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第1話 プロローグ・みんな大好きあのお仕事

 外出自粛で思い付きました。


「お待たせしました、私は貴方の担当をさせていただきます灰田と申します」

「あー、よろしく」


 黒髪を後ろでまとめ、黒縁の眼鏡をかけてスーツ姿の灰田は目の前にどっかりと座る男に一礼する。


「それでは矢切様、条件を確認させていただきます」


 彼女はそう言いながら、矢切が記入したプロフィール用紙を確認する。


「3年で8回も転職されましたか」

「なんだ、まあ、その、合わなかったんだ」

「失礼を存じますが、退職された理由を話していただけますか?」

「...人間関係だな。あとはそう、雇用条件だ。書いてあることと違って嘘で塗り固めた職場に嫌気が差したんだよ。たく、ハローワークって言うわりにはブラック企業しかねえよ」

「しかし、あちらの職員も不況の中で求人を探し出してくれておりますから」

「だったら良いとこを見つけて欲しいもんだな」


 丁寧な対応に勤める灰田と違い、散々社会の闇を見させられた矢切の態度は横柄で、身体を背けて苛立ちをちらつかせるその姿は周囲から見て誉められたものでは無かった。


「一つ、知ってもらいたいのですがよろしいですか?」 

「あん?」

「当事業所は様々な世界からの求人を得ております。矢切様のいうブラック企業かどうかは判断しかねますが、いずれも巷で知られる著名な会社になります」

「え、そうなのか?」

「はい、いずれも即戦力足る人材を求めておりまして、新しい人生の選択肢としては申し分ないと保証します」

「むむ」


 矢切は今一度、身体を正面に向けて灰田の表情を観察する。

 見た目は20代後半であろうその目鼻立ちは整い、特徴的な細長い眼鏡の奥にある瞳に濁りはなく真っ直ぐで誠実さを醸し出している。もう少し化粧気があれば美人だと感じる顔付きに気付き、矢切は一瞬だけドキリとするもすぐに気を取り直して顔を背ける。


「...あんたの目には嘘は無いようだな」

「ありがとうございます。では矢切様の再出発のために全力でサポートさせていただきます」

「全力でか、あんた以外と熱いんだな」


 これは現実世界に疲れ、ハローワークにて新たな世界を見つけ出そうとする者達の物語である。



○みんな大好きあの職場


「矢切様は様々な資格をお持ちですね」

「まあな、工業高校出身だから2級ボイラー技士や危険物取扱者資格、玉掛けにクレーンも持ってるぞ」


 矢切はそう言いながら、机の上に持ってきた資格を並べる。


「資格を沢山持ってらっしゃる矢切様にピッタリな案件をご用意しました。今回ご紹介するのはこちらの職場になります」

「ああ、なになに...」


 言われるがまま矢切は灰田から差し出された求人票に目を通す。



1 場所 ソドー島



2 業種 鉄道車両の運転助手



3 仕事の内容

 わが社は島の四季折々な自然と産業革命時代の遺構を生かした観光事業の一貫としてレトロな車両を運行しております。

 クリスマスには会社でパーティーをする愉快な仲間達あふれる楽しい職場です。



4 雇用形態 正社員(年2回の昇給機会有り)  



5 経験等

 車両から変な声が聞こえても動じない。

 どんなことがあっても車両に八つ当たりをせず、現実を受け入れられる穏やかな心。

 鉄道が好きで車両と語り合えるか。



6 必要な資格 2級ボイラー技師

       クレーン・デリック操縦免許

       玉掛け



7 年齢 40才以下



8 給与 180,000~220,000(賞与有り 年2回)

    危険手当て・雇用保険完備、社員寮用意



9 就業時間 5時から24時(シフト制)



10 休日 週休2日制(振替制度有り)



11 注意事項 

 車両の気分によっては突然トンネルから出られなくなったり、海外に行くこともあります。

 そういうときは歌でも歌いながら車両の機嫌がよくなるまで気長に待つようにしてください。

 また、扱う車両によっては社の方から保険内容の見直しを要請することもありますのでご了承下さい。



「.....ソドー島ってどこだ?新手のテーマパークか?」 

「あ、はい、えと、そこは英国になります。国を跨いで移住することになりますね」

「...なんで英国の求人票が日本に来るんだ?」

「日本の子供達にも人気の職場だから日本からも採用してみたいとト○○・○ム・○○ト卿から」

「やっぱし機○車ト○○スじゃねえか!!つうか、現実にあったんかよ!!」

「いえいえ、異世界の英国になります」

「今、異世界って言ったよな!?お前、大丈夫なのか!!」


 矢切は身を乗り出して机に両手を叩きつける。


「あんた、俺をからかってるのか?」

「いえ、ここは異世界からの求人を紹介しているのです。この世界のハローワークから締め出されたあなた方の為にここが設けられたのです」

「ふざけんな、帰る!!もう二度と来るか!!」


 怒りを露にした矢切はそう言い捨てるとともに、椅子から立ち上がる。


「待ってください、まだお話が」

「なんだ?惚けるのもいい加減に...」

「無職の方は最低週3回は指定されたハローワークに通わなければ失業保険の支給を打ち切ることとなりました。矢切様はここが指定されているので、このまま話を聞かずに帰れば打ち切られることになります!!」


