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アイアムヒーロー

作者: 鳥之ハト

 三十年前、世界中に天使の歌声が響き渡る。その日を境に世界は大きく変わった。

 魔獣と称される異形の怪物が人間を蹂躙する。各国政府は知恵と勇気と技術をすべて投じ、それに対抗した。しかし何も通用しなかった。通常兵器や化学兵器はおろか、核すらも魔獣を倒し切るには至らなかった。


 人々が絶望しかけたその時、希望は現れた。ある者は鋼鉄の甲冑を、ある者は体にピタリと張り付いたボディースーツを、そしてある者はフリルのたくさんあしらわれたアイドルのようなワンピースを、種々様々な衣装に身を包み、異能の力を持って魔獣を駆逐していった。彼らはどのような困難でも乗り越え、どのような状況においても自身の命を顧みず、常に人々を救うことを優先し続けた。


 そんな彼らを人々は畏怖と尊敬をこめて、ヒーローと呼んだ。


    ◇◆◇◆◇◆◇◆


「くそ、待ちやがれ!」


 狭い路地裏を、フリルのあしらわれた白いワンピースを着た銀髪の少女が走っている。彼女の眼差しの先には、黒い外套を羽織った男がいる。

 だがその鬼ごっこも早々に終わりを迎えた。男が袋小路に入ってしまったのだ。


「ようやく追い詰めたぞ、ヒーロー狩り」


 少女は何もない虚空からリボルバー拳銃を取り出し、ヒーロー狩りと呼ばれた男に突きつける。


「ほお、この程度で追い詰めたとは、なかなかに甘っちょろい。なぁ〝魔法少女〟ルミナスリリィさんよぉ」


「魔法少女って言うな!」


 ルミナスリリィと呼ばれた少女は、引き金を引いた。ヒーロー狩りの胸に銃口を突き付けたまま。

 光弾によりヒーロー狩りの胸は焼き貫かれる、はずだった。しかしそうはならず、ルミナスリリィのリボルバーが銃身内の圧力に耐えられなくなったかのように、爆発を起こした。


