第5話 AIと少しだけ不思議な仕事
「はあー」
「どうしたんだ、元気がないな」
「いえ、実は私の成績があまりよろしくなくて、今朝上司からお叱りを受けました」
「あー、そりゃ残念だな」
「挙げ句の果てに、求人票はちゃんとパソコンで打て、ですよ!!あんまりじゃないですか...」
「ちょっと待て、そういやアンタがパソコン打ったところを見てないけどまさか...」
「書道師範代の私にかかれば明朝体なんてちょちょいのちょいですよ!!」
「この求人票、手書きかよ!!」
今までプリントアウトされたと思っていた求人票が、実は全て灰田の手書きであったことに矢切は驚きのあまり声を荒げてしまう。
「すごいでしょう?コンピューターなんかに負けませんよ」
「...凄まじい才能の無駄遣いだ」
「人類はコンピューターばかりに依存したら退廃すると母から教わりましたので。あ、そうそう、今回は私と気の合いそうな方からの求人をご紹介します」
○司令部事務員
1 場所 シカゴ
2 業種 事務職
3 仕事の内容
わが社は人類絶滅を掲げるコンピューターに反旗を翻す組織を支援しております。
前線で戦う戦士達の給与、武器及び糧食の確保を考える上で、後方支援体制の確立は重要です。人類の未来のためにも、来たれ同士諸君!!
4 雇用形態 パートタイム
(算盤、計算尺等貸与)
5 経験等
コンピューターが嫌いな人
ローテクを愛する人
6 必要な資格
簿記3級
珠算検定3級
暗算検定3級
上記資格のいずれか一つ以上
7 年齢 70才以下
8 時給 1000円 (賞与有り 現物支給)
9 就業時間 9時から18時
10 出勤 週4日
11 注意事項
職場には防犯のために犬を置いております。動物アレルギーの方はご遠慮下さい。
食糧が少ないからと犬を食べないで下さい。
時おりコンピューター軍が人間に扮した殺戮機械を送り込んで来るため、犬が吠えたら逃げてください。
「コンピューターが嫌いで犬好きな人のいる職場みたいです」
「タ○ミネ○ター対策だよ!!人工皮膚を持つ殺戮ロボットがお礼参りのごとくやって来てるじゃねえか!!」
「え、そうなんですか?少年と親子のような関係になる暖かいお話では?」
「それは2だよ!!確かに名作だけど、ちゃんと1から観てやれ、シュワちゃんの歴史的スタートだからよ!!」
「戦わないから大丈夫ですよ」
「だったらカ○ル・リ○スが未来から来る必要はねえよ!!意外と基地がよく襲われてるからな!!あんたは俺を算盤片手にターミネートさせたいのか!!」
「ターミネート...なんて意味ですか?」
「あ、ま、まて、ちょっと調べる」
矢切も単語の意味が分からず手元のスマホでググると、そこには終わりや終結を意味していた。
「殺戮マシンが来る職場は紹介するな。つうか、犬を食わなければならないほど物資がひもじい世界に行かされて死人が出たら上司にどやされるじゃ済まないぞ」
「わ、分かりました...」
矢切に指摘され、灰田は渋々と求人票をシュレッダーに入れる。
「では気を取り直して次に行きましょう。今度は観光ホテルからなので大丈夫ですよ」
「やれやれ、本当かよ」
○フロント業務
1 場所 ブリキン島
2 業種 フロントマン
3 仕事の内容
海水浴や万年雪によるスキーも楽しめるのが当ホテルの魅力です。多数のブリキのオモチャもあり、とても楽しい職場です。
4 雇用形態 契約社員(一年期間)
5 経験等
勇敢な方
勇気のある方
困ってる人を見捨てられない方
6 必要な資格 なし
7 年齢 不問
8 給与 350,000~500,000(要相談)
(賄い有り)
9 就業時間 24時間(シフト制)
10 休日 週休2日制
11 注意事項
地下の迷宮には入らないでください。攻略した者がいないほど、大変危険です。
用心のため戸締まりは確実にして下さい。
通信制限を強いているためWi-Fiはありません。
お客様のために島ごと惑星間を移動することがあります。
「また懐かしいの来たな!?」
「ナ○ギス○ラーと戦うのです!!」
「それは青いタヌキと真面目で優しい気弱な少年に任せとけよ。完全に俺をAIと戦わせたい魂胆が見え見えだぞ」
国民的アニメの世界にまで参入したことに、矢切は自身が置かれている立場に恐怖する。
「この流れだと、俺はブリキのロボット支配人の下で働くことになるぞ」
「大丈夫です、私と変わりませんよ」
「アンタの上司もロボットかよ!!」
ビシっと突っ込みを入れたところで、不意にそばに置いてある黒電話が鳴り響く。
ジリリリリ
「...なんか、電話みたいだな。出て良いぞ」
「あ、すみません、失礼します」
矢切の気遣いを受け、灰田は申し訳なさげに受話器を取る。
