第2話 地球を救うSFなお仕事と幼稚園
「矢切様は造船所で働いた経験がありますよね?」
「あ、ああ、高校卒業してすぐにな。良いとこだったが、不況で3年くらいで会社が倒産したが」
「それは災難でしたね」
「ああ、一番長続きしたんだけどなあ」
「でしたら本日ご紹介する職場はいかがでしょうか?」
灰田はそう言いながら、一枚の求人票を差し出す。
○SFロマン溢れる造船所でのお仕事
1 場所 坊の岬沖(地下造船所)
2 業種 溶接技師、配管工、電気工事士
3 仕事の内容
わが社は国連及び日本政府の下、新型宇宙船の研究と開発を行っております。
4 雇用形態 契約社員(一年期間)
5 経験等
造船所に勤務した経験のある方
MIT在籍経験者歓迎
未知の機関に対する好奇心のある方
6 必要な資格 ガス溶接講習修了
アーク溶接特別教育
ボイラー溶接士
高圧ガス製造保安責任者
電気工事士
電気工事設備技士
クレーン・デリック操縦免許
玉掛け
のいずれか複数あれば優先して雇用
7 年齢 65才以下
8 給与 400,000~700,000(経験者優遇)
健康保険完備
9 就業時間 18時から5時(フルタイム制)
10 休日 週休2日制
11 注意事項
地下での勤務ですが日中は宇宙からの偵察があるため夜間の作業が中心となります。
職場は地表に近く、未知の機関を搭載するため健康被害は保証しかねます。
完工予定が厳しいため就業時間については変動があります。
人類の未来のために完工後も宇宙船に乗って旅立つ可能性があります。その際には契約を一年延長し、戦闘訓練を受けていただきますのでご了承下さい。(報酬要相談)
「......」
「......いかがです?契約社員ですが破格の待遇ですよ」
「この、宇宙からの偵察ってどういう意味だ?」
「あー、それはガ○ラスです」
「宇○戦艦ヤ○トじゃねえか!!しかも、冒頭の地球末期の状態って、詰んでるし!!」
「人類の未来のために」
「異世界は無関係だろ!!つうか、MITってどこかの技師長じゃあるまいし!!」
「駄目ですか?」
「駄目だ、地球を救うのは自分達の世界の人間でやってくれよ!!せめて、NASAやJAXAに話を持っていけ。ただの失業者には荷が重いわ」
「仕方がありませんね、せっかく矢切様の資格が生かせるお仕事でしたのに」
「タンカーとか作ってはいるが、流石に宇宙船は違うだろ!!」
矢切の突っ込みに対し、灰田はハテナと首を傾げながら口を開く。
「宇宙か海かの違いでは?英語でもspaceかseaでスペルは似てますし」
「全然違うわ!!つうか、俺が関わってたのはsea shipじゃなくてocean shipだ。内海と外海は表現が違うわ!!例えのスペルを間違えるな!!」
「ムス、なんですか、私の揚げ足を取るんですか?これでもTOEICは300点も取ってるんですよ!!」
「300って、意外と低いな!?満点は990点だぞ!!英語知らなくても当てずっぽうで取れる点数だ」
「そういう矢切様は何点で?」
「それはその...250点だ」
造船所にいたため、seaとoceanの違いは分かってはいたが、英検5級に落ちた矢切もまた英語は苦手であった。
「わーい、私よりも低い」
「何だと!!...つうか、なんで英語のできないアンタが前回トッ○・○ム・○ット卿と話ができたんだ?あいつ、英国人だぞ」
「あ、それはこの黒電話に「万能翻訳」機能が付いてるからです」
「見た目に反してすげえな!?」
異世界に繋がる黒電話の恐るべき機能に矢切は舌を巻いてしまう。
「話が逸れましたが、この仕事はどうですか?」
「さらっとそのままコ○モ○○ーナーを取りにイ○カ○ダルまで連れてかれる恐れも書いてあるじゃないか。せめて普段は地球で過ごさせてくれ、姪っ子の誕生日とか毎年祝ってるし小学校の入学式にも参加したいしな」
「お優しいですね、姪っ子さんは何歳で?」
「5歳になるな。姉がシングルマザーで家を空けるときは面倒見てるんだ」
矢切は暇があれば実家に住む姉の娘のために進んで面倒を見ており、仕事のある姉の代わりに幼稚園の送迎も引き受けていた。
「姉貴に似ず大人しくて可愛いんだこれが」
「ふーん、矢切様は子煩悩ですね。あ、お子さんがお好きならこのお仕事が」
「お、育児関係か?そりゃ良いな」
○幼稚園送迎バスの運転手
1 場所 埼玉県春日部市
