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[歌唱・サブスティテュート] Action 11ー7(Neisa's short story.)

-(よし…、良い感じに包めるようになってきた…。)-


 餃子を包むのに最初は苦労していたが、燐の言っていた通り、数をこなしている内に段々と上手く包めるようになっていった。テーブルに置かれたタッパーの中には、私が成形した餃子が不細工な順番に並んでいった。火も包丁も使わないので、私は一人でも気楽に料理を楽しめていたのだが、そこに突然一人のギャラリーが現れた。


「あら…、どうしたの?まさか()()()()現れるとは思ってなかったわ。」

「何か気になる言い方だなぁ…。俺の方じゃまずかったの?」

「フフッ…、ごめんなさい。悪気があった言葉じゃないの。燐が料理の進捗を気にする頃合いかと思ってたから、そろそろ来るかもって身構えてただけよ。」

「あー…、そういうことか。」


 リビングの入口からこちらを見ていた壬は、私に声を掛けられると、潔く私の隣の席に腰を下ろした。壬は私が成形した餃子を見つめ『…出来てる』と軽く驚いていたが、その形について言及することはなかった。


「…で、どうして壬はここに居るの?燐を一人にさせるなんて…、大丈夫なの?」

「大丈夫、基本的な操作は籠崎さんも分かってるから、()()()()はしてないよ。今は録音前のイメトレをしたいからって言って、俺が追い出されている最中。」


-(つまり、私に対しては()()()()をしている訳だ…。)-


 それを聞いた私は、無意識に言葉使いが意地悪寄りになりつつあった。


「あら…、何それ。家主なのに追い出されちゃったの?燐、中々やるわね…。」(※意地悪中)

「まぁー、俺が変に嗾けてしまったから仕方ないかな…。リスナーに中途半端な歌声を聞かせる訳にもいかないし…、籠崎さんに自信をつけさせる為にも、今俺が歌うのは違うなって思ったんだ。」

「それで言葉巧みに燐を歌わせる方向へ誘導したって訳ね?」(※続・意地悪中)

「いや待って。その言い方だと俺が籠崎さんを洗脳してるみたいで嫌なんだけど…。俺は純粋にあの曲に対して()()()()()()()()()って思っただけだよ。」


 燐の作った曲がどんなものなのか知らない私は、今の壬の言葉で興味がそちらへ移ってしまった。

 

「…?そんなに難しい曲なの?」

「うん…、少なくとも今の俺には歌えない。籠崎さんには見栄を張って『歌うには数時間貰わないと…』って言ったけど、実際は丸一日貰っても歌えるかどうか分からない。勿論、クオリティを気にしなければ歌えないことは無いけど、それは【歌い手】にも【作り手】にもしこりが残るだけだからしたくない。『こんなはずじゃないのに…』って誰にも思わせたくないからね。」

「……。」


 壬は決してプライドが高い訳ではない。苦手なことや分からないことがあればちゃんと仲間に頼り、その上で自らに課したハードルを越えていく。それは彼の長所であり、ときに短所にもなる。壬は誰かの期待に応えようとするあまり、悲観されることを何よりも恐れてしまっていた。


-(慎重と言うか不器用と言うか…、その性格は難儀なものだな…。)-


 私は壬の話を聞きながらも、餃子を包む手は止めていなかった。私は今しがた包み終えた餃子をタッパーに並べると、絶対に人に触れてはいけない状態のその指先を、壬の顔面スレスレに突き出した。


「おっと…!?」

「人の期待に応えるのは大事かもしれないけど…、あまり気負い過ぎるのは良くないわ。一生懸命やってるってことが伝われば、それだけで喜んでくれる人も居るもの。例えば、ほら…。」


 私は突き出していた指先を動かし、壬の視線を餃子を並べていたタッパーへと移動させた。そして最初の方に包んでいた不細工な餃子を指し、そのまま私は壬に問いかけた。


「こっちの列に並んでる餃子、壬は見た目が悪いからって捨てようと思う?」

「いや、そんなことはしないよ。料理が苦手なはずの寧勇が、一生懸命作った…餃子…、だから……。」


 壬は自分で言った言葉で何かに気づき、そっと口の動きを止めてしまった。


「フフッ…、ね?その人がどんな気持ちでそれを作ったのかが伝われば、例え不格好であろうと、それを喜んでくれる人は居るの。」


 私は一番最初に燐がお手本で作ってくれた餃子と、自分が一番最初に作った餃子を見比べるように両手で持った。


「完璧じゃなくても良いのよ。比較されたら少しは恥ずかしいかもしれないけど、それでも…見切るほど劣るとは思わない。自分にとって大切な存在であればあるほど、気持ちは伝わるものよ。」