「ぎゃはは、やっぱ単純で助かるぜ。毎回この反射の力にひっかかってくれて、ありがとうよ」


 爆発に驚き体が硬直した隙に、ヒーロー狩りによって押し倒された。


「それじゃお前の力も奪わせてもらうぜ」


 ヒーロー狩りの手がルミナスリリィの胸へと伸ばされる。その手には赤黒いオーラがまとわりついている。


「あばよ、ルミナスリリィ。【略奪者(プレデター)】発ど――」


 しかしそれがルミナスリリィの胸に触れることはなかった。その直前に赤銅色の鎧をまとった少女が現れた。

 次の瞬間、ヒーロー狩りの腕は胴体から離れ、地面に転がった。だが不思議なことにその断面からは血が吹き出さない。それどころか黒く炭化している。


 さすがのヒーロー狩りも想定外だったのか、ルミナスリリィに対するマウントポジションを捨て、後ろへと下がった。


「チッ、〝炎剣〟ツバキか」


 ルミナスリリィとヒーロー狩りとの間の空間が歪み、そこから赤銅色の軽装鎧をまとった赤髪の少女が現れた。その少女の手には、刃が炎のように波打った大剣が握られていた。


「今日こそお縄についてもらうわよ、ヒーロー狩り!」

「これは予定外だな。どーすっかなー」


 片腕を斬られ、なおかつ二対一という不利な状況にもかかわらず、ヒーロー狩りはいまだに余裕を見せている。


「リリィ早く立って。アイツまだ諦めてない」

「おいおい、そんな警戒すんなよ。この状況をひっくり返すのは、このオレでも骨が折れるぜ」


 そうは言いつつもヒーロー狩りはダガーを取り出し、こちらの隙を虎視眈々と狙っている。


 どちらも隙は曝せない。隙を曝せばその瞬間に殺られる。

 ゆえににらみ合いが続き、膠着状態に陥ってしまった。だからヒーロー狩りがひそかに能力を発動させていることに気付くのが遅れてしまった。

「だからさぁ、逃げさせてもらうぜ。【空間転移(テレポーテーション)】発動」


「……なっ!」


 ルミナスリリィが【空間転移】を妨害するために光弾を撃つも、時すでに遅し。ヒーロー狩りの体は透けていき、光弾は誰もいなくなった空間を通り過ぎていった。


「クソが、また逃げられた。また仇を取れなかった」

 ルミナスリリィは見た目からは想像できない汚い言葉で憤り、建物の壁を殴り始めた。そしてその瞳には光るものが流れている。

「ねえ詩音、まだアイツを追ってるの?」


 詩音というのはルミナスリリィの本名だ。フルネームでは伊織詩音という。因みにツバキは井上椿姫という名前で、二人は幼馴染だ。


 それはともかく、椿姫はそう詩音に問いかけつつ、変身を解除した。


「当たり前だ、椿姫。俺が家族の仇を取らなきゃいけないんだ。あの日、生き残ってしまったこの俺が!」


 三年前に起きた、とある一家がヒーローに惨殺された事件があった。詩音はその事件の生き残りである。そしてこの殺人事件の犯人があのヒーロー狩りなのである。

 詩音は椿姫に倣い変身を解除するために、腰のポーチからスマホを取り出し、画面に指を滑らせた。


《RETURN GOODBYE》


 スマホから電子音が響き、それと同時に幾何学模様の魔法陣が空中に描かれる。そしてゆっくりと詩音を通過していった。

 だが魔法陣が通り過ぎていった場所には男が立っていた。別にルミナスリリィは女装した男というわけではない。紛れもなく女の子だ。なぜか詩音は変身すると女の子、それも魔法少女になってしまうのだ。ヒーローの中には変身時と通常時で年齢が変わる者もいるが、世界広しと言えど性別まで変わるのは詩音ぐらいだろう。


 このことはもう椿姫は知っており、女装か否かは彼女によって確認された。詩音にとって軽くトラウマになった出来事だった。


「それなら政府直属のヒーロー機関に登録した方が……」

「それは無理。何度も言ってるけど、この力は妹から借りているだけだ」


 詩音の妹はヒーローをやっていた。だがまだ幼いということもあり、魔獣退治ではなく、ちょっとした人助けのようなことをやっていた。ほかのヒーローと比べれば地味な仕事である。それでも僻むことなく、楽しそうにやっていた。その姿から〝魔法少女〟と呼ばれていた。だがそんな妹もヒーロー狩りに殺された。


「それに俺は英雄(ヒーロー)ではなく、復讐者(アヴェンジャー)だ」


 そう言い残し詩音は立ち去って行った。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 そのあとを椿姫も追いかけていった。


   ◇◆◇◆◇◆◇◆


 誰もいなくなった路地裏の行き止まり。


「面白れぇことが聞けたぜ」


 突如としてヒーロー狩りの姿が浮かび上がった。先ほどまでは誰もいなかったはずである。だがヒーロー狩りは元からそこにいたかのような自然さでそこにいる。


「妹……妹ねぇ。もしかしてあのガキのことか! 確かにあの時は戦利品(ヒーローデバイス)の回収をしなかったしな」


 ヒーロー狩りは外套の裏に縫い付けている戦利品を眺め、


「あん時気まぐれ起こしてよかったぜ。こんな楽しいことになるなんてな!」

 これから先に起こることを予想し嗤う。


 懐から古めかしい装丁の本を取り出し、何かブツブツとつぶやき始めた。

 ヒーロー狩りの影が不気味にうごめき始める。その様はまるで猛獣が必死に檻から逃げようともがいているようだ。そしてその影から黒く淀んだナニかが飛び出した。それは不定形で、次から次へと様々な姿を形どる。そして幼い少女の形になったときナニかは変化しなくなった。


「ほら、行ってこい。愛しのオニイチャンが待ってるぜ」


   ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヒーロー狩りを追いかけ始めた時は昼ごろだったのに、いつの間にか夕方になっていた。赤く染まった町を詩音と椿姫は歩いていた。


