仮称・サブスティテュート Action 11ー6
「凄いな…。俺はてっきりハイクオリティを求めてこの曲が出来たのかと思ってたよ。」
「『納得出来る曲を…』とは思ってましたけど、言うても素人なのでハイクオリティまでは求めてませんでした。なので望月さんが言ったような意図は、この曲には一切無いんです。歌わせるつもりが無い訳でもないし、歌わせる相手を選んでいる訳でもありません。単純に、素人が作ったが故に自由が過ぎたってだけなんですよ。」
ストリーミングの再生が終わったので、私はパソコンの画面を作業途中だったものに切り替えた。曲のダウンロードが終わった画面を見せ、この先どうするかを望月さんに委ねた。
「今のを聞いてもらえれば分かると思うんですけど…、私が録音に興味を持つ理由は『この曲の為』じゃないんです。勿論、まがいなりにも私の作品ですし、思い入れがある曲ということに間違いはないです。だけど……。」
「…自信がない?」
「そうですね。この曲がボーカルを入れるに相応しい曲だとは思えないんです。今日は録音環境について教えて貰うことが目的なので、この曲はあくまでも『教材』や『素材』っていう考え方にしようと思ってます。なので望月さんも、無理にこの曲を完成させようとか思わなくて大丈夫です。何なら他の曲に差し替えてもらっても……。」
そう言って、私が投稿サイトにある他の楽曲を検索しかけたとき、望月さんが私の言葉を遮った。
「いや…、使う曲はこれでいこう。『上手い』『下手』は置いといて…、まがいなりにも籠崎さんの作品なら、自分で歌うことは出来るでしょ?」
その言葉を聞いた私は一旦目を瞑り、頭の中で正論となる言葉を組み立ててから望月さんと顔を合わせた。
「ええ、まぁ。語感を確かめる為に、ずっと口ずさんではいましたけど…。でも私が本気で歌うとなったら、喉の具合的に多分一回しか歌えませんよ?REC作業って『パート別にする』って聞きますし…、私では不可能じゃないですか?」
「なら…通しで一発撮りしてみようか?」
「マジですか…。」
-(正論が力技で打破されてしまった…。)-
「マジだよ。正直言って俺が歌うとなると、あと数時間貰わないと丸々一曲は歌えない。それはあまりにも非効率的だし、本来の目的とは趣旨がズレてくる。…かと言って、曲を変えることはしたくない。」
「どうしてですか?」
「だって、ここで俺が背中を押さないと、籠崎さん自分からこの曲の魅力に気づこうとしないでしょ?」
「……ぇ。」
息をするように驚いたまま、私は何も言えず固まってしまった。『魅力』という言葉が上手く結びつかず、私は少なからず混乱してしまっていた。
「この曲は間違いなく魅力のある作品だよ。プロとか素人とか関係なく、何十何百と歌を聞き続けた籠崎さんだからこそ、この曲は出来上がった。曲が思いのほかアップテンポになったののも、ボーカルを付けることに思い悩むのも、きっと籠崎さんが沢山の『音』と『声』を知っているからでしょ?それは間違いなく籠崎さんの『個性』であり『魅力』だよ。そして、この曲に対して自信が無くなるのもそのせい…。籠崎さんの中で比較対象が多すぎるから、自分の作った曲に魅力を感じにくくなってるだと俺は思うよ。」
自分に自信がない私は、望月さんの言葉を素直に受け止めきれずにいた。下手に笑顔を繕おうとして可笑しな表情になってしまった私は、望月さんから見えないよう…その顔を下に向かせた。
「この曲に『魅力』なんて…、本当にあるんですかね?」
「あれ…、俺のこと疑ってる?」
-(私に自信を持たせるつもりで言ってくれたんだろうけど…、それは少しズルい…。)-
「その聞き方は卑怯ですよ。一般人の私が【プロ】や【推し】に向かって『疑っている』なんて言える訳ないじゃないですか。」