「成程ね…。孫が描いてくれたおじいちゃんの似顔絵みたいなことか…。」

「孫!?」

「ふっ…、冗談だよ。」

 

 壬はポケットからスマホを取り出し、何かの画面を操作しながら話を続けた。


「『どんな気持ちか伝われば…』か…、確かに。形に囚われ過ぎて、気持ちを伝える時間が無くなってしまったら元も子もないもんな。」


 そう言いながら、壬は私にある動画を見せようと、テーブルの空いている場所にスマホを置いていた。音量を調整し、再生されたその動画は、どこか見覚えのあるイラストが使われていた。


-(これって確か…、氷華に見せてもらったサムネの絵だ…。)-


「これが燐の作った曲?」

「そう、中々の難しさだと思わない?」

「そうね…、確かにこれは直ぐに歌えそうにないかも。とてもいい曲だし、中途半端に歌いたくない気持ちも分かるわ。完璧は無理でも、とりあえず輪郭位はものにしてから歌いたいわね。」

「輪郭…か。それでも今日中は無理だな。今の俺だと『棒人間』を象るのが関の山って感じだよ。」

「流石に棒人間をするのは披露するのは考え物ね。今後のお楽しみってことで、燐には少し待ってもらいましょう。輪郭をものにして、ちゃんと気持ちを込めて歌えば、きっと燐も喜んでくれると思うわ。」


 会話をしながらも餃子を包んでいた私は、今しがた包み終えた餃子をタッパーの隙間に埋めると、そのタッパーを冷蔵庫に入れる為に席を立った。包むのに時間が掛かるかと思って、大目に作ったタネはあらかじめ半分に分けて冷蔵庫に入れていた。私はタッパーと入れ替えにして、冷蔵庫からその残りのタネを取り出した。


「……。」

「どうかした?」


 不思議そうに私を見つめる壬と目が合い、私はタネを手に持ったまま壬に問いかけた。


「寧勇は本当に()()()()んだね…。」

「え、私は()かないわよ?焦がしたくないもの。」

「いや、そっちじゃなくて…、んー、まぁいいや。」

「(…ん?)」


 壬は動画を流し終えたスマホを手に取ると、その画面を操作しながら席を立った。私はそのまま壬が防音室に戻るのかと思っていたのだが、壬はどうやら防音室に戻る前に、曲のダウンロードを済ませるつもりのようだった。


「それじゃ曲を覚える為にも、これは音楽データとしてスマホに入れておこうかな。確か…。(♪~…)」

「!?」


 不意に壬のスマホにから流れ出していた曲を聞いた私は、思わず息を呑み込んでしまった。

 忘れようのないそのメロディーは、私を死の淵へと導いた《混沌の歌》にそっくりだった。


- (嘘…。何でそのメロディーがここに…?)-


 気が動転しかけながらも、私は壬の前でどうにか正気を保とうとして、懸命に呼吸を整えた。壬がスマホを操作している内に、私はどうにか平然を装えるようになり、そして何食わぬ顔で壬に質問をした。


「ねぇ、今一瞬流れた曲があったでしょ?それって何の曲?」

「あぁ、今のは俺の新曲だよ。まだ録音前で、デモを覚えてる最中だけど…。」

「…新曲?…カバーじゃないの?」

「うん…、この曲がどうかした?」

「……。」

「寧勇…?」

「…いいえ、新曲ということならきっと気のせいね。それと似たような曲を、どこかで聞いた気がしたの。」


-(元居た世界と違って、ここでは誰でも音楽に触れる…。似たような曲があったとしても、それは不思議ではないのかもしれない…。)-


 これは私の考えすぎ…、《混沌の歌》に対して敏感になりすぎているだけだ…と自分を納得させた。ただでさえ燐にとって貴重な機会なのだから、私の発言によってこの時間を台無しにしたくなかった。


 壬が作業部屋へ戻るまで、私は毅然とした態度を繕い続けた。脳裏には彼女の歌う姿が過り続けていたが、私は手を動かすことに集中することで、それをどうにか緩和させた。あの歌を思い出した直後に成形した餃子がとても綺麗に出来たのが、なんとも皮肉に思えてしまった。

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