王妃の微笑み
「お呼びですか?父上。」
国王である父に呼び出され、俺は謁見室へと入った。
「来たか。」
そう言った父の隣には王妃である母の姿もあった。
「呼び出しでもしないと、貴方は母と会おうとしてくれないのだから。」
母は不満そうに少し捲れている。
「申し訳ありません。政務に追われていたので。」
形式ばった謝罪すると、
「本当に私たちの前では表情一つ変えないのね。お母様は寂しいわ。まあ、そんな貴方も特別な子がいるみたいだけど。」
母は何かを含んだような笑みを浮かべた。
「そんな人はいませんが。」
一瞬、驚きはしたがすぐに冷静になる。
大方、アルから報告でも受けたのだろう。
母はモンフォール公爵家出身で、母にとってアルは甥にあたる。
アルが俺の近くにいるのは母や父の密偵も兼ね備えているからだ。
「お前にそんな相手ができるとはな。王妃から聞いた時は驚いたぞ。」
父も面白がる様子で言葉を発した。
そんな2人に俺も観念して、
「彼女は…そんなんじゃありません。」
深くため息をつきながらそう言うと、
「本当にもったいないわよね。然るべきところのお嬢さんなら王妃としての資格は十分あるのに。」
母はいかにも彼女と会ったことがあるような発言をした。
「彼女と会ったんですか!?」
思わず聞き返すと、母は驚いたような顔をした。
そしてニヤッと笑う。
「あら。貴方がそんな取り乱すなんて。面白いこともあったものね。」
「彼女に何を?」
「ちょっと町で話しただけよ。勿論、あの子は私が王妃ということは知らないでしょうけど。」
母は愉快そうに言う。
ただ隣で、
「町に出たのか!?また勝手に!レティ、君は本当に…。」
父が慌てまくっていた。
2人は公の場では王妃、陛下と呼び合っているが実際は他の者が思っている以上に仲睦まじく、愛称で呼び合っている。
「だって、ハリスったら心配症すぎて町に出たいと言っても許可してくれないでしょう?」
「それはいつもレティが危ないことをするから!」
痴話喧嘩が始まろうとしたところで、
「話を元に戻してもよろしいですか?」
俺は止めに入った。
誰かが止めないと一生続く。
母もそう思ったのか、気を取り直したように俺の方を向いた。
「…そうね。私があの子と会ったのは…。」
「王妃殿下、やっぱりよくないですよ!陛下に黙って城を出るなんて!」
「もう出てしまったんだもの。しょうがないじゃない?」
私はニコッと笑う。
「だからと言って、お供が侍女の私だけなんて!」
私が王妃になる前から支えてくれている侍女、ハイメは顔を青くしてそう言った。
「自分の身は自分で守れるわよ。私はモンフォール家の出なんだから。」
モンフォール家は代々騎士総長を務める武に長けた家だ。
つまり、私も武道を嗜んでいる。
「王太子殿下を産んでからは武道はなされてないじゃないですか!私如き、身代わりくらいにしかなれませんよ!?」
「たった16年じゃない。そりゃ身体は鈍ってるでしょうけど、暴漢1人くらいなら大丈夫よ。」
いかんせん、私の周りには心配症な人が多すぎる。
そう思っていると、
ドシンッ!!
後ろからやってきた人に思いっきりぶつかられた。
「痛っ!」
私が軽くよろけると、
「あぁ!?何ぶつかってきてんだよ!!」
その男は私に突っかかってきた。
「ぶつかってきたのはそっちだと思いますが?」
私が答えると、
「何だと?生意気言ってんじゃねーよ!!」
男は顔を真っ赤にして怒り始めた。
「奥様になんてことを!」
ハイメは震えていたにも関わらず、主である私を庇おうと前に出てきた。
「あっ?お前がやんのか!」
そして、その男が拳を振り上げた瞬間、
パシッ
その腕を止めた人がいた。
「暴力はいけないですよ?頭の悪そうなおじさま?」
女性だった。
怖いほどに美しい女性の姿がそこにはあった。
「離せこの野郎…!」
男は力任せに腕を振りまくったが全く解けない。
「女性に暴力を振るうなんて、どんな育ち方をしたらそうなるんでしょう?教えてくれますか?」
おかしそうに笑いながら挑発をし続ける女性に
男は怒りがおさまらないといった様子で暴れだす。
「あっ、申し遅れましたが。私は第一騎士団所属のセリスと申します。まだ暴れるようでしたら一緒にお城まで行ってもらっても?」
現れた時から全く笑顔を崩さず、そして男も話さないその女性にハイメは逆に怖がっている様子だった。
そして男は騎士団と聞いた瞬間大人しくなり、
「すいませんでした…。」
そんなふうに謝って離してもらっていた。
「お怪我はありませんか?」
私もそう聞かれ、
「ええ。大丈夫よ。助けてくれてありがとう。」
笑顔でそう答えた。
「ここら辺、朝から酔っ払いが多いので…。気をつけてくださいね?」
助けてくれた女性はお茶目な笑顔を残して去って行った。
「なんだか凄い人でしたね…。」
ハイメは圧巻といった様子でまだ固まっていた。
「ええそうね。本当に…惜しいわ…。」
私はそう呟き、さっと手で招くような合図をした。
すると、何人かの護衛達が出てくる。
急な出来事にハイメは目を白黒させていた。
「どう致しましょうか?」
護衛の1人が聞いてくる。
「今日のところはもういいわ。目的は果たしたし。」
私はそう言って、城へと歩みを進めたのだった。
「セリスに会うのが目的だったんですね…。」
息子は深くため息をついてそう言った。
「私ももう四十路よ?二十歳そこそこの頃のように目的もなしに市井に下りはしないわ。」
あらかじめ、息子の心を射止めた女性が週初めの朝にあの場所を通ると知っていたのだ。
だから、少し見極めさせてもらったというわけだった。
「ハイメには後で怒られたけれど。」
私が呟くと、
「私も今、すごく怒っているのだが?」
ハリスは目の笑っていない笑みを浮かべてこちらを見てきた。
「息子のためだもの。ご容赦くださいませ?」
私はニッコリ笑ってハリスの言葉をスルーした。
そして、
「美貌、強さ、賢さを備えていると思ったわ。王族として生きていく素質もありそう。でも、王妃としての素質は決定的に足りないものがある。分かるでしょ?」
真剣な顔で私は尋ねた。
ーー身分ーー
それは一番大事だと言っても過言ではないものだった。
「分かっています…。」
息子は苦しそうな顔で言葉を発した。
そんな息子にため息をつきながらも、
「まあ、それもないようなものだけれど…。」
私は聞こえないような声で呟いた。
彼女のあの目。
絶対にイーディス侯爵家の縁者だ。
ただ、調べさせても証拠は出てこなかった。
彼女自身が相当気を配って隠しているのか、侯爵が隠しているのかは知らないが、厄介な事には変わりない。
まあ、息子の相手だ。
私は余計な口出しをせずにどっしり構えておくことにしよう。
そう思って私は笑ったのだった。
この息子あればこの母といった感じですね!
国王陛下は…何となく尻にひかれているような気がします…。




