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天上と地上の虜囚達  作者: tosa
赤毛の少女の珍道中
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赤毛の王妃

〔その娘は人間の身でありながら魔族の王に嫁ぎ、国王の玉座の隣に軽やかに、そして力強く座した。


 赤毛の王妃は常に笑みを絶やさず、そして時には勇ましく、夫である国王に忌憚無く様々な進言を行った。


 全てはこのエルラン国の為であり、その献身的な姿に臣下や民衆は自然と人間である王妃を受け入れた〕


 エルラン国の歴史家が後に著書で王妃リリーカをそう評した。人間である彼女が魔族の国の全ての者達に歓迎される筈も無く、冷たい視線を向ける者達も間違い無く存在した。


 だがこの歴史家の記述には、人間である王妃リリーカが大多数の民衆に好かれていた事が伺い知れた。


 それは魔族の国々でも稀有な事例であり、王妃リリーカが内に籠もる事なく積極的に国の為に行動していと言う証左だった。


 エルラン国の王都のある茶店で、女主人は五人の来客を迎い入れていた。五人の内二人の女性客が頭にフードを被っていたが、女主人は余計な詮索はせず、注文を受けた果実水を五つテーブルに置き引き下がった。


 王妃リリーカは頭のフードを取り美味しそうに果実水で喉を潤していた。シャンヌは席に隅に置かれた大量の食材に目を取られた。


「ああ。これね。ちょっとお祝い事があって。自分で料理をしようと思って街に買い出しに来ていたの」


 王妃はそう言って笑った。親しい人の記念日には王妃は自ら料理を振る舞って祝う。短髪の少年イバトがシャンヌにそう教えてくれる。


「でも駄目ね。村娘だった頃の癖でついお店の人に値切ってしまうの」


 王妃リリーカはそう言って指で頬を掻き苦笑する。


 王妃は際立った美人では無かったが、その内面から溢れ出る様な魅力が王妃を輝かせている。


 シャンヌはリリーカに対してそんな印象を受けた。王妃はまだ二十歳前後に見えた。その時、シャンヌは王妃の隣に座るメイド服を来た若い女の視線に気付く。


 短い黒髪のメイド服の女はとても美しい顔をしていた。だがその表情は険しく、鋭い視線でシャンヌを観察していた。


「カラミィの姉ちゃん。そんな恐い目でコイツを睨まないでよ」


 シャンヌを気の毒に思ったのか、イバトがメイドの女の名を呼び、この場を支配する緊張感を和らげようとする。


「イバト。クレア。もしこの娘が他国の暗殺者だったら。貴方達はそれを引き入れた責任を負うことになるのよ」


 カラミィと呼ばれたメイド服の女は、厳しい口調で少年少女を睨む。クレアは蒼白な顔になり、イバトは頬を膨らませ拗ねた顔になる。


「······もし貴方が王妃に危害を加える意図があるのなら覚悟なさい。私は一瞬も貴方の動きを見逃さない。少しでも怪しい動きを見せれば容赦無く排除するわ」


 カラミィはそう言うと手にしたナイフをシャンヌに見せた。一体いつ、どこからそのナイフを取り出したのか。その速さにシャンヌは戦慄した。


「大丈夫よ。カラミィ。余り彼女を脅かさないで」


 王妃は慌ててメイド服の女にそう言ったが、カラミィは視線をシャンヌから動かさなかった。


 シャンヌは自分の立場を自覚する。王妃を警護する彼女達にとって、自分は何処の何者かも知れない存在である事を。


 シャンヌは先程から忙しく動く心臓を必死に落ち着かせる。宛も無くこの国にやって来て、突然最終目標に到達した驚きがシャンヌを焦らせた。


 しかも、王族に対しての礼儀など村娘だったシャンヌに分かる筈も無く、何処からどう話せばいいかシャンヌは戸惑い混乱する。


『どうしよう。こんな機会、二度と無いのに!』


 シャンヌは自分の無力さに泣きたい気分になった。その時、王妃はシャンヌに優しく笑いかける。


「先ずはお礼を言わせて。イバトと一緒に盗人を捕まえてくれてありがとう。貴方はこの街の治安を守る一助になってくれたわ」


 リリーカのその言葉に、シャンヌの緊張はゆっくりと氷解していく。迷いは自分に似合わない。シャンヌはそう覚悟を決めてゆっくりと席から立ち上がる。


「王妃リリーカ様。そして警護の皆さん。私はシャンヌと申します。私はリリーカ様と国王陛下にお願いがあってカリフェースからやって参りました」


 シャンヌはゆっくりと自分の頭を整理しながら説明して行く。メルアを四つ目一族の村に連れて行った事。


 その村人達がカリブ軍によって連れ去られた事。そして、村人達を救出する為にエルラン国に協力を求めに来た事。


 不器用な説明ではあったが、シャンヌは何とか伝えたい事を言い切った。警護の三人が驚きの表情を浮かべる中、王妃リリーカは真剣な顔つきでシャンヌの話を聞いていた。


「······シャンヌ。一つ聞かせて。人間の貴方が何故四つ目一族の為にそこまでするの?」


 それは突然の王妃の質問だった。だが、シャンヌにもう迷いは無かった。


「魔族も人間も関係ありません。罪なき人々が虐げられるのを私は見過ごす事が出来ないからです」


 二十歳の王妃と十五歳の平民が視線を合わせ続ける。シャンヌのその真っ直ぐな瞳に何かを感じたのか、王妃リリーカは立ち上がる。


「シャンヌ。一緒に城に来て下さい。そこで国王陛下にもう一度その話をして頂戴」


 リリーカはシャンヌに協力すると言質は取らせなかった。シャンヌの話が事実なら、カリブ軍を相手取る可能性もあり、事態はリリーカ一人で判断出来る物では無かった。


 だが、それでもリリーカは思った。この自分と同じ赤毛の健気な少女の為に、出来る限りの尽力をしようと。


 王妃の言葉はシャンヌにとって望外の極みだった。張り詰めていた気持ちが一瞬緩んだ時、シャンヌは突然何かを思い出したように声を上げた。


「あっ! ジオリさん達の事を忘れてた!」


 ······大勢の人々が往来する街の大通りの一角で、二頭の馬と三人の旅人が立ち往生していた。一人は眠そうな両目をした首長女ことチャシャ。


 もう一人は冷めた両目で無気力に呆けている元奴隷のカイト。一体の魔物と一人の人間に挟まれ、老人ジオリは困り果てながらシャンヌが戻るのを待っていた。


 

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