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掌編 星の騎士

 ある日、小さな村に立派な身なりの若者が供を大勢引き連れてやってきた。若者は暁の星が嵌められた金の冠を被っていた。彼は星見の王と呼ばれた。

 星見の王は村の長を呼んでこさせると、こう言った。


 「ここから五軒先の家の裏で井戸から水を汲んでいる金髪の少年がいるだろう。その者をここへ連れてきなさい。決して間違えないように、いまちょうど三杯目の水を汲もうと桶を下ろした、空色の瞳の少年だ」


 村の長は慌てて人をやってその者を連れてこさせた。

 暫くして星見の王が言ったとおりの少年が連れてこられた。少年はわけもわからず男たちに無理やり連れてこられたために不快そうに顔をしかめていた。星見の王は少年を一瞥すると、また村の長に言った。


 「よく聞きなさい。この少年は悪魔に魅入られている。成人する頃にはすっかり良心を失って、殺人鬼になるだろう。私は星の光を通してものを見る。それ故に星見の王である。星の光に透かして見ると、この少年が村の人間たちの首をみんな刎ねてしまう光景がよく見えるのだ」


 星見の王が言い切ると、騒ぎに集まってきていた村人たちの群れのあちこちで悲鳴があがった。少年は何か言おうとしたが、少年を連行してきた大人の男たちがすわ悪魔の兆候かと怯えて口を塞ぎ、身動ぎできないようにしっかりと地面に取り押さえたので、何も訴えることはできなかった。

 村の長は顔を蒼ざめさせて、縋るように星見の王に伺いを立てた。


 「あなたさまの仰るところでは、この子が殺人鬼になって村人を襲うということですが、この子は大変働き者の真面目な子でして、人一倍勇気と正義感があり、将来立派な男になるに違いないと私どもは思っていました。けれど、星見の王である御方の御言葉はなんでもその通りになると聞いておりますし、あなたさまが星見の王であることはその冠を見れば疑いようもありません。どうかお教えください。どうすればわが村は災厄から逃れることができるのでしょうか。悪魔を滅ぼすことはできないのでしょうか。この子を放逐せよと仰いますか。それとも殺してしまわなければなりませんか」


 村の長が厳しい口調でそう言うと、また悲鳴があがった。少年の生母を始めとした、女たちの悲鳴だった。反対に、男衆の中には今すぐ殺してしまえ、焼き殺せ、と叫ぶ者もいた。少年は一層強く地面に押し付けられて、抵抗しようと身を捩った途端に顔を殴られた。

 男衆はその明確な暴力を皮切りにますます興奮し、それは疫病のように村人たち全員へ伝染していった。少年を殴り殺してしまいそうな空気を恐れた村の長が静止の声を張り上げるも、老人の声は村人たちの唸りに掻き消された。

 いよいよある男が短剣を抜いた時、村人の間に清流のような声が届いた。決して大きな声ではなかったが、不思議と人の心を捉える声だった。まるで、人間を魅了する悪魔のように。


 「静まりなさい。この星見の王の声を聞き、言う通りにしなさい。私はこの少年に星の名前を与えよう。それをもって彼は星の騎士となり、悪魔の支配を脱することができる。さあ、儀式の支度をしなさい。穢された名前を剥ぎ取ろう。さあ、酒と薪を持ってきなさい。星の名前を授けよう」


 村人たちは村の長の指示を待たず、動き出した。先ほどまで暴徒と化していたのが嘘のように、秩序だった動きだった。しかし村の長すらそれに何の疑問も抱いていないかのように自然に振る舞った。唯一、少年だけが自分を取り押さえる村の男を睨みつけるのを止めて、星見の王をじっと見ていた。


 村人たちは少年を麻縄で縛り、頭から酒を被せた。少年を取り囲むように薪が置かれ、躊躇いなく火が放たれる。

 少年は目の前でゆらゆらと揺れる炎を眺めていたが、いつの間にか傍に星見の王が立っていたことに気づいて顔を険しくした。体を捻って星見の王を見上げるも、次第に薄れる意識に抗えず、その肢体から力が失われた。

 儀式が済んだあと、星見の王は村に祝福を授けた。形ある祝福と形なき祝福、どちらも村人は喜んで受け取り、星の騎士とするべく悪魔憑きの少年を差し出した。


 これが騎士レオナルドが誕生した顛末である。


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― 新着の感想 ―
[一言] 薔薇と蛆の落差が美しかったです。ジワジワと物語が展開していくのが恐怖を感じました。面白かったです。
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