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仮称・サブスティテュート Action 11ー3

-(この包丁凄く使いやすい…。やっぱり望月さんって料理するの好きなんだろうなー…。)-


 キッチンで料理をしていると、至る所に望月さんのこだわりを窺うことが出来る。前に来たときも薄々は感じていたが、こうやって本格的に料理道具を見てみると、それらが決して伊達ではないということに気づけた。包丁も使い分け出来る位の本数があり、ザルやボールも大きさが異なる物が対になるように揃えられている。これだけ自炊に意欲的であれば、きっと晩御飯も望月さんが作るんだろうなーっと、私はふと考えてしまった。


「とんでもなく今更だけど、この時間にキッチン使って大丈夫だった?望月さんも帰ってきたら料理するんじゃないの?」

 

 望月さんがまだ帰ってきていない部屋で、私達は順調に餃子のタネを作っていたが、そのことを考えると急に不安になってしまった。この餃子は思い付きで作り始めたものなので、晩御飯というつもりでは作っていない。勿論上手くいけばそれでも良いのだが、時間がどれだけかかるか分からない上に、望月さんが既に晩の献立を決めている可能性もある。私としては、作り置きのおかずか…酒のつまみにでもしてくれればと思っていたが、料理好きな望月さんに対し『余計なことをしてしまったかも』と思いも出てきて、段々心が萎縮してしまっていた。


「大丈夫よ。壬は帰ってきたら直ぐにデバイスの説明をするつもりだろうし…、その上、帰る時間も予定より遅れてるみたいだから、家で御飯を作ることはしないと思うわ。」

「そうなの?」

「ええ。基本は壬が晩御飯を作ってくれるけど、決まってこの時間に手が空いているという訳でもないから、手抜きをすることも当然あるわ。出前やテイクアウトだったり…、コンビニ弁当や冷凍食品なんてことも珍しくはないわね。」

「そうなんだ…。言われてみれば二人とも個人事業だし、就業時間なんて安定しないか…。」

「私がこんな風に料理をしながら、壬の帰りを待てば一番良かったんでしょうけど…、それは壬にも食材にも申し訳ないことになるから諦めたわ。食材はちゃんと美味しく頂くべきだって、身をもって経験したもの。」


 寧勇はテーブルに並べられた食材をレシピ通りの分量に計りながら、過去の経験を思い出して苦笑いを浮かべていた。私は切ったばかりの野菜をテーブルの上に運ぶのと同時に、寧勇の()()()()を確認した。


「うーん…。見てる分には手際も要領も良いんだけどなぁー…。今はあえてさせてないけど、やっぱり包丁の使い方が悪いのかな?」

「壬曰く、私は()()()()()らしいわ。目に見えて計れるものはちゃんと出来るけど、『力加減』や『火加減』みたいなものは全然上手く出来ないの。」

「成程ねー…。まぁそれも経験を積まないことには覚えられないから、少しずつ慣れてみようか。はい、じゃあ食材の下準備も全部出来たし、これ全部混ぜてみて。」

「混ぜるだけで良いの?」

「うん。キャベツの水気は私が切っておいたから、ここにある物を全部混ぜ合わせるだけで大丈夫。寧勇が計った分量さえ間違ってなければ、問題なくタネは完成。あとは餃子の皮で包むだけだね。」

「分かったわ。やってみる。」


 寧勇は手にビニール手袋をはめ、恐る恐る全ての食材を混ぜ合わせ始めた。私はそれを見守りつつ、使い終わった料理道具等を片付け始めた。もうすぐ望月さんも帰って来るだろうし、念の為…片付けは早めに済ませていたほうが良い。(望月さんがキッチンを使わないとも限らない)

 それに、寧勇に餃子の包み方を教えたら、私は望月さんからデバイスについての説明を受けることになるだろうから、時間は有効に使っておきたい。寧勇から『二人きりになる』と聞かされたときは、驚きと緊張で声を上げてしまったが…、寧勇と料理をしているうちの、その緊張はどうにか解れてきた。慎重な顔つきながらも、どこか楽しそうな寧勇を見ていると、自然と楽しい気持ちの方が勝ってきていた。