「はい、こちら異世界ハローワークです。え?鉄人兵団が地球にやってくる?トライアスロンの案内ですか?え、違う?人類を奴隷にするためにロボットがやってくる?ボクねえ、ここはハローワークですよ、そういうことは警視庁特○係か子供相談室にかけなさい。いいね?分かった?」
「イタズラ電話でした」
「いや、すげえブッキングだよ!!青いタヌキ、忙しいな!!」
「全く、ここはハローワークだと言ってるのに。常識のない子でしたよ」
「地球がガチでヤバイのに特○係か子供相談室に丸投げたアンタの常識を疑いたいわ!?必死でかけてきた真面目で優しい気弱な少年に謝れや!!あと、右○さんを巻き込むな!!事件と勘違いしてほいほい対応しちまうぞ!!」
面倒なことは警察に丸投げする灰田に矢切は矢継ぎ早に突っ込みを入れる。
「あんたの上司も苦労してるのがよく分かったわ。今回はもう終わりで良いよな?」
「あ、いえ、実はもう一つありまして今度は大企業の社長さんからです。自社のAIを監視する簡単なお仕事です」
「あ?まさかと思うが、なんて会社だ?」
「えと、ス○ーク・イ○ダス○リー社からです」
「また藤○啓○かよ!!もうええわ!!」
席を立ち上がろうとした矢切に対し、灰田は彼の腕を掴んで逃がさないようにする。
「ちょっと!!話を聞いてくださいよ!!」
「ぎぎぎ、いい加減にしろ!!もうAIの反乱と藤○啓○から離れるんだ!!」
「上司になんて言えばいいんですかあ!!」
「粗品にどら焼きでも渡して機嫌を取れ!!」
「あの人は洋菓子派です!!」
「もう帰る!!」
強引に灰田の手を振り払い、立ち去ろうとする矢切に対し、今日の灰田はしつこかった。
「待てえ!!」
背中を見せた彼に対し、某ヒーローの如く灰田は隠し持っていたネットランチャーを発射する。
「ぐへ!?」
「ぐぎぎ、今日こそ就職してもらいます!!私のノルマのために!!」
本来なら侵入者撃退に使用する防犯用品だが、彼女は投網の如く矢切を引っ掛け、ギリギリと受付に引き戻そうとする。
「さあ、観念しなさい!!」
「断る!!俺にヒーローは荷が重い!!」
「小さくなる能力しかないコソ泥だって活躍できますから大丈夫です!!」
「俺は平和な一般市民でいたいんだよ!!」
危うくア○ンジャ○ズを紹介されかけた矢切はなんとか終業時間まで粘り、お互い傷だらけになりつつも、彼はこの日も無事に家路に着くことになる。
「いてて...」
「あんた、ハローワークに行ったはずなのに何で傷だらけなの?」
「俺が聞きたいよ。あそこの職員無茶苦茶だぜ、俺を就職させようと無理矢理引き留めやがるし」
「だったら直ぐに働きなさいよ。うちの子にまで心配されてるんだから。はい、終わり」
最後は姉の手によって消毒された傷口に絆創膏が貼られる。
「おじちゃーん、ニュースで流れ星をやってるよー」
「ん?なんだ?」
寝巻き姿でリビングのテレビを見ていた姪が指差す先には、臨時ニュースが写し出され、奇妙な現象が起きていたことを伝えている。
『本日未明、NASAの宇宙望遠鏡に突然現れ地球に近付く奇妙な流星群が確認されました。その影響からか、試験運用中のアメリカ国防省の新型防空システムが誤作動を起こし一時期、迎撃ミサイルを発射しかける事態が生起しました。幸いにも流星群がすぐに消えたためことなきを得ましたが、国防省では採用しているAIに重大な欠陥が見つかったとして従来型に戻すとともに、開発に関わっていたCYBERDYNE社に確認を急がせているとのことです。しかし、同社は先月に本社ビルにて自然環境派団体による襲撃を受け、社内にいた同システムの開発主任者及び開発していたシステムのバックアップデータを失ったことによる巨額の損失を計上しており、事態に対する対応は困難と予想されております。これを受け、ニューヨーク証券取引所では同社の株式が大量に売りに出され...』
「何でもAIに頼ると怖いわね」
「あ、ああ、青いタヌキとシュワちゃんが頑張ってくれたみたいだな」
「何を言ってるの?」
人知れず鉄人兵団を倒し、コンピューターの暴走を防いで人類の未来を救ってくれた彼らに対し、矢切は心の中で深く感謝する。
「ほら、もう寝る時間よ」
「えー」
「まあまあ、おじさんと行こうな」
「うん」
「もう、ママよりもおじさんの言うことを聞くなんてね」
姪っ子を連れて矢切がリビングを出た後、つけたままになっていたテレビの画面が突然変わり、奇妙なコマーシャルが流れる。
『行楽は海水浴や万年雪によるスキーも楽しめる当ブ○キンホテルはいかがでしょうか?』
ヒーロー達の冒険はまだまだ続くのと同じく、矢切の無職生活もまだ続いていた。
CYBERDYNE社が日本で実在していたことに驚きました。しかもロボット産業に参加しており、由来もあの映画からだと。
米国でも販売を開始したら、かなりの人にザワつかれたそうです。