「どうして俺と同じ方に来るんだよ」

「それはアンタが家の居候だからでしょうが!」


 そのツッコミは回し蹴りと共に入れられた。間一髪のところで詩音は避けたが、なかなか高い位置を足は通り過ぎた。


「ッぶねえな。それ完全に頭狙ってただろ」

「はぁ? 狙ってないし。そんなとこ思いっきり蹴ったら死んじゃうじゃない。そんなこともわからないの?」


 椿姫は自分のやったことを棚に上げ、キョトンとした顔で正論をのたまう。

 詩音は言い返せず、そのまま黙り込んでしまう。


「そういえば、それまだ持ってたのね」


 椿姫は詩音の首に下げられた、おもちゃの指輪を見てそう言った。


「当たり前だろ。お前から貰った贈り物だったんだから」

「そんなものいつまでも持ってなくていいのに」


 このまま会話は無くなり、もくもくと家に向けて進んでいった。


「……あっ、お母さんに買い物頼まれてたんだった」


 椿姫が突然思い出したかのように言いだし、踵を返した。


「ごめんけど先帰ってて。アタシ一人で行ってくるから」


 それだけ言うといそいそと走って行った。


「気をつけてな……ってもう聞こえないか」


 椿姫は公式のヒーローをやっているため、日ごろからよく体を鍛えている。多分身体能力だけで言えば、オリンピック選手並みか、それ以上だろう。


 頼まれたものが限定品なのか、その身体能力を全開にしている。


「バカみたいに落ち着きのないやつ」


 そう酷評しているが、詩音の口元には笑みが浮かんでいる。


 詩音は三年前のあの日、普通の日常を失った。家族をヒーロー狩りに殺され、妹のヒーロードライブで変身できたあの日から詩音はすべてを復讐のために費やそうとしていた。だが椿姫に止められた。その時の椿姫はまだヒーローに目覚めてはいなかった。それなのにヒーローの力をふるう詩音の前に立ちはだかり、あろうことかヒーローにまで目覚めてみせた。すべては道を踏み外そうとしている詩音を止めるために。


 そこからはヒーロー同士のけんかで、ヒーロー機関のヒーローが止めに来るまで暴れ続けた。そしてその後は、椿姫は公式のヒーローに、詩音は非公式の、野良のヒーローになった。


 その後も以前と変わらず詩音に接してくれる椿姫は詩音にとって、あの日から変わらない大切な、最後の日常なのだ。


「……え?」


 突然、椿姫が走っていった方角から爆音が響く。


   ◇◆◇◆◇◆◇◆


「あーもう、なんで忘れてるかな!」


 椿姫は走りつつ、愚痴を漏らす。


 椿姫の母はもわざとやっているのでは、と思えるほどにおっちょこちょいなのだ。今日も夜ご飯にオムライスを作ると言っておきながら、卵を買い忘れるということをやってのけた。


 さらに自分でまた買いに行くということをせず、ヒーロー機関からスクランブルをかけられた椿姫に頼んだ。


 一応ヒーローというのは殉職の危険がある仕事なのに頼んでくるのだ。それが母から「ちゃんと家に帰ってくる」と信頼されていることは椿姫もわかっている。でもいいように使われているような気がして釈然としない部分もある。


 角を曲がったその時、とてつもなく不快なにおいが椿姫の鼻を突き抜けた。三年ぐらい前からよく嗅ぐようになり、それでもなかなか慣れないし、慣れたいとも思わないにおい。血の匂いだ。


「な、何が……起こって……」


 道は一面赤く染まり、原型が分からなくなった肉片が辺りに転がっている。そしてその赤の中の黒いナニかがいる。目は妖しく光り、口には唇はなくギザギザとしている。


「魔獣!」


 そう認識した椿姫はポケットの中から騎士のエンブレムの描かれたカードを取り出し、胸の前に掲げた。


「『燃えよ我が魂、纏うは灼熱、握るは紅焔、魔を祓いて武勇を誇る、炎神転化』」


 椿姫の足元から炎の渦が舞い上がり、そして内側から弾け飛ぶ。


「この力は正義のために。ツバキ降臨!」


 ツバキは変身が終わると同時に速攻をかける。


 あの魔獣はもう少なくない人の命を奪ってしまっている。だが幸いにも小型の魔獣であり人型である。魔獣の急所は基本的に元となっている動物と同じ、つまり今回で言うと頭か左胸である。


 一撃でその急所を抉るつもりだった。だが魔獣は指を鉤爪のように変化させ急所を狙った神速の一撃を防いで見せた。しかもそれだけにとどまらず、体勢を崩したツバキの腹に蹴りを打ち込んだ。