 そして、丁度寧勇に餃子の包み方を教え始めたタイミングで、望月さんが家に帰って来た。リビングに入って来た望月さんは、テーブル上の具材と餃子を包んでいる私達の姿を見ると、目をパチパチとさせて興味を示した。


「ただいま……。えっと、何か面白そうなことしてない?」

「おかえりなさい。燐と一緒に作り置き用の餃子を作っていたの。」

「お邪魔してます。(テーブル周りを見て)…()()にお邪魔してます。」


 決して綺麗とは言えないテーブルの上を見られ、私は少し申し訳ない気持ちになった。使い終わった物は既に片付けていたので多少はマシだったと思うが、それでも相手の域を汚していることに間違いはないので、私は頭を低くして望月さんに謝罪と挨拶をした。


「ふっ…、いいねー餃子。籠崎さんに教えて貰ってたんだ?」

「そうよ。料理下手な私でも楽しく作れるかも…って、燐が提案してくれたの。」

「へぇー…。…で、楽しい?」

「それは勿論。『料理』っていうよりも『創作』って感じがして面白いし、何より燐の教え方が上手だから全然苦じゃないの。」

「そっか。それは良い経験をしたね。」

「フフッ…、そうでしょ?壬が燐と音響機器の話をしている間に、私はこの餃子作りをマスターするつもりよ。ここで作り方を覚えてしまえば、私にも『レパートリー』というものが出来るかもしれないわ。(ドヤ顔)」


-(…可愛い。)-


「それは楽しみだな。じゃあ籠崎さんは、もう寧勇のことを監督しなくても大丈夫ってこと?」

「そうですね。タネの扱い方と皮の包み方はもう教えたので、目を離しても大丈夫かと…。」

「じゃあ、帰りが遅くなったらいけないし…、今から宅録の実習やってみようか?」


-(あ、やっぱりRECするつもりなんだ…。)-


「…はい、お願いします。寧勇に言われて自作の音源データ持ってきましたけど…、投稿サイトに保存されてるデータがあるので、そっちをダウンロードしませんか?他人の保存媒体をパソコンに繋ぐよりは、そっちの方が安心かと…。」

「そうだね…。じゃあそこから順番に操作をやってみて、その過程でデバイスの話もしていくよ。俺は先に部屋に行ってパソコンを起動させておくから、籠崎さんは準備出来たら俺の部屋に来て。」

「分かりました。」

「…ちゃんと手、洗ってね。」


 望月さんは餃子を包んでいた私の手を見て、笑いながら警告してきた。私は思わずムキになり、声を張って言い返した。


「心配しなくても、ちゃんと綺麗に洗い流しますよ!!」

「フッ…、そうだよね。ごめんごめん。」


 望月さんは笑いながら謝ってくれたが、かく言う私も笑顔が隠しきれていなかった。望月さんはそのままリビングを去っていってしまったが、その場に残された私は、どうやら表情が緩んだままだったらしい…。


「…自然に笑えるようになったわね。真千のライブへ行った日…、ガチガチに緊張していたのが嘘みたい。」


 そう言って私を見つめる寧勇は、何となく母や姉のような存在に見えてしまった。それはきっと、私の成長を見守ってくれていたという感覚から来たものだろう。私のことでありながら嬉しそうに笑う寧勇を見て、思わずこちらも照れ笑いを浮かべてしまった。


「…もう、なんか恥ずかしいわぁ。私のリアクション、全部寧勇に覚えられてるんでしょ?」

「そうね。一喜一憂…、喜怒哀楽…、どの表情も等しく愛らしいわ。」

「もうやめてー!これ以上追い打ちをかけないでー…。」


 餃子を包んでいたせいで、手で顔を隠すことも出来ずにうろたえる私は、どこにも持って行けない手のひらを握りしめ、目を力ずよく瞑ることで顔面の表情を無理矢理隠し続けていた。

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