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仮称・サブスティテュート Action 11ー4

「失礼しまーす…。」


 作りかけの餃子を全て寧勇に託し、私は渾身の勇気を振り絞って望月さんの部屋を訪れた。部屋の中を覗くと、そこには所謂(いわゆる)『定型タイプ』の防音室が設置されていて、同じ室内にはベッドがあるという…少し変わった八畳間をしていた。


「どうぞー。ちょっと狭いけど、中に入ってもらっていいかな?」


 防音室の中にいた望月さんは私が来たことに気づくと、一度防音室を出てから私に中に入るよう促してきた。寧勇が『二畳しかない』と言っていたのは本当らしく、【主に作業する人物】から先に防音室に入らないといけない仕様らしい。私は望月さんの指示に従い、先に防音室の中へと入った。


「おお…、凄い。」


 防音室の中に入った私は、目の前に用意された作業環境に語彙力を失った。パソコンやモニターが並んでいるのは、私にとって割と見慣れた光景だった。だけど、その視界の中にある一本のマイクが、私の中のヲタク心を興奮させていた。


-(ヤバイ…。推しのマイク、ヤバイ…。このマイクからの声をいつも聞いていると思うと、ヤバイ…。)-


 決して言葉に出来ないその興奮は、声に出さずとも表に出てしまっていたようだった。私が食い入るようにマイクを見つめていたせいで、望月さんは私の思考を察してしまったようだった。


「マイク…、そんなに気になる?」

「あ、いや…、その…。私の家には無いものなので、つい…。」

「とか言って、何か別のこと想像してない?いつも俺がそこに向かって話しかけてるんだなーっとか、どんな顔して歌ってるんだろうとか?」

「…メッソウモ、ゴザイマセン。」

「言っとくけど、俺はいつも想像してるよ。このマイクを通した声を、皆はどういう顔して聞いてるんだろうとか…、どんな時に俺の歌を聞きたくなるんだろうとか…、色々考えながらこの部屋にいる。そうしてると、全然一人だなんて感じないから、いつまでだってこの部屋に籠れる。まぁ実際に籠れるかって言われると現実的に無理なんだけど、リスナーのみんなと繋がれるこの部屋は、体の一部というか【真千】の一部なんだなーって改めて思うよ。」


 私が恥ずかしがって言えなかったことを、望月さんは何の躊躇いも無く言葉にして伝えてくれた。それはきっと特別なことではなく、常日頃からそう思っているからこそ言えるのだと思う。『人の喜ぶ顔が好き』…、真千さんが定期配信などで度々口にするその言葉は、ずっと考えているからこそ零れ落ちてしまう言葉なのかもしれない。


「そんな部屋へ入れて頂いて、とても光栄です…。」

「まぁまぁ座って。そんなに恐縮しなくていいよ。今日は音響機器について知りたくて来てくれたんでしょ?寧勇に何を聞きたかったのかは知らないけど、俺に答えられることだったら何でも聞いて。四年前と違って、今の俺なら籠崎さんの話についていけるはずだから。」


 私は恐れ多くも、普段望月さんが座ってるのであろう作業用の椅子に座らせてもらった。望月さんはというと、私を威圧しないようにする為か、可能な限り距離をとった状態で私のことを見下ろしていた。


-(とは言え二畳…、やっぱり近い…。)-


「もしかして、私が高校のときに誰とも趣味の話をしてなかったこと、気にしてますか?」

「まぁね…。あのときの俺は歌について興味を持ったばかりで、話をするには物足りなかっただろうし、もし一緒の話題で盛り上がれたら多少は()()()かなぁーと思ったりもしたよ。」

()()っていうのは『進路』や『方針』とかですか?私は自分の好奇心に応じた進路を見つけたつもりですし…、そんなに気にすることでもないと思いますよ?」

「ん~…、そうなるか…。」


-(え、…あれ?『()()()』っていうのは私のことじゃないのか?)-


「もしかして望月さん…、他にやりたいことがあったんですか?」


 私の何気ないその問いに、望月さんは思いの他首をひねらせていた。


「どうだろう…。そのときの俺自身が気づけなかったんだからもう遅いし、やらなかったことについての可能性なんて考えてもどうしようもないからなぁ…。『やりたかった』っていうよりも、『もし籠崎さんともっと話が出来ていれば、そっちの道に気づけたかもしれない』っていう…、ifにifを重ねた想像をしてしまったって感じかな?」