 魔獣からの蹴撃は小さな見た目からは想像もできないほどに重く、ツバキの鎧にヒビを入れた。


「こいつ、強い」


 大抵の魔獣ならばさっきの一撃で倒されるか、例え耐えられたとしても反撃できるほどの余裕はない。


 つまりあの魔獣は異常なまでの強さを持っている。それこそ単独の討伐ではなく、複数のヒーローが協力してやっと倒せる、というレベルである。


 だが応援を呼びに退くこともできない。それをすれば魔獣は喜々として人を襲い、惨劇を拡大させるだろう。


「そもそも退かせてくれるような魔獣ではないよね、アイツは」


 ヒーロー機関がこの異常事態にどれほどの時間で気づいてくれるか、またそこからどれほどの時間でヒーローを派遣するかなど考えを巡らせるが、どれも絶望的である。


「せめて詩音が気づいてくれたら……」


 少しは勝機があるのに、と言おうとしたがすぐに考えを改めた。


「いや、アイツは巻き込めない。アイツにはやらなきゃいけないことがある」


 ツバキはため息を吐き、剣を天に掲げた。


「『オーバードライブ』」


 それは諸刃の剣、瞬間的に最大出力は爆発的に上昇するが、その代償に体への負荷を度外視している。


 毛細血管が破裂したのか目や鼻から血が流れだし、視界が赤く染まる。だが、だからといって立ち止まるわけにはいかない。

 ツバキは剣で虚空を切り裂き、そこに手を入れる。


「いでよ『レーヴァテイン』!」


 引き抜いた手には灼熱の炎でのみ形作られた大剣を握っている。


「この一撃は勝利への燈火『フレイシュヴェールト』」


 そして魔獣に向けてその大剣を振りぬいた。けたたましい爆音と共に灼熱の業火が魔獣を襲う。


「やった……のかな?」


 煙で良く見えないが、確かに手ごたえはあった。どんな魔獣でもあれに耐えられるわけがない。

 煙が晴れる。そこには肩口から脇腹までを袈裟斬りにされ、立ったまま炭化している魔獣の姿があった。


「うふふ。ありがと、お姉ちゃん。やっと出れたよ」


「……え?」


 炭化した魔獣の中から少女が這い出してきた。少女型の魔獣なんではなく、人間の少女。

 だが問題なのはそこではない。


「な、なんで」


 その少女の姿はひどく見知ったもの。妹のように思っていた少女の姿。


 背後から足音が聞こえる。騒ぎを聞きつけた野次馬か、それとも応援のヒーローか。あまり期待はせずにそちらに振り向くと、必死な顔でこちらに走り寄ってくる詩音の姿があった。


   ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ツバキ、大丈夫か!」


 詩音の目に飛び込んだのは、血だらけで倒れているツバキの姿だった。

 ツバキはこちらを向き、何か言っている。しかしツバキとの距離が少しあるため、よく聞こえない。


「こっちに……こっちに来ちゃダメェェェェ!」


 ツバキの悲痛な訴え、しかし詩音の耳に届いた時にはもう遅かった。


「……は?」


 詩音の瞳にはツバキともう一人の少女が映った。だがその少女がここにいるのはおかしい。


「なんでここに……刹那?」


 詩音のたった一人の、自慢の妹がそこにはいた。だがそんなことは常識的に考えればありえない。

 刹那は三年前のあの事件で、ヒーロー狩りに殺されているからだ。実は生きていました、ということもありえない。ちゃんと両親と一緒に葬儀を上げ、火葬をし、そして伊織家のお墓に葬ったからだ。


 だが目の前には死んだはずの刹那の姿がある。


 考えられるとしたら幻覚、しかし幻覚にしては質感がリアルすぎる。生き返りもあり得ない。ならあの刹那は何なのだ。


「お兄ちゃんどうしたの、そんな間抜けな顔して。そんなことより早く変身してよ」


 偽物かもと思ったが、声にしろ仕草にしろどう見ても本物と遜色ない。


「うーん、さすがにこのままじゃ変身してくれないか。……じゃあこんなのはどお?」


 詩音の視界から刹那が掻き消え、突風が通り過ぎる。

 背後から刹那の楽しそうな笑い声と、ツバキの苦しそうなうめき声が聞こえてくる。 

 いつの間にか背後に移動した刹那がツバキの首を締めあげていた。


 もうツバキには抵抗できるだけの力は残っていないようだ。手足をダランと力なく放り出している。


「ほらぁ~、早く変身しないとお姉ちゃん死んじゃうよ」


 刹那の口調はどこまでも軽い。それこそまるで遊んでほしいとせがんでいるようだ。


「なんでこんなことするんだ!」


「ふーん、そんなつまらないこと聞いちゃうんだ、こんな状況で。ならもっと変身しやすくしてあげる!」


 ツバキを投げ捨てると、またもや疾風となった。

 今度はどこに移動したかと辺りを見回すが、どこにも見当たらない。


「これなら変身してくれるよね?」


 刹那は極至近距離で拳を握っていた。まさに灯台下暗し、辺りを見回してもいないわけである。


 刹那の拳には異様なエネルギーが収束している。その拳を生身で受けてしまえば、人間の体程度面白可笑しい現代アート風のオブジェと化してしまうだろう。そう思わせるだけの圧がある。


