、私が唯一独占した覚えのある望月さんの歌だったからだ。