 灰田の衝撃的な発言を前にし、矢切は血相を変えて詰め寄る。


「は!?な、なんだそりゃ!?初めて聞いたぞ!!」

「昨年法律が改正されたんです。詳しくはその手にある紹介状の裏に詳しく書いております」


 彼女に言われるがまま、矢切が机に置いたままになっていた紹介状を確認すると裏面に小さな字でそう書かれていることに気付く。


「あなたがここを出た時点で失業保険は下ろせなくなります。せめて本日は決断せずとも話を最後まで聞いてください」

(むむむ、失業保険が出なくなれば家賃が払えなくて追い出されちまう。そうなると近所にいる姉貴のとこに厄介になるしかないな)


 無職の30過ぎの男が姉の家に転がり込むのは流石の矢切もみっともない。前のハローワークでは紹介する職場はもう無いとここの紹介状を渡された彼としては引き下がれない有り様であった。


「ち、分かった、話だけだからな」


 灰田に説得され、矢切はしぶしぶ席に戻る。


「この職場は紙面のとおり明るい職場で有名です」

「そら、まあ、俺でも知ってるがな」

「身近にお子さんはいらっしゃいますか?」

「あ、まあ、近所に住む姪っ子がよく見てるな」

「自慢できますよ」

「そ、そうか」


 矢切の脳裏に日頃可愛がっている姉の子が大好きなト○○スを前に「おじさんすごーい」と言ってはしゃぐ姿がうつる。


「まあ、悪くはないなあ」

「はい、因みに1番の車両の機関助手が空いてると」

「あん?1番はいつも出てるから一番人気じゃねえのか?」

「こないだ横転して今は入院されてるそうです」

「一番危険じゃねえか!!そういや、何回か横転してたよな!!」

「よくあることだから気にしないで欲しいと」

「よくあっちゃだめだろ!!せめて2番にしてくれ!!」

「2番は一番人気で地元出身の方を優先すると」

「ト○○ス人気ねえのか!?まあ、普通に考えたらあんなに暴走する機関車は皆嫌がるわな」

「あ、日本製の51番も募集がありました」

「ヒ○もいるのか!?」


 矢切も姪っ子に付き合ってそのアニメを見ていたため、最近のストーリーはよく知っていた。はじめは慣れ親しんだ模型でなくなったことに寂しさを感じてはいたが、今ではCGも悪くないと仲良く見ている。


「よくご存じで。こちらの機関車は性格が良いと評判ですよ」

「しかし、あそこはどれだけ機関車があるんだ」

「40台くらいか、それ以上か」

「そりゃ機関士も足りなくなるわ」

「夜はイビキが凄いそうです」

「そりゃ、喋る機関車だからなあ。つうか、集まってる姿を想像したらちょっと怖いぞ」

「辞めますか?」

「いや、それにしてくれ。姪っ子も喜ぶし...つうか、場所が英国だって言ったよな?条件には無いが俺は英語喋れないぞ」

「え?あれ、本当ですね...確認します」


 灰田はそう言いながら、今や懐かしい黒電話を手にする。


「あ、いつもお世話になってます。異世界ハローワークの灰田です、実はですね、ソ○ー鉄道の求人条件ですが...」

「申し訳ありません、こちらの入力ミスで英検3級以上が条件です」

「条件低いな!?」

「矢切様、英検はお持ちですか?」

「...中学の時に5級を落ちた」

「...残念ながら本日はご紹介できません。また次回お越しください」

「お、おい!?」

「もうすぐここも終業です、お気をつけてお帰りください」


 熱い性格の灰田であったが、終業時間は遵守する規則正しい生活をモットーにしていた。終業のチャイムとともに追い出されてしまった矢切は一人、トボトボと家路につく。


「2級ボイラー技士取るんだったら英検も取っときゃ良かったな」


 ここは異世界ハローワーク、現実にあぶれた悩める失業者が集う場所である。本日、悩める失業者の就職は決まらなかった。



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