 それを感じとった詩音はすぐさまスマホを操作した。


《CHANGE LUMINAS ! ARE YOU READY ? 》


「変身」


 詩音を囲むように魔法陣が展開される。そして詩音を通過し、通り過ぎた部分からルミナスリリィへと変わっていく。


《COMPLETED !! 》


「闇夜を照らす白き極光、ルミナスリリィ爆☆誕!」


 刹那の拳が届くギリギリのところで変身が間に合った。とっさに防御姿勢をとったのだが、刹那はその防御の上から拳を振り切った。


 ルミナスリリィは大きく後退を余儀なくされる。だが先ほどの一撃は刹那にもかなりの負荷がかかったようだ。刹那の拳は砕け、腕からは皮膚を突き破った骨が見えている。


「ありゃりゃ。思ってたよりか壊れちゃったな」


 だが痛がっているような様子は見られない。それどころか無理やり骨をもとの位置まで動かしている。


「お前、本当に刹那……いや人間なのか?」


「えー、実の妹にそんなこと言う? まあわたしは刹那だよ。でも人間かって言われると違うって言わざるを得ないかな。だって――」


 またもや背後に何かの気配を感じる。だが刹那は移動していない。


「だってソイツはオレが作り出したんだからな」


 詩音にとっては忘れられない声。絶対に殺すと誓ったヒーロー狩りの声が背後から――。


「ヒーロー狩りぃぃぃぃぃぃ!」


 ノーモーションで後ろに振り向き、リボルバーの引き金を引く。

 まっすぐ飛ぶ光弾。

 しかしヒーロー狩りは避ける様子は見られない。

 再び詩音の横を突風が通り過ぎる。


「……は?」


 刹那がヒーロー狩りをかばった。ヒーロー狩りに突き刺さるはずだった光弾が、刹那の胸に吸い込まれた。

 バタリと倒れる刹那、その体の下からは黒い粘性のある液体が漏れ出している。


「ああ言い忘れてたが、体は偽物でも魂は本物だぜぇ。あぁあ、今度は自分の手で殺しちまったな」


 ギャハハと厭らしく嗤うヒーロー狩り。


「せつ……な? ウソだろ、なんで」


 拳銃が手から滑り落ちるが、それを拾う余裕はない。

 ルミナスリリィはヨロヨロと刹那に近づいていく。


 この刹那が本物ではないことは気づいていた。死んだ生き物は生き返らない。この不文律だけはヒーローの力を使ったところで、変えられるものではない。

 あれは所詮ヒーロー狩りの操り人形、そう割り切っているつもりだった。だがどうしても本物の妹にしか思えなくて……。


「あー、つまんな。そういう普通のは求めてないんだよ。もう起き上がっていいぞ」


「はーい」


 刹那はヒーロー狩りに声をかけられた途端、何事もなかったかのように起き上がった。と同時に無防備なルミナスリリィの腹を蹴り上げた。


 たまらずルミナスリリィは地面に転がる。


「お兄ちゃん、これ返してもらうね。もともとわたしのだったんだし」


 無造作にポーチの中をまさぐられ、スマホを奪われ、変身が強制解除される。


「か、かえ……せ」


「ダーメ。これはわたしのなんだから。……じゃあいくよ。お兄ちゃん見ててね」


 刹那はスマホの画面に指を滑らせる。


《CHANGE CHAOTIC ! GET SET ? 》


「変身」


 魔法陣が刹那を囲い、そして通過していく。


《FINISHED !! 》


「光飲み込む混沌なる闇、カオティックローズ爆★誕」


 その姿はまさにルミナスリリィの真逆。光を全く反射しない漆黒の髪と瞳、そして飾り気の少ない黒のワンピース。

 手には黒に赤い筋が入った、大鎌が握られている。


「何だよその姿は」


 詩音の記憶にある刹那のヒーロー状態はあんな禍々しいものではない。そもそもルミナスリリィは刹那本来のヒーロー状態……ルミナスローズからのマイナーチャンジのようなものだ。だから決してあんな姿ではなかった。


