ショタエルフ転生から始まるエグ日記
一話目は辛いけど、後でどエライことになります。
村八分表現が地雷な方は避けてください!!
俺はごく普通の社会人、三隅 荘。字面が四角四面だとよく言われる四十路だ。……うむ。四捨五入じゃなくて、下一桁をはしょればまだ四十で通る。日本人は童顔だから!
平凡な人生だったと思う。中間管理職になんぞなっちまったせいで、上から頭ごなしに怒鳴られ、下から突き上げられ、胃の痛くなる会社員生活を送ってきた。だから俺は、いずれ胃の病気になると考え、いくつかの生命保険に入り備えてきた。厄年には神社に赴きお祓いしてもらい、納豆を食いヨーグルトを食い乳酸菌を毎日補給した。先に昇進した同僚に「お前便秘なの?」とスカした感じで言われ、恥ずかしい思いをしたことなど些細な黒歴史だ。「大腸に良いから」とその場を濁したが嘘じゃない。ないったらない。毎年人間ドックを受けて健康には留意してきたし、未だ独身だが趣味に没頭していたので、寂しくはなかった。嘘だ。さみしい。でもしょうがないじゃないか。ことごとく縁がなかったんだから。運が悪いとしか言い様がないし、実際上司からもその点については同情されていた。
まあ、それはさておき。今の俺の状況を説明しよう。あれだけ健康に気を使っていた俺は、ある日突然、酷い頭痛で意識を失った。仕事中じゃない。家に帰ってすぐ、さあ風呂に入るか、と立ち上がった瞬間だった。
頭が重い。体がだるい。目が覚めて、うっすら眼を開いたらやたら眩しかった。青々しい木々と、その奥から下界を照らす眩しい太陽が視界を一杯にする。どうやら野外らしい。いつ外出し、何故ここにいるのか、さっぱり検討がつかない。誘拐か、夢遊病か。それとも……ああ、思ったように体が動かせない。
だが俺は、ノロノロと、拙い動作で起き上がっていた。おかしい。体が勝手に動く。視界が俺の思惑とは別の方向に揺れる。どういうことだ?
「うう」
声? 子供か。今、自分の中から声が響いた。
勝手に動く体に動揺している内に、俺は立ち上がり、片足を引きずりながら浅い水辺から陸に上がった。どうやら川に浸かっていたようだ。全く状況が読めない中、意識の違和感を感じながら目に見える景色の中から情報を得る。視界が低い。咳き込む声が幼い。脚も腕も短い。ちらと見えた手なんて、幼児そのものだった。
どうやら俺は、幼児に憑依したらしい。
目を覚まして一時間程たった頃、ようやくそんな考えに至った。俺は死んだか、幽体離脱しているに違いない。
憑依と言うのには理由がある。俺の意思で肉体を支配できず、肉体の持ち主である幼児とは意思の疎通ができないからだ。こればかりは仕方がない。他人様の体に勝手に取りついたのは俺だ。文句を言う筋合いなどない。
俺自身が右も左も分からなくとも、『彼』は好き勝手に動く。まんじりともせず、というのもおかしいが、そんな感じで『彼』の中から外の観察を続ける。ここは日本だろうか? それとも海外? 現在地も己の人種もわからないままだ。幼い『彼』は、怪我した足を引きずりながら林をさまよった。何かかわいそうになってきた。
ていうか……迷子じゃないよな?
だとしても、意思の疎通ができない俺には助けようもない。
『彼』は林の下生えから適当に草を引っこ抜くと、洗いもせずに口にした。ああ、何て事だ。この子は腹を空かせているのだ。大人は何をしている? この子の親は? 家族は? 近くにいないのか?
そうこうしている内に、『彼』の動きが鈍くなり、徐々に足取りが重くなっていく。これは俺でも分かるぞ。食あたりだ。
「ぉええ、ぉえ!」
『彼』はしたたかに吐いた。しかし、草のペーストらしきものは出てきても、吐瀉物からは他の食物が見当たらない。……何て事だ。『彼』が適当に抜いた草なんかを食べているのは、ひどい飢餓状態にあるからだ。『彼』の苦しむ様は、火花が散るようなイメージで俺に伝わってくる。苦しいのだ。痛いのだ。いよいよ他人事と思えなくなってきた。
しばらくすると、『彼』はつらい体を推して無理やり動きだした。そしてようやく辿り着いたのは、山小屋というには簡素に過ぎる家々と、家庭菜園よりは大きな幾つかの畑、そして家畜だ。これはどこぞの村だな。
第一村人発見! おお、これは海外決定か。痩せ型の若い金髪女性。手に持つ籠には、五、六個ほどの鶏卵より少し大きめの卵がある。これはありがたい。分けてもらえるかな?
