恥ずかしいサーブ 2
翌日、土曜日。
松永先生は鬱陶しいくらいに長いその黒髪を、後ろで一つに縛って来た。
「おはよう。」
「お、おはようございます。」
いつもの気怠げな雰囲気はそのままなのだけれども、切れ長の目がはっきりとこちらに向けられているせいでなんだか眼光が鋭いというか、オーラが増して見えた。
「先生、昨日の話、覚えてますよね。」
「ああ、バレー教えろって話だろ。だからこうやって出来る格好で来たんじゃないか。」
松永先生はそう言うと、右手で髪の毛を後ろに払って見せた。
「とりあえず、いつも通りコート作って、アップして。」
「は、はい。」
何か言われるんじゃないかと身構えていたら、いつも通りにやれという指示で少々拍子抜けしてしまった。手早くネットを立てて、体育館の縁を軽くランニングする。
「クミちゃん、今日はやる気だな。」
隣に並んだコウタが言う。
「ああ、松永先生バレーボール経験者だって、知ってた?」
「マジ?初耳なんだけど。」
コウタに昨日のあらましを説明する。
「なるほどな〜。でもじゃあなんで、あんなにやる気なかったんだろ?」
「さぁ……。」
松永先生の方を見ると、彼女は屈伸と伸脚を黙々と行なっていた。
僕たちのランニングが2周目に入ったあたりで、松永先生はやおら立ち上がるとツカツカと歩いていってボールを一つ、カゴから取り出した。そしてダンッと一回、体育館の床に向けてバウンドさせた。
その瞬間、松永先生の周囲の空気が変わった気がした。
気のせいかと思って何度か瞬きをしてみる。やはり何か、違う気がする。うまく言葉にできないのだけれども。
たん、たんと軽い音がして2回、彼女がボールをつく。
そして、跳んだ。
力強い助走。今更気がついたのだけれども、彼女は足も腕も、とても長かった。その伸びやかな肢体が一分の乱れもなく、動き、跳んだ。
高く高く、天に届いてもおかしくないその跳躍から、硬い、乾いた音と共にバレーボールが飛び出す。
聞こえないはずの空気の音。そして。
松永先生が体育館に着地した時と、ジャンプサーブがコートの隅い突き刺さるタイミングが同時だった。
殺意の塊とも呼べるその音が体育館に響く。
僕らはランニングを続けるのも忘れて,唖然と、立ち尽くしてしまった。
「クミちゃん、すげぇ…。」
コウタがぽつりと呟く。
「…だいぶなまってんな,恥ずかしい。」
松永先生の大きな独り言に,僕らは何も言えなかった。