「これが今のわたしなんだよ、お兄ちゃん」


 カオティックローズは妖しく微笑む。


「カオティックローズ、とどめを刺せ」

「はい、マスター」


 ヒーロー狩りからの指示を受けたカオティックローズが鎌を振り上げる。

「何なんだよ、お前は!」


 多彩な能力を操り、さらには妹の魂を呼び出し肉体を与えた。

 しかしそんな能力は詩音の知る限り存在しない。基本的にヒーローが使える能力は一人につき一つなのである。だからこんな多方面に使える能力を持っているのはあり得ないのである。


「ああ、いいぜ。死出の土産に教えてやるよ」


 ヒーロー狩りは大仰な動作をつけながら続ける。


「オレは〝死霊使い(ネクロマンサー)〟だ。そしてこの力の肝は自分の手で殺した相手の全てを隷属させられるってことだ」

「あり得ない! そんな能力をヒーローが持てるはずない!」

「そもそもさぁ前提が間違ってるんだよなぁ。いつオレがヒーローだって言ったよ? ヒーロー狩りって名前もおめぇらが勝手に言ってるだけだろうが! オレはヒーローなんかじゃねぇ。ヒーローが人類を守る存在なら、オレは人類に仇なす者、怪人だ!」

「マスター、もういいですか?」

「……やれ」


 カオティックローズは再び鎌を振り上げる。


《BREAKER ! 》


光を歪めるほどの濃密なエネルギーが鎌に集まる。


「混沌を撒き散らし秩序を凌辱せよ『クロノハルパー』」


 それはまさに死神の鎌、純然たるエネルギーの奔流が詩音の首を落とさんと迫る。

 詩音にはそれに抗う方法はない。ただ首を差し出し断頭の時を待つばかりである。


 だがトンッと後ろへと突き飛ばされた。何かと見れば、そこにはひどく見知った赤銅色の背中があった。そして詩音の代わりにツバキが死神の鎌に呑まれた。


 だがツバキを呑み込んだだけでは飽きたらなかったようだ。そのまま詩音も呑み込んでいった。


「生者に死を、世界に混沌を。さあ、死の宴の始まりだ!」




 目が覚めると潔癖なまでに白い部屋に寝かされていた。


「ここはどこだ」


 体から伸びたコードと繋がった機械から電子音が響き、また様々な薬品を混ぜたかのような独特な匂いが満ちている。


「あ、目が覚めましたか? どこか痛かったり、具合が悪かったりしませんか?」 


 詩音が寝かされているベッドの傍らに、いわゆるナース服と呼ばれる服装の女の人がいた。あとその人からここがヒーロー協会直営の病院であると教えてもらった。


 その後もいくつか質問に答え、検温などといった簡単な検査も行った。だが詩音にとってその時間はとてももどかしかった。


 一通りの検査が終わり、出ていこうとしていた看護師を呼び止め、どうしても知りたかったことをぶつける。


「あの、椿姫も無事なんですよね?」


 だが看護師さんは痛ましいものを見るような表情になる。まだ何も回答をもらってはいないが、それだけで詩音は察してしまった。

 だが一縷の希望にかけて再度同じ質問を看護師さんにする。


「ついてきてください」


 ただ看護師はそう言った。


 詩音はベッドから起き上がり、スタスタと先に行ってしまう看護師さんを慌てて追いかける。

 詩音の体には包帯が大量に巻かれてはいたが、さほど傷は深くないのか動かしても痛まなかった。


「俺がこの程度なら、きっと大丈夫だよな」


 そう自分を励ましついていく。

 だんだんと奥まった場所へと歩みを進めていく。さらに床の矢印案内の集中治療室という文字が詩音の不安を煽る。


 きっと大丈夫と励まし続けていたが、心のどこかで嫌な予感も感じていた。