「う~ん…、それもそうか…。じゃあ言い方を変えよう。」
-(…ん?『言い方』?)-
何を言い出すのかと不思議に思い、私は顔を上げ望月さんを見つめた。望月さんは『やれやれ…』といった表情をしていたが、そこには少しばかり【四年前の望月さん】が混じっているように見えた。
「俺はただの高校生だったときから、籠崎さんの『歌』に対する姿勢に興味があったよ。ずっと歌の話もしてみたかったし、あわよくば籠崎さんの歌声も聞いてみたいと思っていた。出来ることなら籠崎さんが残した証を俺にも共有させてもらいたいし、俺が気づいた曲の魅力も籠崎さんに共有してもらいたい。【プロ】であろと【推し】であろうと…、今の俺は、昔からの思いを持ち続けている【望月壬】に過ぎないよ。」
「……。」
その言葉を聞いた私は数秒間…、呼吸をすることを忘れていた。
幸いにも直ぐに我に返った私は、大きく息を吸い込み、あからさまなため息を声に出すようにして、それらを吐き出した。
「あぁ~…、もぉ~…、分かりました。ここまで来たし歌いますよ!一回しか歌えないから、間違えられないじゃないですかぁ…。ちゃんと歌えるようにイメトレしますんで、少しだけでいいので一人させてもらえませんか?」
私は瞬間で繕った台詞を吐き捨てると、ヘッドホンを手に取り、それを装着するのを装って火照る顔面を全力で隠した。高鳴っている心臓の音を聞かれてしまわないように、望月さんを防音室の外へと追い出そうとして、変に声も張り上げてしまった。
言い訳は上手くいったかもしれないが、私の行動は明らかにおかしかっただろう…。だけど私にはそこまで気を配る余裕がなく、望月さんが防音室を出て行ってくれるまで、一生懸命顔を隠し続けていた。
「ふっ…、分かった。じゃあ、歌う準備が出来たら教えて。それまで俺は防音室出ておくよ。」
そう言うと、望月さんは私一人残して本当に防音室から出て行ってくれた。
私にどんな反応を期待していたのかは分からないが、望月さんは明らかに笑いを堪えきれていなかった。私は大胆にも望月さんを防音室から追い出したことで、寧勇ですら不可能だった『防音室の占拠』に成功してしまった。(※事故)望月さんはどうやら八畳の部屋そのものを出て行ったらしく、防音室の周りに人の気配は感じられなくなっていた。
「あ゛ぁ゛~~~~……。」
私は一人きりになった防音室で、発声のフリ(?)をして苦しみの声を上げていた。あまり声を使い過ぎたらRECで声が出せなくなってしまうので、そこは一応声量をセーブした。さっきもそうだったが、不意打ちの爆弾を投下されても、頭の半分ではどうにか冷静な判断が働いてくれいるようだった。『理性』と『本能』が交じり合う中で、私はギリギリ『本能』を抑え込むことに成功していた。
-(マジで危ない…。まだ望月さんと寧勇は恋人同士なんだから、ここで気持ちが浮き彫りになるようなことがあってはダメだ。耐えろ自分!)-
【リスナー】や【ヲタク】としての側面が見えるのはまだいい…。だけどさっき私から出てこようとしたものは、そういう感情ではなかった。私はその感情を否定することは諦めたが、今は少しばかり余計だったので、しばしお引き取り願うことにした。
奇声を出し続けたことで、私はある程度心が落ち着いてきていた。更なる冷静さを求める為…、それと歌を一発で歌いこなす為、私は自身が作った曲《 substitute 》の再生ボタンを押し、それをヘッドホンで聞き始めた。そのハイテンポなリズムは、まるで私の心音を憑依させたかのうに思えた。自分で名付けたタイトルだったが、まさかこんな場所でフラグ回収をしようとは…、当時の私も思ってはいなかっただろう。
私の代わりとなるもの、それがこの曲タイトルに込められた意味だった。