「はぁ…、成程…。(分からん)」

「籠崎さんは?もしあのとき、俺ともっと音楽の話が出来ていれば()()()()()と思う?」


 そう問われ、私が真っ先に思い浮かべたものは()()()()()()だった。


「そうですね…。少なくとも今の【真千】さんは出来上がらなかったでしょうし、私も今のような【リスナー】になれていなかったと思います。だとしたら、あれはあれで正解だったんだと思います。」

「どうして?」


 そう言った瞬間、望月さんは腕を組んで私の答えを待つような仕草を見せた。『落ち着かない』…、もしかしたらそんな心理があったのかもしれないが、対する私はというと、『正解』だと思えるほどのポジティブな思考が、既に表情から出てしまっていた。


「単純に()()()()()()()です。何かが違えば、私が真千さんを推すことも無かったかもしれないし、今の友達とも出会えてなかったかもしれません。そう思うと、多少理不尽だと思う過去があったとしても、『それが正解だったんだ』と納得出来るんです。」

「やっとけば良かった…って、思ったことはない?」

「あるにはありますけど…、そのときの自分がやらなかったのなら、あとは今の自分がやるしかないとは思います。勿論、後悔したこと全部を今の自分がやれることだとは思いませんけど…、多少補う位は出来るんじゃないかと。」


 私は自身あり気にそう伝えたが、ほとんどは氷華と楼羅、それに寧勇の受け売りから出て来た言葉だった。過去の自分を越えること…。過去の自分を否定しないこと…。全ては過去だと言って諦めないこと…。そういった言葉を経て、私は今を満喫して生きているだと思った。


「そっか…。籠崎さん、随分とポジティブになったよね?」

「そうですね。それもこれも【推し】のお蔭かと。」

「…え?」


望月さんは少し驚いた顔をしていたが、私は構わず言葉を続けた。


「つまるところ『きっかけ』ってことですよ。私が変わることが出来たのは友達のお蔭で、その友達が出来たきっかけは私に【推し】が出来たことです。」

「えーっとそのー…、【推し】っていうのは…?」

「それは当然【真千】さんのことですよ。真千さんの歌に触発されて、私が作曲活動を始めたときに出会ったのが今の友達です。だから真千さんがあのタイミングで歌をインターネット上にアップしていなければ、私は未だに陰キャを極め続けていたかもしれません。」

「本当に…?」

「本当です。正直恥ずかしくて言うつもりは無かったんですけど、『きっかけ』っていうのは絶対に変わることのない特別な物だって気づいたんで、ちゃんと伝えとこうかと…。それに作曲の件もバレてしまったのなら、いっそそこに至る経緯も含めてネタバラシしようかと思ったんです。まぁ私が本格的に作曲に目覚めることはなかったですけど、それでも音楽に関わりたい気持ちや、友達を大事にしたいって気持ちは、間違いなく真千さんがきっかけで生まれたものです。」


 私が伝えたかったことを言い終えると、望月さんは後ろの壁にもたれかかるようにして首を後ろに反らした。その瞬間、ボンッという鈍い音が望月さんの後頭部から聞こえて来て、私は思わず『え、大丈夫ですか?』と声を掛けたのだが、望月さんは取り乱すことなく大きく深呼吸をしていた。


「参ったね…。籠崎さんは俺が居なくなってから勝手に変わったものとばかり思ってたよ。衝撃のネタバラシをくらって、嫉妬してたのが恥ずかしくなった。」

「嫉妬…。……。…え?」

「だって俺が卒業してから随分と変わったし、その間に新たな出会いとかがあったんだろうなとは思ってたんだけど…、それがまさか自分がきっかけだったとは…。」


 そう言っている望月さんの顔が段々と赤くなっているのを見て、私はハッとなり、同じように自分の顔が段々と赤くなるのを感じた。

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