 その予感は的中してしまった。

 椿姫は個室の病室だった。だがその中に入ることはできない。部屋の外から窓越しにしか見ることは許されなかった。


 その姿は詩音の想像以上に悪かった。大量のコードと機械に繋がれ、荒い呼吸を繰り返している。さらには回復特化のヒーローが付きっ切りで看病をしている。


 そして何よりも異様なのは、肩口から脇腹にかけて伸びる線状の赤黒い光。おそらくあの鎌で斬られた傷だろうが、ヒーローがかける回復能力をあの光が打ち消している。


「『死』の概念がまとわりついてるそうよ。今はあのヒーローが押しとどめてはいるけど、時間の問題らしいですよ」


 どうしてこうなってしまったのだろうか。時折椿姫は苦しそうな呻きを上げている。

「クソ…………クソッ!」


 床を何度も殴りつける。


 椿姫を蝕んでいるあの能力は確実に刹那……カオティックローズのものだろう。ということはつまり、椿姫を助けるためには顔テックローズを倒さなくてはいけない。

 だけどそれは同時に刹那をこの手で殺さなくてはいけないということだ。


「俺はどうしたらいいんだ」


 再び椿姫の様子を見る。まだ短い時間しかたっていないというのに、黒い光は刻一刻と広がり続けている。


 最期の日常が崩れ去ろうとしている。

 あの時、俺が刹那と戦うことを躊躇わなければ、椿姫があんな姿になってしまうことはなかっただろう。


 俺のせいで椿姫は苦しんでいる。なら俺の手で助けなくてはいけない。

 だができるのか、刹那を殺すことが。


 確実に家族の復讐のために刃を取る復讐者では無理であろう。


「俺は椿姫を助けるために……刹那、いやカオティックローズと死霊使いを倒す!」


 英雄の刃でなら可能性は0ではない。


 詩音は決意を固めた。自分の復讐のためでなく、誰かを助けるために死霊使いと戦うことを。

 その時だった。どこからともなく鐘の音と、きれいな歌声が聞こえてくる。それと同時に胸から光が漏れ出し始めた。より正確に言うならば、首から下げたおもちゃの指輪から。


「な、何が!」

「詩音君、どうしたんですか?」


 こんな異常事態が起こっているというのに、看護師は気づいていない。


《CHANGE LUMINAS ! ARE YOU READY ? 》


 突如として鳴り響く電子音、ここでようやく看護師も気づいたようだ。

 魔法陣が広がり、そしてルミナスリリィに変身する。


《COMPLETED》


 どうして変身ができたのか分からない。だがこれで死霊使いと戦うことができる。

 詩音はそのまま外に飛び出していった。



 外は地獄絵図になっていた。おびただしいほどにまき散らされた赤。そこに横たわるヒーローたち。

 そしてその中心には死霊使いとカオティックローズがいる。だが幸いにもまだ気づかれてはいない。


 そーっと両手に拳銃を召喚する。そして死霊使いに向け引き金を引く。


「危ない、マスター!」


 だがカオティックローズに気づかれ、防がれてしまった。

 だから相手が体勢を整える前に、突撃を敢行する。


 少しでも体勢を整える時間を稼ごうと、でたらめに光弾を撃ちつつも前進する。

 あと少し。拳銃の下部から光の銃剣を伸ばす。

 あと一歩。銃剣を死霊使いの心臓めざし突き出す。


「……は?」


 銃剣はあと少しのところで死霊使いには届かなかった。カオティックローズが人体ではあり得ない動きでもって、ルミナスリリィの胸に大鎌の刃を突き立てた。人間の当たり前など、死霊であるカオティックローズには関係なかった。


