千紫万紅のリプレイス Action 1-1
「あの…信じてもらえないと思うんですけど、本当にたまたまなんです。」
「何が『たまたま』なんですか?」
「今日ここであなたを見つけたのは、待ち伏せとかではなく、本当に偶然で…。」
「『偶然』…ですか。二時間も私の後をついてきてたのも、全て偶然ですか?」
「それは…。」
夏の日差し、うだるような暑さ、こんな日にカフェを利用するなら当然エアコンの効いている店内を選択すべきだろう。だけど目の前の彼女はその選択をしなかった。それは何故か…、理由は全て私のせいだ。
「答えに困るということは、やはり何かしらの後ろめたさはあるのかしら。」
彼女からの尋問と夏の暑さのダブルパンチで汗が止まらない。目の前にあるアイスコーヒーに手を付けることもできず、敷かれたコースターが時間が経つにつれ結露で濡れていく。
「困りましたね。私も暑いのは嫌なので、出来れば店内の席を利用したい気持ちはあるのだけれど…。周りの人に話を聞かれるとあなたは困るのでしょう?」
「…はい。」
あまり広いとは言い切れないカフェの中でこんな話をするわけにはいかない。彼女は穏やかな口調で私を問うが、これは下手をすれば通報されてもおかしくない状態だ。
「では質問を変えましょう。あなたは何か私に恨みがあるんですか?」
「いいえ。私はあなたのことを知りません。」
「そう…ですよね。私もあなたのこと知らないの。だから順番に教えて頂けないかしら?何故、知らない者同士でこんな状態になっているのか?」
だんまりを決め込んでもこの状態は抜け出せない…、それは分かっている。だけど私の行いが世間に知られると色々と終わってしまう。無茶な要求とは分かっている…が、優しそうな彼女にかけてみるしかない。
「あの…、ここだけの話にしてくれますか?」
「はい勿論。」
「…。あれ?」
私はてっきり『それは内容次第です』と言われるものとだと思っていた。なのに優しく微笑みながら『はい』と即答されてしまったので拍子抜けしてしまった。
「あの…私の行いに犯罪性があることだとしても、誰にも言わないんですか?」
「ええ。私は初めから『あなたの行動の意味』を知りたいだけであって、通報したり訴えたりするつもりは一切ないですよ。だから正直に話して頂けませんか?」
彼女の丁寧すぎる言葉使いが私には少しこそばゆい。ミルクティー色のロングヘア、ノースリーブから現れる白い細腕、そしてとても美しい顔面。目の前にいる『異次元級の美人』がそんな上品な言葉使いをしているものだから『ここは私の知らない世界かも』と、いらぬ錯覚してしまう。
仕草や言葉使いから見ても、彼女は【悪女】ではないと思う。本当に通報するつもりはなく、私の行いの意味が知りたいだけなんだと感じた。
思えばここに連れられた時も、『少しお話しましょうか?』と言われただけで、私は本気で逃げようと思えば逃げれたはずだ。そう考えると、私は話しかけられた瞬間から彼女に魅了されていたのかもしれない。
「分かりました。順番にお話しします。」
私は『彼女に魅了された』と開き直って、全てを打ち明けることにした。けれどその前に、私が勘違いをしているとしたら今から話すことはほぼ無意味…というか事故だ。そうならないように聞いておかなければならない。
「話をする前に、一つ確認したいことがあります。」
「はい、なんでしょうか?」
「あなたは【真千】さんの関係者でしょうか?」
その問いに彼女は少し微笑みながら答えた。
「やはり…、そういうことでしたか。真千のことはよく知ってますよ。あなたの言う関係者で間違いないでしょう。」
【真千】というのはインターネットでの活動を中心とした男性アーティストの名前で、私が推している人物だ。三年前から活動を始め、最初の頃は全く顔を出さないスタイルだったのだが、ここ最近は目元を隠すようにして写真や動画に姿を出すようになった。
私はある経緯を経て、人気アーティストである真千さんと目の前の彼女が関係者であることを察知していた。それを今、彼女に確認したことで、それが『勘違いではない』ことが確定した。
-(覚悟決めるかぁ…。)-
「分かりました。では、最初からお話します。」
「はい、お願いします。」
こっちは『今後の人生』に関わるカミングアウトを決死の思いで話そうとしているのに、それを聞く彼女はまるで恋バナでもしているかのような表情だ。大げさな言い方をすれば私と彼女は【加害者】と【被害者】のはずなのに、これじゃどっちが【被害者】か分からない。