『彼』がぼぅっと立っていると、後ろからの激しい衝撃で倒れ伏す。何ごとだ!?
「邪魔だ!」
「道の真ん中に突っ立ってんじゃねーよ、ゴブリン!」
「くっせ~。こいつゲロ吐いてるぜ」
「近寄んなゴブリン、あっちいけ!」
な、なんて口汚いガキ共だ。『彼』を突き飛ばした子供達は、上から下までまばらな十代前半くらいの三人の少年達。仮に村人B、C、Dと名付けよう。簡素というには素朴過ぎる、まるでファンタジーのようなリネンらしい上下にサンダル。ここは思ったよりド田舎なのかもしれない……。彼らも濃淡様々だが金髪で、外国人らしい彫りの深い顔立ちた。しかも、揃いも揃って美形ときてる。なんだこの村やばいな。
それから、この村のこと。村人のこと。彼らの言動などで、『彼』の立ち位置が少しずつ分かってきた。これは所謂『村八分』。この村は、綺麗なのはガワだけの残酷な『集落』だった。いや。人間と言っていいのか。彼らの耳は尖っていて、ファンタジーの定番、エルフにも似ていた。この集落は、このエルフっぽい部族だけが暮らす小さな村。閉鎖的な環境で、やはり村人同士の結びつきが強いらしい。そんな彼らは、幼い『彼』をつま弾きにし、食料どころか家の援助もせず、野に放置しているのだ。今で言うところのネグレクトか。無視だけなら、まだ。否。充分酷い。容赦のない子供達による、遊びという名のいじめ。大人の目線はゴミでも見るかのよう。
何故、『彼』はここまでされなくてはならないのか? 何故、『彼』はここから離れないのか?
その答えは、それからふた月も経った頃に分かってきた。相変わらず意思の疎通はできず、『彼』が辛い日々を送るのを歯がゆく、そして悔しく思っていた。時に憤慨し、時に悲しみ、時に『彼』と共に泣いた。苦しい。夢なら覚めて欲しい。早く終わらせてくれ。そんな諦観さえ感じ始めたある日の夕方。『彼』は村人の残飯を隠れて漁り、必死に貪っていた。村人の世話を受ける家畜よりも酷い日々だ。ただし、見ているしかない俺はこう思った。
美少女の食べ残しウマァ~♪
どこからともなく集まる侮蔑の視線。知ってる。言うなら言えよ。『おっさんキメェ』って。そうとでも思ってなきゃやってられんよ。察してくれ……。
その時も俺は、緊張しながら『彼』の食事風景を見守っていた。どうか村人に見つかりませんように、と。見つかったら酷い目に遭わされるのだ。『彼』の体には生傷が絶えない。そうだ、もう分かるな?
野良犬のようにそれらを貪っていると、村の大人達のボソボソとした話し声が耳に入ってきた。『彼』は食事に没頭し、さして気にしてない――というか、それどころじゃないのだが、俺は聴いていた。外国語が苦もなく分かることに、半ば感心しながら。
「ーーああ汚ならしいーー嫌になるわ……アレの母親がーー」
「子供達はゴブリンなんて言ってるが……が連れ帰ってきたーーあながちーー汚らわしい☓☓☓」
「アレは☓☓☓、親の寿命を食ってーー」
「もう五年ーー、ーーはウチの子より十早く生まーー、まだ十ーーに、まったくー長しない」
『彼』が鶏がらを貪っている間、俺は軽いパニックに陥っていた。
待て。たしか、こいつらの子供は村人Cだったはず。俺は村人Cを十二、三歳だと思ってた。だがこいつらの話だと、村人Cは二十四、五歳。村人Cは育ち盛りで、親の言うことに反発する生意気盛りのわんぱく小僧で困るとか。
……おかしいな?
じゃあ何だ。『彼』が村人Cより十年先に生まれてたとすると、三十五歳くらいになる。
――はあ、馬鹿らしい。ホントの長命種じゃあるまいし。
……その時俺は、ふと気づいてしまった。この村の長老らしき七十歳くらいのバア様が、宴会のお誕生日席に座っていたあのイベント。御歳百と五十分の年輪を重ねた長寿のお祝いで、かなりでかめのバームクーヘンみたいな菓子を切り分けて食べていた。一年が三百日も無い文化圏とか? そんなのあるか? と懐疑的に思っていたのだが。
このエルフもどきの部族、歳を取るスピードが人間より遅い(二倍近く違う?)のでは。
――マズイ。いよいよもってマズイことになってきた。五歳程度と思われた『彼』の体が、実際は十八歳くらいだとしたら。
俺の脳裏に、『栄養失調』『発育障害』『衰弱死』という物騒なワードが並んだのは、言うまでもない。