 全身から力が抜けていく。だんだんと視界が暗く狭くなっていく。


「さすがにさっきのは焦ったぜ」


 死霊使いが何か言っているがよく聞こえない。


 自身の死が近いことが容易に分かった。

 意識が遠く遠く、天へと昇っていくような感覚を覚える。その時間は意外と長く、今までのことが映像のように流れた。その中には刹那との思い出や椿姫の笑顔が入っていた。


「まだ、まだ終われない!」


 詩音はまだ終われない。あの椿姫を救うまでは。


「『オーバードライブ』」


 体が軋む。胸の傷から多量の血が流れだす。だが関係ない。死霊使いさえ倒せばすべてが丸く収まる。そう信じてルミナスリリィは前に進む。


「何だと!」


 胸に刺さった鎌の刃を素手で握り、そして砕く。


「カオティックローズ、早くとどめを刺せ!」


《BREAKER ! 》


 死神の鎌が、椿姫を苦しめる元凶となった技が姿を現す。


《LIMIT BURST ! 》


 だがそれを馬鹿正直に喰らうルミナスリリィではない。ルミナスリリィの前面に巨大な魔法陣が展開される。


「秩序の光よ邪を払え『アラドバル・ルイン』」


 銃口より放たれるは光の槍。あらゆる邪を退け、魔を討つ聖浄なる槍。


「混沌を撒き散らし秩序を凌辱せよ、『クロノハルパー』」


 聖浄なる槍と死神の鎌がいま、激突する。

 一進一退、どちらも退かず、またどちらも押し切れない。


「まだだ、まだ足りない。『オーバードライブ』」


《WARNING WARNING……OK LIMIT BURST ! 》


 ヒーローデバイスから警報が鳴り響くが関係ない。それを無視して重ねがけを行う。

 聖浄の槍の出力は上がり、死神の鎌を押し返し始めた。


「うおおおおおおおおお!」


 一瞬の均衡の後、一気に死神の鎌を打ち砕き、カオティックローズに聖浄の槍が突き刺さる。カオティックローズの外装を融解し、素肌を槍が貫通する。


 カオティックローズの体が光の粒子となり、分解されていく。


「……お兄ちゃんありがと」


 完全に消え去る直前、刹那は死霊使いの呪縛から解放されたのか、昔と同じ誰かを笑顔にする、花のような笑顔を浮かべ消えていった。刹那がいた場所にはスマホが一つ転がっている。


 あとは死霊使いのみ。


 そう思い一歩踏み出そうとするが、大量の血が喉をせりあがってきた。


「あと少し……あと少しでいいからもってくれ、俺の体」


 本来一度使っただけでも死にかねないオーバードライブを、それも重ねがけしたその代償は重い。体は中も外もボロボロ。だけどまだ立ち止まれない。


「クソッ……クソがぁ! 使えねぇゴミが何勝手に壊れてんだよ」


 死霊使いは懐から本を出した

「結局オレが直接やった方が確実だな!」


 死霊使いは唐突にその本を真ん中から破り捨てた。


「キサマには特別オレの本気で殺してやる。『集え我が死霊ども、我が肉と成れ』」


 破り捨てた本から様々な人たちの魂が飛び出す。それらは一斉に死霊使いの体の中に入り込む。そして死霊使いの体は変貌し始める。体は肥大化を始め、最終的に巨大な骸骨の集合体のような姿へと変わった。


「うそ……だろ」


 オーバードライブの効果時間は残り僅か、さらに体はボロボロ、そんな状態でこんな化け物を相手にしなくてはいけない。


「『オーバー……ッ」


 ならばと再びオーバードライブしようとするが、あの化け物がそれを待ってくれるわけがない。巨大な見た目とは裏腹に素早い攻撃、それをまともに受けてしまった。

 気力はまだ十分にある。だが体が言うことを聞いてくれない。立ち上がろうとするが、体が動いてくれない。


「ごめん、椿姫」


 目から涙がツツーッと頬を流れる。その涙は流れ、地面に落ちたまたま近くにあった、刹那のスマホに触れた。


《CHANGE LUMINAS EXTRA ! ARE YOU READY ? 》


「え?」


 刹那のスマホが勝手に動いている。


《ARE YOU READY ? 》


 まるでせかしてくるように繰り返す。


 一縷の望みをかけ腕を伸ばす。


 だが何かしようとしていることに気付いた化け物がうなり声をあげ、地面ごとルミナスリリィを蹴り上げた。


「クッソォォォォ!」


 必死に腕を伸ばす。そしてついに指がスマホの画面に触れた。


《《TWIN LUMINAS DRIVE ! 》》


 詩音の指輪と刹那のスマホが同じ電子音を発した。それと同時にルミナスリリィの衣装に変化が起きる。ボロボロになった白いワンピースが、騎士のような精悍さを持つ、西洋の法衣のような衣装へと変化した。そして全身から発していた痛みは引き、力がみなぎる。


《COUNT 30 SECOND》


「え! 時間制限付き? でもこれならいける」


 化け物はこちらに向けて、口から熱線を放出した。だがそれを難なく避ける。


《COUNT 20 SECOND》


 そして魔法陣から要塞砲を召喚し、無防備に開いていた化け物の口に強引にねじ込む。


「何なのだ、キサマは?」


 口がふさがれているというのに骨の隙間から器用に声を発する。


「俺は……俺はヒーローだ!」


《COUNT 10 SECOND》


「これでとどめ! 『ブリューナク』」


 要塞砲より極太の光弾が発射される。

 化け物は上がり続ける内圧に耐え切れなくなったかのように、崩壊・爆発した。


《COUNT 0 SECOND GOODBYE》


 変身が強制的に解除される。だが、地面は先ほどの光弾と爆発の熱量で、ドロドロに溶けてしまっている。


「このまま落ちたら、死ぬなぁ」


 でもあまり悔いはない。この手で仇を討てた。刹那も解放できた。


「でも椿姫の無事な姿は見たかったなぁ」

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反響が大きかったら連載で書こうかと思っています

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[良い点] 面白かった! 少しイメージしづらかったけど
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