2 業種 バス送迎、清掃
3 仕事の内容
朝夕の園児の送迎
園内の清掃
4 雇用形態 期間従業員(半年)
5 経験等
送迎バスの運転経験者優遇
子供の好きな方
6 必要な資格 大型2種免許
7 年齢 50才以下
8 給与 240,000
9 就業時間 8時から17時(フルタイム制)
10 休日 完全週休2日制
11 注意事項
みんな仲良しわんぱくな園児の集まる明るい職場です。
送迎・清掃の他に園児と触れあえる方歓迎
変な子がいますが気にしないで下さい。
「どうです?素晴らしいでしょう」
「...すまん、これは現実世界か?」
「いえ、異世界ですよ」
「...前言撤回だ、忘れてくれ」
「何を言うんですか!?宇宙人と戦うわけでも無いのに」
「色々とアウトなんだよ」
「春日部のふ○ば幼稚園ですよ!!あの平和の代名詞の」
「宇宙人や巨大ロボに襲撃されたこともあるがな」
「劇場番だから大丈夫ですよ。日常は、ほのぼの系しかないですから」
身を乗り出してギリギリと勧めてくる灰田の気迫に対し、抵抗していた矢切は遂に根負けし諦めを口にする。
「あーもう、わーた、そこにしてくれ」
「はい、ありがとうございます」
強引に矢切から同意を得た灰田は早速ふ○ば幼稚園にダイヤルする。
「もしもし、あ、園長先生ですか、異世界ハローワークの灰田です。実はですね、例の求人を...え、あ、そうなんですか。へー、あー」
電話した矢先、先方の都合が悪くなったのか灰田は暫く事情を聞いている。
「はー、それは仕方がないですね。はい、分かりました、此方から説明致します」
チン、という音とともに灰田は受話器を戻し、申し訳なさそうな顔を矢切に向ける。
「申し訳ありません、この求人は園長先生の方で見つかったとのことです」
「ほう、そりゃ急だな。なんでまた?」
「園長先生の話ですと先日、神○町で慰労会をしてた際、客引きに騙されてぼったくりのお店に連れてかれたそうです」
「え、すまん、話が見えないがあの強面の園長からぼったくろうとしたのか?」
矢切は劇中ではあまりの強面に周囲の人から避けられ、園児達でさえよく泣かれてしまう園長がぼったくりの対象になるのが信じられなかった。
「見た目に反してシャイなところをつけこまれたそうです。神○町では園長も一般人と変わらないようで」
「なるほど、神○町は見た目のいかついのが多いからな」
「怖くて怖じ気づいたところで、助けてくれた方がいまして、その方が無職だと聞いて園に招くことにしたそうです。以前は沖縄で同じようなお仕事をされていたようで子供好きだと...」
「おい、それまさか...」
「カ○マさんという方だと」
「あー!!神○町と聞いて何となくは分かってたけどよお!!」
矢切は頭をかかえ机に突っ伏してしまう。ほのぼの日常アニメと修羅場なゲームのまさかの共演に頭が追い付いていない。
「顔は怖いですが、園児達とも打ち解けていると」
「背中に刺青入れた人雇って大丈夫なんか!?」
「人は見た目じゃないと園長が」
「なんか違和感ある発言だが、保護者が許さない気がするぞ」
「園長先生は恋人が亡くなったショックでアルコールに走った先生を立ち直らせるほど情に溢れた方なので大丈夫かと。保護者の方々も理解ある方ばかりなので」
「むむむ」
違和感なく答える灰田に対し、矢切は自分の感覚がおかしいのかと考え込む。
「これ以上はやめよう。色々と不味い」
その言葉を口にした途端、終業のチャイムが鳴り響く。
「あ、本日も残念ながら決まりませんでした。申し訳ありません」
「うん、まあ、仕方ないな」
「次回もお待ちしております、それではまた」
「ああ、さようなら」
灰田と別れ、一人家路につく矢切は途中の川原で夕日が沈むのを眺めていた。
「夕日ってこんなに綺麗なんだな」
失業中とはいえ、自身の今の何気ない日常が実は素晴らしいことに彼は感慨深くなる。給料が良くとも宇宙人に怯え、地下で暮らすことよりはこうして夕日を眺める日々に魅力を感じていた。
「ゲームではその後が気になってたけど、今は新しい世界でうまくやってるみたいだな」
愛する娘とその家族のために自身の存在を消した男の第二の人生。戦いにまみれたその男が今は平和な幼稚園で無邪気な園児と暮らしていたことに矢切の目から涙が溢れる。
「○生さん、達者でな」
これは異世界ハローワークの物語、今宵も矢切の就職先は決まらなかった。