罪悪の在処
「ボウズ、村はどこだ?」
親切に俺を家に帰してやろうと言うタフガイ。
「テメー、マジにお人好し野郎だな。放っときゃ勝手に帰んだろ」
ハードボイルドが、肩を竦める大袈裟なジェスチャーで呆れる。外見が外国人なんで普通だが、日本人が昔思ってたTHEヤンキーと何ら違和感が無いのはどういうことか。
ま、助けられた側が言うのもなんだが、俺もハードボイルドに賛成だ。何せあっちには……
「どうした?」
キョドる俺を怪しんだか、タフガイが俺の肩に手を掛ける。重いぞ、おい。しかも古傷だらけじゃねえか。お前、大丈夫か?
俺の目がエルフの村とオークの死体を何度も往復してたので、ハードボイルドが勘づいた。
「オークはまだいるんだな!?
ボウズの村か?」
必死で頷く。つーか、こっちでも二足歩行の豚はオークって呼ぶんだな。
「チッ、不味いぞ」
ハードボイルドの警告に、タフガイが焦りを見せる。
「ボウズは俺達が戻るまで隠れてろ」とタフガイに言われ、茂みの中に放りこまれた。やめろ、ここは虫が刺す。
首を横に振る俺を置いて、二人はエルフの村に走って行った。中年のクセに脚の早い連中だぜ。俺もこっそり茂みを抜け出し、別のルートで丘を上がる。恩人を見捨てるのは後味が悪いからな。
上はてんやわんやの大騒ぎ。悲鳴やら怒号やらがこちらまで響いてくる。流れ矢にやられないよう、俺は這って家畜小屋の裏手に回った。
「……ひぇっ」
村の奴らに復讐を誓った身で、今さらなんだろうが。
膝がガグガク震える。縫い付けられたように足が動かない。
殺戮、陵辱、暴食。
俺が招いた結果だと分かっているからこそ、その凄惨さに竦み上がる。
オークが持つ武器は、小さめの剣にも似た鉈。肉屋が肉塊に振り下ろす幅広のアレだ。
無慈悲で、残酷で、凄惨な。
こだます悲鳴。食らいつくオーク。
痙攣でもしてるみたいに、たった一人でブルッてた。引き攣る喉で生唾をようやく飲みこむ。『彼』を虐げた者達の、慟哭と最期を見届ける。
ここまでする必要があったのか? もっと他にいい方法があったんじゃないか?
……きっとこの光景は、俺のトラウマになる。夜の眠りを妨げる悪夢となるだろう。そうだ。これは俺の復讐。『彼』が望んだことじゃない。俺が望んだことだ。この罪科は俺が背負うもので、『彼』には何の罪もない。
――おそろしい。震撼する。
己の醜悪に、己の罪の重さに、己の罪深さに。
「……っ」
あの光景から目を離せずにいると、背後から現れた大きな手に肩を強く引かれた。
「ひっ!?」
俺も殺されると、そう思って暴れた。自分だけは巻き込まれないなんて、そんなことはあり得ないのに。
「シッ、シィ――ッ!
俺だ俺!」
「……っ、……!」
お、驚かすなよ!? マジで、死ぬかと思ったぞっ。
俺が暴れないよう腹に腕を回し、己の懐の中で抑えていたのはタフガイだった。何てこった、これじゃ俺が小さく見えるじゃねぇか。スンッ、ちょっと安心しちまったのは内緒だからな。
「バカ、なんであそこに隠れてなかった? ガキがあんなモン、見るんじゃねえ……」
苦々しく顔を歪めたタフガイは、視線だけで彼方を見た。
知ってる。こいつ、マジでいい奴。おじさん、鼻水と涎と涙でぐしゃぐしゃだけど、きたねえとか言わずに可哀想とだけ思ってくれる。
「すまねえ。お前の家族だけでもって思ったが、助けてやれそうになくてな……」
「?」
家族ってナンダ? そんなもんいたか?
キョトンとしてる俺をショックで呆然としてると勘違いしたタフガイは、再びすまなそうに謝る。
やめろやめろ、お前が謝るな。俺の方がスマン。無茶させるつもりは全然なかったんだ。行くなって言えれば良かったのに、おじさん普通に話すの初めてで声がでなかったんだよ。
あ? オークはノーカンだ。あれは九死に一生だから。
首を横に振って大丈夫だ、と表情で訴える。声帯がどうにも仕事しない。実際は頭で思ってるより、結構ショックなんだな。今はタフガイの親切に甘えよう……。
「お前……。いや、逃げよう」
素直に頷く。たぶん俺、足腰立たない。
タフガイは俺を小脇に抱え、藪の中を軽快に走り抜ける。少し痛いが、自重が軽く体が柔らかいせいか、たいして辛くない。子供ってある意味チートだよなあ。
尻の向こうでは、血の惨劇が続いている。数の暴力は無慈悲だ。武装した男達でも、たった二人でウン十頭のオークを相手取るのは無茶に過ぎるだろうよ。俺は、彼らの勇気ある撤退を臆病とは思わん。
奴らは力士のような重量級の体格だ。重心の低いどっしりし体型のオークは、一頭でも相当な強敵。細身の痩せぎすエルフでは、“体当たり”が“轢死”と変わらん結果になるだろう。
決して弱そうには見えないタフガイとハードボイルドだって、タイマンでも苦戦を強いられそうな質量差だ。特にあの脂肪の盾はやっべえぞ。
「ふう、とりあえずここでいいか」
俺達は元の川辺に戻ってきた。そういや最初に目覚めたのもここだったな。川辺の石には苔がついてるから、あれに滑って頭を打ったのかも知れん。ここ渓流っぽいし、ヤマメとか鮎とか探してたんかな。と、現実逃避していても、斬られたオークが血抜きされている現状は何一つ変わらん。正確には、傷口から溢れた血が川の流れに乗って滲み、実に生臭い光景だ。俺はジビエとかに興味なかったし、動物が捌かれる画は生理的に苦手だ。そんな俺の視界に、でっかい掌が翳される。
「無理して見なくていい」
タフガイ、お前……。
そこに戻ってきたのは、村の半周向こうの方から駆けてくるハードボイルド。奴も無事なようだ。
「おぅい、どうだった?」
「手遅れだ、どうにもならねえ」
「やっぱか。巻き添え食わねえ内に、俺らも引き返すか」
「ギルドに報告しとかねぇとな。あれだけの群になったら討伐隊が組まれんだろーよ」
「そうだな……つかテメエそれ、完全にパパじゃねーかっっ」
タフガイ(懐)に抱えられる子供の図。
「抱えて走った方が早いっつー……。っ行くぞ!」
「おっ、テメ~コラ!? 誤魔化してんじゃね~ぞっ、ブァッハハハ!!」
予備動作なく突然走り出すタフガイ。
追うハードボイルド。
頭を揺らされる俺。
お前らガキか、こっちの負担も考えろ!
「ウルセェ! オークの餌になりてーなら留守番でもしてろっ」
「ギャハハ、お前のがウルセーわっ」
走りながら腹を抱えて笑うって器用な真似するハードボイルドの言う通り、俺を抱えるタフガイはマイホームパパそのものだった。お前らのファミリー劇場に俺(中身オッサン)が加わってるというオゾマシサを除けばな……。